第40話 美容特殊部隊

 30分ほど待たされた後、いくつもの足音と共にセシャナたちが部屋にやってきた。


「大変お待たせいたしました」


 扉を開けてそう言うと、セシャナはドアを押さえたまま後ろの侍女たちが入るのを待ってから、自分も廊下に置いていたものを持って戻ってきた。


 彼女と彼女の同僚三人は、それぞれ抱えていた前が見えないほど大きな葛籠つづらを床に下ろし、私に向かって一礼した。

 最初に入ってきた侍女が誇らしげに微笑んで口を開く。


「お着替えのお手伝いをさせていただきます、ジアニーユでございます。こちら2人はミラシーユとナタミーユです」

「「宜しくお願い申し上げます、ハル様」」


 後から笑顔で頭を下げる二人目と三人目。

 声は違うが、三人の女性は顔が似ていた。

 同じ制服を着ているせいもあって、初対面の私にはほとんど見分けがつかない。

 姉妹だろうか。

 名前も似てるし、覚えにくい。

 これは早めに識別しないと確実に呼び間違え事故が起こるやつだ。


「ハル・ソエジマと申します。こちらこそ、しばらくの間ご迷惑をおかけします。……ところで、お三方はご兄弟なんですか??」


 できるだけ丁寧に、かつ人当たりのいいように言葉を紡ぐ。

 客人ではあるが、平民の自分が使用人として働く同じ平民を見下せる理由はない訳だし、トラブルは極力避けておいた方が無難だ。


 ちなみにイーリェでは「兄弟」と「姉妹」は発音も字面も同じ単語だ。

「ご姉妹」と言うのは語感が悪いのでなんとなく使用を控えてみた。


「ええ、そうなんです。ジアニーユ、私、ナタミーユの順の三姉妹でして……よく似ておりますでしょう」

「初対面の方は皆さんよく間違われますので、ハル様もあまりお気になさらないでくださいね!」


 二人目が控えめに言うと、三人目は明るく笑った。


 なるほど、性格は三者三様という訳か。


「ふふ、仲がよろしいんですね」


 少しの羨望が溢れた笑みに滲む。

 その反応にペンダントの気配が微かに揺れたが、四人は私の感情の僅かな段差に気づかなかったらしい。

 にこやかに肯定すると、テキパキと各々作業を始めた。




「では、早速お着替えいたしましょう」


 穏やかにセシャナが微笑む。

 心なしか声が力強いような気がするが、気のせいだろうか。


「え、今ですか?」

「勿論すぐにお召しになられなくても結構でございます。ですが後ほどお召しになられるものを今からお決めになっても損はございません」


 丁寧で上品な所作で長女は揃えられた右の人差し指と中指を向けた。

 示された先には三姉妹が組み立てて服を着せた簡易マネキンが三体。

 それぞれ元の世界にはない類の服だがかなり可愛らしい。

 一応年頃の女子である私の興味を引かないはずはなかった。


「お好きなものをお選びください。お気に召されるものがなければ別のものをご用意いたしますわ!」


 三女がドレッサー前での準備を終え、こちらにやって来て楽しそうに説明する。


 いやいや、そこまでしてもらわなくていいから。

 まさか三着も持ってくるとか思わないし。


「じゃ、じゃあ、この真ん中のがいいです」


 長々と考えるとどれも気に入らないのだと思われるかもしれない、と私は慌てて目をつけた裾の長い上品なワンピースを指差した。


 ふと見ると、無意識ではあったが二本の指が揃っている。

 おお、だいぶこちらの色に染まってきたか。


「かしこまりました。それでは、失礼いたします」

「……え?」


 恭しく頭を下げると、侍女たちは一斉に私の着ている服を脱がせにかかる。


「自分でできますからーーーーっ!!」という叫びは虚しくこだまし、あっという間に私は強引ながらも超VIP待遇で仕上げられてしまった。


 いいのか、メイドさんたち。




「ハル様、どうぞこちらに」


 長女が示すところに立つと、クローゼットだと思っていた両開き扉の内側の姿見を見せてくれたようだった。


 そこに映っていたのは、どこかのご令嬢と思しき……いや私か。



 …………私か?



「え、これ、私……!?」


 鏡の中の慎ましくも可憐な少女は驚いた表情で私と目を合わせ、五分袖から伸びる腕は行き場を失って元の位置にぶら下がった。


 裕福で聡明なお嬢様。

 感想はそんなところだ。


 一瞬ではあったが自分に見惚れてしまい、そのことに盛大に恥ずかしさを感じる。


「とてもよくお似合いですわ」

「さすがハル様!」

「や、お化粧とか髪型とかのおかげですよ。みなさん、ありがとうございます」


 高校も毎日ノーメイクで通っていたのだ。

 自分で化粧ができるかと言われたら即答で否定できる。

 正直そこまで塗りたくられている感じはないし、多分口紅と軽いアイラインと薄っすら白粉おしろいくらいだろうけど、それでもここまで変わるとは。

 化粧って怖い。


「いえいえそんな。素材が良かったんですよ、ほとんど何もしておりませんもの」

「おぐしなんてほら、少し梳かしただけですのにこんなに光沢が出て」


 セシャナと長女がゴリ押ししてくる。



 褒め殺しにかかる侍女たちをなんとかなだめ、私は三女の淹れてくれたお茶らしき飲み物を口に含んだ。


 一息ついてから、何か書くものが欲しいとセシャナに頼む。

 彼女は即座に身を翻し、全速力で紙とインク瓶と筆らしきものを取ってきてくれた。



 まさかの筆。

 これには驚いた。


 山小屋では木の枝を削って尖らせたものの先端に布を巻いてペン代わりにしてたからな。

 めっちゃ書きにくかった。


「とりあえず、分かっていることを整理しよう」


 小さくひとりごちてから、私は気合を入れて筆を手に取った。


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 分かっていること


 ・夫人は約一年ほど眠り続けている→恐らく種あり

 ・呼吸はしていないが脈はある→生きている?

 ・原因は蔦の形をした"薔薇の棘"という呪い(仮)




 調べること


 ・呪いについて←もっと詳しく!

 ・誰がなんのために呪いをかけたのか

 ・呪いを解く=種を壊すか取り出す方法



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