第3話 森と狩人③

 山小屋の屋根裏部屋に続く狭い階段を上ると、シュカはそこにいた。


 彼は7人の中で一番若く、私より1つ歳上なのだそうだ。

 背は低くないが他の男たちに比べて細く色白で、一番下っ端なこともあって、1人1室のこの家で、最も狭い屋根裏部屋を与えられていた。


 私はこちらに背を向けて端の方に座り込むシュカに声をかけた。


「おはようございます、シュカさん」


 シュカは私の声に心から驚いたようで、勢いよく飛び上がった拍子に低い天井に頭を打った。


「いっ…………」

「わ、ごめんなさい、大丈夫ですか!?」


 かなり大きな鈍い音が響いたので慌てて駆け寄ると、シュカは苦く笑いながら右手で頭をさすった。


「はは、ごめん。気にしないで、よくやるから……。それより、何か用だった?」

「いえ、何かお手伝いできることはないかと思いまして」

「んー……それじゃあ、親分たちもそろそろ帰ってくる頃だろうから、みんなの朝飯でも作って待ってようか」


 ありがたい、ちょうどお腹もいい具合に空いている。


「はい! えっと、私は何をすれば……?」

「うん、まずは裏から薪を持ってきてくれる? 俺も台所に行くから」

「分かりました!」


 努めて明るく返事をすると、シュカは一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに笑顔を見せた。


 私も笑顔を返して階段を降りかけると、「あ、待って」とシュカに呼び止められた。


「これ、あげる。髪が長いの、邪魔じゃないかなって」


 差し出されたのは、丁寧に編み込まれた朱色の組み紐だった。


「すごく綺麗……ほんとにいいんですか?」

「うん。チッタって言うんだ。俺の生まれたところの民芸品なんだけど、よかったら使って。あんまり上手くできなかったけど……」

「え、シュカさんが作ったんですか!? ありがとうございます……! 是非、大事に使わせてください」


 私はすぐさまチッタで髪を括ると、シュカと2人で朝食の準備を始めた。




 ジルとゲレが日の出からしばらくして出かけるのは毎朝のことなので、家事当番のシュカはいつも5人分の朝ごはんを作るのだそうだ。

 シュカの料理はどれもとても美味しく、未だに身の振り方を決められずにいる私は主にシュカの手伝いをできるだけするようにしている。


「薪、このくらいでいいですか?」

「ああ、ありがとう。その辺に置いといて」

「はい!」


 シュカに示された辺りに薪を置き、次の指示を仰ぐ。


 テキパキと作業するシュカを邪魔しないようにテーブルの上を片付けたり食器を並べたりしていると、古い蝶番が音を立てた。

 私が振り向くと、ドアを小さく感じさせるほどの大きな体がぬっと入ってくるところだった。


「……あ、おかえりなさい!」

「おかえりなさい、皆さん。もうすぐ朝飯、できますよ」

「おう、ありがとよ。とりあえず荷物下さねぇとな。おいお前ら、下に持ってっとけ」


 後ろから帰宅した3人は半日歩いて帰ってきたとは思えないほどキレのいい返事をすると、そのまま連れ立って地下の貯蔵室まで歩いていった。


 私がパタパタとジョッキに水を注いで親分のところまで持ってくると、親分が一番大きな椅子に腰掛けて荷物の中から袋を取り出していた。


「お疲れ様です、親分。これ、お水です」

「悪いな、ハル。手伝わせちまって」

「いえいえそんな! 私の方こそ、置いていただいて、ほんとにありがとうございます」


 親分は顔の布を解くとその強面に似合わないくらい口角を上げた。


 皆が親分と呼ぶので私も同じように呼んではいるが、実際本人はどう見ても30代にさえ見えない。

 他の男たちも、顔の系統が私とは全然違うのでなんとも言い難いが、全員おじさんと言うには若い気がする。


 後ろから、シュカが親分に声をかけた。


「聞いてくださいよ親分。ハルさん、17なんですって。信じられます?」

「なに、17? 歳がか?」

「あ、はい、ジルさんとゲレさんにも驚かれてしまって……」


 親分は昨日の夜の3人と同じように私の顔を見てポカンと口を開けると、次の瞬間大声で笑い出した。


 断っておくが、私は今まで生きてきた中で、童顔だと言われたことは一度もない。


「そ、そんなに幼いですか」

「くくく、まさかシュカとほとんど同じだとは……いや、これは失敬。確かに、17に見えなくもない」


 喉の奥で笑いを引きずりながら、親分はシュンとする私に、気にすることなく喋り続けた。


「ああ、そうだ。これな、ハルの服と、フードのついたマントと、それから靴だ。どれがいいのかわからなかったから、トーガに適当に選ばせた」


 太い左腕で掴まれた大きな袋は、私には両手で持つので精一杯だった。

 少し中を覗き込むと、可愛らしい色の民族衣装のような服と、革の編み上げのブーツが見える。


「わ、ありがとうございます! 早速着替えてきてもいいですか?」

「おう、着てみてくれ。トーガのセンスがハルにも通用するといいんだがな」


 私が「ちょっと待っててください」と言い残して地下に向かおうとすると、ちょうどその時シュカが鍋を持って歩いてきた。


「もう朝飯できたから、食べてからにしたら?」

「あ、そうですね、冷めちゃいますもんね。とりあえず、袋は部屋に置いてきます。ついでに皆さんもお呼びしますね」


 私は袋を抱えて地下への階段を駆け下り、トーガたちを呼んだ。

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