第2話 森と狩人②
「おはようございます」
階段を上った先で、私はそこにいた男たちに声をかけた。
この家の住人は合計7人。そのうちの4人は今は出かけている。
「おうハル嬢、今朝も早えな」
「すまない、地下室しか空いてなくて。寝心地悪いだろ」
食卓を挟んで地図を覗き込むのは、ジルとゲレ。鉈を腰にさしている方がジルで、右頬に引っ掻き傷がある方がゲレだ。
「いいえ、全然! 涼しくて過ごしやすいです。……何かお手伝いできることはないですか?」
「そうだな……今は特にないな」
「そろそろ親分たちも帰ってくる。俺とゲレはもう出るから、後はシュカに聞いてくれ」
「はい、分かりました! ええと、シュカさんはどちらに……?」
二人は少し考えて、屋根裏か屋根の上かの二択を示した。
ここに来てから、今日で3日。未だに私はあの日山で出会った男たちの世話になっている。
その間に、いくつか分かったことがある。
まず、彼らは神様でも死神でも、暗殺者集団でもないということだ。それどころか、どうやらここは死後の世界ですらないらしい。
しかしここは明らかに日本ではなく、それ以前に地球ですらなかった。
見せてもらった世界地図には知らない大陸や島々が描かれており、ジル曰く現在地は最も大きな大陸の西端の森の中だった。
次に、男たちのあの奇妙な風貌についてだ。
この家の住人は家の中でさえ、皆頭に布を巻いている。何か理由があるのかと尋ねると、髪を隠すのはこの辺りでは常識なのだそうだ。
宗教的な理由なのか、とにかく髪を隠せるものが何もないのはあまり感心できないらしい。
ありがたいことに、親分たちは昨日の朝から、一番近いところにある街まで用事のついでに私の衣服や髪を隠すためのものを買いに行ってくれている。
それから、男たち自身のことを聞いた。
彼らは多くは語らなかったが、この山小屋で随分前から狩人として暮らしているのだという。何か要りようになると半日かけて最寄りの街、マニセリルまで行き、獲物を売ったお金で服や道具といった、自給自足しきれないものを調達するらしい。
初日、私が彼らと出会った時は、ちょうど正午の頃で、全員で狩をしている最中だったのだと、ジルとゲレが2日目の夕食の時に話してくれた。
「昨日はここに案内していただいてからすぐに寝てしまって、ほんとにすみませんでした……」
山小屋での二度目の夕餉が終わって片付けを済ませ、再びテーブルに着くと、私は3人に頭を下げた。
「いやいや、疲れてたんだろ? 気にすんなって。……それにしても、ハル嬢はイーリェが上手いな。訛りもほとんどないし……どこかの貴族様なのか?」
「おいジル、そういうのは聞かないのが約束だろ」
ゲレは頬の傷をぽりぽりと掻きながら、ジョッキを傾けるジルを窘めた。ジョッキといっても、私には取っ手のついた手桶にしか見えない。
私は少し返答に困って、テーブルの向かいに座る2人と、それから隣で話を見守るシュカを順に見た。
「貴族……がいるんですか?」
「あ、ああ、この辺りを統治してるのは王国だからな、そりゃいるだろ。俺ら平民は見たこともないけどな。……おいシュカ、もう一杯頼む」
「はいはい、次で最後ですからね」
シュカは立ち上がり、ジルからジョッキを受け取ると台所まで駆けていった。
ゲレが話を続ける。
「……てことは、ハル嬢は平民か?」
「恐らくは……少なくとも、貴族ではないですよ。……あの、先ほどジルさんが仰っていた、『イーリェ』というのは……?」
「この国の公用語ってとこだな。国の名前、イーリエシアからきてる。この地方は王都からも遠いし、訛りも酷くなるんだが、お前さんの話すイーリェは綺麗だし流暢だ。そのくせ常識を何にも知らないってのは……ハル嬢は、一体どこからきたんだ?」
ちょうどそのタイミングで、なみなみと酒の注がれたジョッキを持って、シュカが戻ってきた。
「あ、すいません。ジルさん、ここ置いときます」
「おう、ありがとよ」
喉を鳴らして酒をがぶ飲みするジルにため息をついてパッとこっちを向いたシュカと目が合った。
「ハルさんは飲む?お酒」
「あー……私は遠慮しておきます」
ありがたいが、酔っ払ってしまう可能性考えると遠慮せざるを得ない。
酔いが回ってきたのか、口を開いたジルの呂律は既に崩壊寸前だった。
「おいシュカ、ハル嬢はまだそんな歳じゃねぇだろ。せめて15になってから聞けよ」
この辺りの成人年齢は15歳なのだろうか。
いやそれより、彼らには、私はいくつに見えているのだろう。
喧嘩腰になるジルと、ジルを両側から宥めるゲレとシュカに向かって、私は遠慮がちに言った。
「えーと、すみません……私、一応、17です」
3人はしばらく固まって、それから全力で驚いた。
ジルは笑い、ゲレは疑い、シュカは謝り、それまでの話の流れは完全にうやむやになって、私はその日も、これからのことを相談できなかった。
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