第3章 総裁と辺境伯
第24話 マニセリル中央機関
親分たちと合流して朝御飯を平らげ、朝日が眩しく照らす中、私たちは宿屋『銀の鍋』を後にした。
食事中、円卓を囲んで今日の予定について話していると、水のお代わりを持ってきたピノが耳元で「絶対また来てくださいね」と囁いた。
「勿論」と笑うと、ピノも微笑み返してくれた。
そのまま宿屋を出て道なりに進む。
比較的太い通りなので迷うことはなく、すぐに中心部の広場に辿り着いた。
中央の何かの銅像を眺めたまま、高校のグラウンドより面積のある広場を人にまみれながら横切る。
ピノに髪色がバレたことは、親分たちには言っていない。
言うべきなのは重々承知しているが、そうすると多分二度とマニセリルの土を踏ませてもらえないだろう。
というかピノを信じたいという気持ちが勝った。
自分に「都合のいい友達」と言い訳をしてはいたが、やはり信頼できる友は得難いものとして私の中に映ったらしい。
まあなんとかなるだろう。
黒髪が珍しいならバレる時はバレる。
こうなったら腹を括るしかない。
隣を歩くシュカに覗き込まれ、思わず「わっ」と声を上げてしまった。
シュカは慌てて謝ると、顔を元の位置に戻しながら言った。
「ほんとにごめん……肩、痛くない?袋にミヤも乗ってるし、大丈夫かなって」
「ふふ、ありがと。大丈夫だよ。こう見えて丈夫だから」
少しだけフードを上げて笑いかける。
シュカは一瞬パッと顔を逸らしたが、すぐに私に「そっか」と笑顔を向けた。
心なしか耳が赤い。
暑いのか?
この国には四季はない。
まあ雨季と乾季が年に2回ずつ繰り返されるので、ある意味では四季はあるといえよう。
が、だんだん寒くなってだんだん暑くなるなんてことはないらしく、大体春や秋くらいの温度で冬の乾燥度と夏の湿度が交互にやってくる、といったところである。
今は乾季なので、少し歩くくらいなら蒸し暑さは感じられない。
……となると風邪か?
まずいな、どう見てもここには先進国並みの医療は存在しない。
ただの風邪でも命取りだ。
「……シュカこそ大丈夫?」
「え?」
私が耳打ちすると、シュカは理解できなかったらしく、顔の上に疑問符を浮かべる。
風邪じゃないかと続けようとしたその時、ルノイの声が後ろからピシャリと降ってきた。
「……ちゃんと頭隠せ」
即座に首を下に向ける。
するとそこから10歩も歩かないうちに、私の周りを行く狩人たちの気配が立ち止まった。
何かあったのかと前方に上目遣いで視線を送る。
見るとそこには他のより一回りもふた回りも大きい白塗りの建築物が胡座をかいていた。
病院とも学校とも思える無機質な壁に、ランダムに正方形の穴が空いている。
高さからすると恐らく10階ほどだろうか。
都会のビルの群れに慣れているはずの私でも、威圧感を感じずにはいられない。
まあそれも生憎、過去の話だが。
振り返ると、さっき通った街の中央の広場はすぐそこにあった。
そこから流れる人の群れの多くは当然の如く大きな両開きのガラス戸へ忙しなく飲み込まれ、出てくる人々は思い思いの方角に向けて歩みを進めている。
立地いいなこの建物。
私は心の中でひとりごちた。
「これが『マニセリル中央機関』……」
シュカが田舎者感全開で見上げ、親分とルノイ以外の全員が中央機関と呼ばれる巨大な豆腐の塊に気圧されたように言葉を失う。
「相変わらず趣味の悪い形してやがる」
前に立つ大男の背中から低い声が響いた。
ルノイはといえば、相変わらず無表情のまま切れ長の目で辺りの様子を窺っている。
『マニセリル中央機関』とは、簡単にいうと市役所と警察署と裁判所とハロワを足して二(この場合は四か)で割ったようなものらしい。
各公的書類の作成から仕事の斡旋まで様々なことを管理しており、詳しくは知らないが街の行政をピラミッドに例えるならば上から二番目に位置するのだという。
ちなみに一番上はマニセラン辺境伯、つまりお貴族様だ。
北方貿易の中心となる港街マニセリルを牛耳る偉い人なのだそうだが、平民の私には関係ない話だと判断して詳細を訊くのはやめておいた。
また今度山小屋で、シュカにこの国の地理をざっくり教えてもらうことにしよう。
今呑気に会話しようものなら、後ろからルノイの抑揚のない檄が飛ぶ。
……いや、檄ではないか。
「……ハル、フードしっかり被っとけよ」
親分が振り返って言った。
私は改めて顔を伏せ、フードの端を右手で軽く前に引く。
一行はなぜか正面玄関をそのまま通り過ぎ、裏通りへの道へと入った。
気になって少しだけ顔を上げると、職員玄関口と思われる木製の扉があるのが見えた。
私の左右にゲレとシュカ、後ろにルノイが私を守るようにして立ち、前にいる親分は扉の横にいた警備員らしき人物に声をかける。
明るい黄緑色の髪の若い男はどうやら親分の顔見知りのようで、話しかけてきた相手が親分だと分かるとかなり驚いた様子を見せた。
男は慌てて扉の奥に駆け込み、しばらくすると戻ってきて名札のようなものを一つ、親分に手渡した。
私は再び目線を落とし、歩き始めた編み上げのブーツの音を聞いていた。
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