第23話 『友達』
私は自分が嫌いだった。
これといって特技も才能もなく、全てにおいて平凡な自分が。
幼い頃は漫画家になりたかった。
でも、自分より絵の上手い同級生はザラにいた。
私は悟ったのだ。
自分は一生、日陰の人間なのだということを。
だから私は、極力日向に出る努力をすることにした。
班を組まされれば班長をやり、学級委員には毎年手を挙げた。
目立ちたがりだと思われないために、ワンテンポおいてから「誰もいないなら」と遠慮がちに言うのにはもう慣れてしまった。
制服はほどほどに着崩し、校則は破らず、誰と話す時も笑顔を絶やさないように心がけた。
高校最後の一年に差し掛かって、気づけば私は文芸部部長、体育祭の白組団長、生徒会会長など他にも数多の役割を与えられていた。
忙殺される毎日は、全く苦ではなかった。
人に必要とされることが、ある意味生き甲斐となっていた。
自己を肯定する意思は限りなくゼロに近いが、そのおかげで承認欲求は誰よりも強かったと思う。
ああ、久しぶりに思い出した。
あの窮屈な相対の中で、私は私を好きになれる一番の方法で生きていたのだ。
この世界に来て、ある種の自由を見つけたような気がした。
誰にも期待されず、絶望もされないという開放感。
たった一人で未知の場所に放り込まれた恐怖は、漠然とただ『無知であること』に注がれる。
そこから抜け出した後に見つけるのは、『既知でないこと』のアドバンテージだ。
死んだかもしれないことなんてどうだってよかった。
私がいなくなったら大変だろうなと、ただ他人事のようにそう思った。
愚かなのは私だ、でも私だけではない。
心のどこか端の方で、同じ顔の黒髪の少女が
目の前の少女は、私の手の温かさを感じてくれているだろうか。
自分という存在がなかった世界で、新しく始めた人生だ。
どうせなら謳歌してやりたい。
彼女に怯えられるのは八方美人をかなぐり捨てた今でも勿論喜ばしいことではない、というか普通に友達第一号になって欲しい。
初っ端の焦燥や不安はどこへやら、私は交わした握手で余裕ができたらしかった。
都合のいいシナリオを高速で書き上げ、愛想良く笑う。
ピノもこんなやつとは絶対に友達になりたくないだろうが、懐に入った人間は裏切れなさそうな顔立ちに生まれたのが運の尽きだ。
すまん、諦めてくれ。
「よし、これであなたと私は対等。椅子に座って。床は硬いし冷たいから」
窓の外はだいぶ明るくなってきていた。ピノの白い輪郭がはっきりと見える。
布団を尻に敷いたまま、私は今度こそと椅子を示した。
ピノは恐れ多いとごねていたが、しばらくしてから渋々椅子に腰かけた。
ピノとの会話は、従業員と客というより後輩と先輩と言った方が正しいものだった。
私の『対等』という言葉で恐怖心は薄れたようで、ピノは徐々に滑らかに喋るようになった。
ピノ自身のことを尋ねると、簡単に自己紹介をしてくれた。
歳は16で属性は火、北口近くの靴屋の娘で、稼ぎのためにこの店で清掃係として働いているのだという。
どうやら昨日の晩飯を持ってきてくれたのも彼女で、「ハルさんが顔を隠していたので皆怪しい人なんじゃないかって疑って、結局一番下っ端のわたしが持っていくことになったんです」と眉を寄せて苦く笑った。
16に見えないと驚くと、日頃からよく言われるらしく、髪色が白に近いからと教えてくれる。
「白い方が幼く見えるの?」
「はい、生命力の影響が強く出るので……無色人種は基本的に童顔だと言われています」
もしかして私がジルたちに幼く見られたのは髪色のせいかと思い至る。
そういえば誕生日はもうすぐだった気がする。
事故にあった日は、誕生日から3ヶ月と1週間前だったはずだ。
この国の暦は星暦といって、太陽や月ではなく星を観測する。
一週間を七日で数えるという習慣はなく、ひと月が30日と31日なのは同じだが、1月から始めてそれが交互に並んでいる。
簡単にいうと、奇数月が31日まで、偶数月が30日まである、というものだ。
七月だけが28日までなのだそうで、よく分からないがグレゴリオ暦にかなり近い。
1日は空が白み始める頃(つまり星が消え始める頃だ)に始まる12時間であり、そこからこの国の1時間は元の世界の大体2時間と計算できる。
ちなみに12進法ではあるが、10進法に直して理解するのに苦労はしていない。
ありがたいことに見聞きした数字は全て翻訳機能によって10進法に置換されている上、元の世界の感覚に修正されて解釈できるようになっている。
例えば、こっちの朝1時は勝手に脳内で午前6時になる。
おかげで不便さはほとんどない。
世間話に花を咲かせて数十分が経った頃、チラチラと置き時計に目をやり始めたピノに、私は微笑んだ。
「色々と話してくれてありがとね。もうそろそろお開きにしようか」
ピノは笑顔でまた後で、と首肯して桜色の髪を慌ただしく揺らし部屋を出ていった。
開けたドアの向こうで、窓から差し込む光が見える。
「……私も行くかぁ」
麻袋を肩にかけ、ベッドメイクをしようと立ち上がる。
「ふわあぁ……もう行く?」
後ろから声がして振り返ると、ミヤが二発目の欠伸をかましているところだった。
「うん。その前にベッドを綺麗に直すから、ちょっと降りてて」
「はいはい、朝ごはんは新鮮な魚がいいな」
「いいよ、魚ね。約束はできないけど」
ひょひょいとピノが座っていた椅子に避難しながら、ミヤは「頼んだよ?」と私を見る。
私も苦笑を返して、焦げ茶色の掛け布団に手を伸ばした。
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