第29話 シュカ
森の中である日、少女を見つけた。
少女は儚げに黒檀の艶やかな髪を胸の前まで揺らし、潤んだ瞳で周りの男たちを見上げた。
雪のように白い肌は透き通るようで、目元と頬が抗うようにほんのりと紅に染まる。
戦慄く唇は薔薇の花びらを散らし、長い睫毛の下で見開かれた目は黒々と輝き、どちらも見る者を惹き付ける美しさを孕んでいた。
異国のものらしき服に身を包み、そこから伸びる手足は華奢で、簡単に折れてしまいそうだった。
その場の全員が息を飲み、怯える彼女を見下ろした。
「……おい、こいつ……」
「……黒だ……」
ジルとゲレが口を開き、他の面々も口々に驚きを示す。
動けずに恐怖を顔に貼り付けた少女に、トーガの止める声も聞かずに親分は歩み寄った。
「……おい、嬢ちゃん」
その日から、少女は俺たちの家族になった。
彼女は、名前を『ハル』といった。
本来は明るく活発で誰にでも愛想のいい性格らしく、一日のほとんどを俺と家事をこなして過ごした。
いつも編んだ髪を俺があげたチッタで結い、風に吹かれた彼女の横顔は我を忘れそうになるほど綺麗だった。
黒い髪に、朱いチッタがよく映えていた。
俺の髪は白い。
それを伝えるのが怖くて、ハルと出会った日からは山小屋でも布を巻いていた。
察してくれたのか、皆もハルの前では髪を隠し、強盗から襲われないために旅人や行商人しか巻かない布をこの辺りの風習だと嘘までついてくれた。
俺は、臆病だった。
でも俺が"
普通なら憐憫の視線を向けるのに、彼女はただ、綺麗だと言った。
それでも俺は………………嬉しかった。
あの日から、彼女から目を離せないでいる。
この国では外見の美しさは6割方髪で決まる。
髪色の濃さ、艶やかさがその人の魔力を示しているからだ。
それに加えて色白で目元がはっきりしていればなおのこと、他人からの憧憬と羨望の視線を集める。
今回のマニセリル訪問の目的は、ハルの身元を示すものを得ることだった。
それなのにいつの間にか、彼女の存在を辺境伯に公認してもらうことになってしまっている。
当の本人はそれが意味することに気づいていないようだし、親分に交渉しても「街が協力してくれりゃ安心要素が増えるだろ」と取り合ってくれなかった。
あの容姿に惹かれない人などいまい。
それを無防備に晒すなど、愚策も甚だしい。
ユドの屋敷の客間の寝台の上で、俺は天井を眺めて下唇を噛んだ。
この気持ちは一体何だ。
マニセリル領主にハルの後見人を務めてもらうことは、本人のためにも重要なことのはずだ。
そんなことは分かっている。
でも、もしハルが何か突拍子もない条件を突きつけられたとしたら?
それこそ領主の支配下に置かせろだとか、最悪妾の一人になれだとか。
考えただけでもゾッとする。
どうにかハルを守る方法を探さなければ。
悪寒に早まる鼓動を感じていると、使用人の呼び声が響いた。
壁掛けの鏡の中で愛想笑いを浮かべ直してから、俺は扉を開けた。
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