第28話 変身
イケオジ執事のガーシュによると、夕食にはまだ早いため、少し待つようにとのことだった。
一度頭の中を整理したかったからちょうどいい。
ミヤを袋ごと白い寝台の布団の上に下ろしその隣に腰掛けると、私は昨日のミヤの言葉を記憶から引っ張り出した。
「魔力がなくても魔法は使える」とミヤは言った。
方法として推測できるのは二つだ。
まず、そもそも魔力を使わずに魔法を使う方法。
これはまず原理が理解できない。
化学の質量保存の法則のように、普通はある一つのものを作り出すためには元となる要素が存在する。
水であれば酸素と水素、といったように。
魔法であれば本来なら魔力であり、おかげで体内の魔力が全て生命力に変換されてしまう私は魔法が使えない。
これは考え方としては問題ないだろう。
魔力ってなんだというところまで行くと話がややこしくなるので、それは無視しておくことにする。
そうすると、魔力を使わずに魔法を使うことは可能だという仮説にはかなり無理がある。
もう一つは、体内ではなく体外の魔力に干渉して魔法を使う方法だ。
この国の人は魔法を使うためには体内の魔力を利用することを前提としているが、一体なぜ体内の魔力しか利用できないのだろうか?
恐らく人間が失血すると死ぬのと同じように、体内にない魔力は利用することはできないと人々は考えたに違いない。
しかし、本当にそうだろうか?
魔力は血液とは異なり、体外にそのものとして存在するなんらかの物質だ。とすると、取り込まなければ使えないなんてことはないはずなのだ。きっと何かしらの方法で利用することは可能だろう。
どうせ魔法の世界なら、全ての人が魔法を使えるべきである。
勿論、私を含めて。
実現すれば無色人種迫害に歯止めをかけることができるかもしれないし、シュカもきっと喜んでくれるだろう。
「何にやけてんの?」
「っ!?」
いつの間にか、ミヤがこちらを見上げていた。
「起きてるなら言ってよ……」
「ハル、魔法使いになりたかったんでしょ」
「また唐突だね」
「眠るとハルの記憶が流れてくるんだ。さっきのは、小さいハルが黄色い星をつけた細長い棒を振ってた」
そんなこともあったような気がする。
所詮は幼心に抱いた空想だ。
夢もへったくれもない現実にはその後すぐに叩きのめされた。
「……プライバシーとかないじゃん」
「プラ?」
「ああ、こっちの話……。それ絶対誰にも言わないでよ?」
「僕の声が聞こえるのはハルだけだよ」
欠伸をしながらミヤが言った。
……そういえばそうだった。
艶やかな毛並みに手を伸ばし、頭のてっぺんから撫でてやる。
「ごめん、寝てていいよ。疲れたでしょ?」
私が労うと、「ほんと疲れたよ」とミヤは額を私の手に擦り付けた。
「でも平気。袋の上でも寝てたし」
「器用なことするよね……」
半分呆れながら私が言った。
備え付けの時計に目をやると、部屋に来てから半時間ほどが経過している。
「あ、そうだ」
「ふわあぁあ……どしたの?」
ふと思いつき、私はミヤに尋ねた。
「今日街を歩いていて思ったんだけど、この世界には『ペット』って概念がないのかもしれない」
「ペット? なにそれ?」
「愛玩用として飼われている動物のことを言うんだけど、どこにも動物を飼っている人がいなかったの」
ミヤはふむ、と考えて、喉をゴロゴロ鳴らす。
「人間は人間を飼っているからね。道具にならなさそうな他の動物には興味がないんじゃないかな」
この国で奴隷制度に縛られる人は多い。
昨日は気づかなかったが、街中にも首に枷をつけた奴隷らしき女性を連れて歩く金持ちの姿がちらほら確認できた。
使用人ではなく奴隷を連れているのは、その奴隷の美しさを自慢したいためだけなのだろう。
実際、鎖のない枷をつけられている人たちは顔形の整った人ばかりだった。
髪もかなり綺麗でそれなりの服を着ており、枷がなければ奴隷とは分からない。
奴隷といえば劣悪な環境下におかれ身も心も弱っている人ばかりかと思っていたが、この世界では待遇はそこまで悪くないのだろうか。
「奴隷のことはよく分かんないな……」
私はぽつりと呟いた。
「で、愛玩用動物がどうしたって?」
「ああ、それはね。例えばの話なんだけど、皆が動物を飼っていたら、ミヤは毛色を変えさえすれば紛れ込めるでしょ。人間じゃないから法律で禁止されないし、黒ってこの国じゃかなり目立つもの」
さっきユドにそれとなく尋ねたが、特に問題はなさそうだった。
鋭いあの人にはミヤの存在がバレていそうな気もするが、まあいつかはそうなるだろうからよしとする。
ちなみに黒い動物は人間同様存在しないらしい。
毛並みや表皮の色が黒に近い動物は魔物と呼ばれるのだとか。
魔法を使って人や他の動物を襲うこともあるため時々駆除される。
よく分からないが、ゲームのモンスター的な感覚だろうか。
「別に白けりゃそんな目立たなくない?」
「それはそうなんだけど、今私は奴隷ってことになってるの。親分たちの奴隷だからっていう理由で街に入れてもらっている身なんだから、首輪をつけてないのが知られるのは避けたいじゃない。だから目立つ訳にもいかないし、結局ミヤに鞄の上で踏ん張ってもらわなきゃいけないの。私の髪色も変えていいなら話は別だけどね」
親分がユドに打診していたが、即答で拒否された。
さすが総裁、あの感じは賄賂があってもダメだな。
優秀なお役人だ。
ミヤがめんどくさそうに嘆息し、布団に伏せた。
「じゃあ全部変えちゃえばいいんだね」
「は?」
ちょっと何言ってるか分からない。
言葉の意味を飲み込めずに慌てて首を向けると、ミヤは髭をピンと伸ばした後瞬きする間もなくペンダントに形を変えた。
「み、ミヤ……?」
『しまった、口がない』
ミヤ=目の前のペンダント
という方程式が成り立たず、混乱のせいで開いた口が塞がらない。
今の声はテレパシーだろうか。
なんでもありだな、魔法。
身が持たないからもう驚くのはやめよう。
冷静さを取り戻し、私はミヤらしきペンダントに声をかける。
「ミヤ、聞こえてる?」
『うん。そっちは?」
「大丈夫、聞こえてるよ。……それ、どうなってるの?」
『僕は元々変身の魔法が得意なんだ。三日前ハルに会った朝は鳥になって空を飛んでた。さっきの夢の中で、小さいハルが抱きついてた女の人がしていたペンダントの形になったつもりなんだけど、どう? うまくできてる?』
言われてみれば、確かに昔母親がつけていた首飾りと似ている。
爪くらいの黒い石がはめ込まれた、銀の鎖のペンダントだ。
『これなら念話で話せるし、いつでも一緒にいられるよ』
嬉々として喋るペンダントに笑いながら肯定し、首からかけてみる。
服の中に隠すと、ミヤの声が再び聞こえた。
『ハルの心臓の音が聞こえるの、なんか面白い』
「あんまり恥ずかしいこと言うのやめてよ……」
『そこは念話で話そうよ』
「どうやるの?」
『口の中で話す感じかな。声には出さなくていいから。やってみて』
その後何度か練習を重ね、念話での会話にだいぶ慣れた頃、扉の外から「お待たせいたしました」という使用人の声が聞こえて、私たちは念話をしながら食事に向かった。
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