第31話 予想外の展開
角も曲がらず、階段も上らず、黒いカーペットを真っ直ぐ進んで、連れてこられたのはだだっ広い謁見の間だった。
黒が一番位の高い色なのか、それとも聖なる色なのか、西洋の城なら赤でありそうなところは全て黒で統一されている。
テニスコートがすっぽり入るほどの広間は何に使うのだろう、入ってきた木製の黒い扉も力士が五人並んでも余裕がありそうだそうだ。
左右の壁には等間隔で大きな窓が青空を映し、恐らく外から見えた箱の一つはここだなと勝手に解釈する。
高い天井にはユドの屋敷で見たような幾何学立体のシャンデリアが光を反射し、石造りの無機質な壁を照らしていた。
「どうぞ」
二本の指を揃えて奥へと促すジャルガに従い、一行は部屋の反対側の黒い大きな椅子に腰掛ける大男の元へと歩いていった。
『ミヤ、頼んだよ』
『任せて、ハル』
口の中でミヤに話しかけると、自信満々な黒猫の無邪気な声が返ってくる。
私はフードの下で小さく微笑むと、息を吸って、吐いた。
案内を終えたジャルガは再び前髪をさっと撫で、入ってきた扉とは別の、奥の
大男はその巨躯に見合った
息子と同じ色の髪はまとめて後ろに流され、顎の先だけ生えた髭を撫でる右手は私の太腿ほどもありそうである。
山小屋で毎日割っていた丸太の方がよっぽど細い。
筋肉の塊のような体の上に乗せられた顔には薄っすらと皺があり、鋭い目はまるで鷹のようだった。
あれがマニセラン辺境伯。
40代かそのくらいだろうか。
年齢を当てるのがマイブームになっている気がする。
ま、気楽にいこう。
緊張したって何も始まらない。
大男、というか巨人は脚を組み直し、直立不動のユドに向かって口を開いた。
「……忙しい中、ご苦労なことだな、ユド」
「これも仕事のうちですので。ボルボ様もご息災、何よりにございます」
「そこに控えるは……その赤髪……ロレッカ・カントミナか」
「……覚えていただけて光栄です、辺境伯。5年ぶりにお会いしましたが、お変わりのないご様子に安堵いたしました。本日はお時間をいただき、誠にありがとうございます」
下げた頭の内側で心底帰りたいという表情を浮かべながら、親分が答えた。
巨人ボルボは「して、此度は何用か」と問いかける。
「人避けはしてある。気にせず話せ」
「ご配慮いただき、感謝致します。では早速、本題に入りたく存じます」
ボルボの言葉に深くお辞儀をし、ユドは私を振り返った。
フードで頭を隠した私を不審に思ったのか、段上のボルボは猛禽類の目で私を射抜く。
いや怖いって。
うちの父親の500倍は怖い。
私はユドの横までツカツカと進み出ると、被っていたフードをゆっくりと下ろした。
「……初めましてお目にかかります、ハル・ソエジマと申します。下賤の身にはございますが、発言をお許しください」
昔から緊張することはなかった。
今回も例によって、広い部屋に私の堂々とした声が響いている。
ビームが出そうな巨人の目を見据えても、私は問題なく話すことができた。
「単刀直入に申し上げます。ボルボ・マニセラン辺境伯様。どうか私の後見人となっていただけませんか?」
打ち合わせ通りの台詞を並べると、巨人は私を頭から足の先まで見定め、しばらくしてからニヤッと笑った。
悪人顔がすごい。
「……なるほどな。そういうことか」
何か納得がいくものがあったのか、ボルボはひとりごちた。
それからユドに目を移し、声を張った。
「この娘は何者だ」
「メックラコンリ共和国から先日亡命してきた平民でございます。現在はここにおりますロレッカが、保護責任者として登録されております。年は17です」
「17? これでか?」
「はい、嘘は申しておりません」
私を舐めるように這わせる視線が気持ち悪い。
ていうかやっぱり年齢通りには見えないんだなー……。
表情を変えないように細心の注意を払っていると、ボルボは面白いことを思いついたと言わんばかりに不気味な白い歯を見せた。
「ハル、と言ったか」
「はい」
「お主のような美しい娘は見たことがない。その髪も顔も、五体の全てにおいて、お主は最も価値のある部類の娘であろう。是非我輩の妾になって欲しい……と言いたいところだが、法の定めるところによって、生憎お主を娶ることはできん」
この国の法律では、子を持つ親は子供より年下の伴侶を迎えることは禁じられている。
さっきのナルシ野郎、もといジャルガは18……という情報はユドから事前に聞いてあったので、ここは無難にクリア。
一つ目の嫁入りルートは潰せた。
問題は二つ目……「奴隷になれ」と言われた場合だ。
考えはある。
嫁入りルートと違い、奴隷落ちルートは財産の分け前がゼロだ。
貴族は血の存続のために一夫多妻を許容されており、側室であっても、分け前を得ることができる。
愛人の場合はそれよりも少ないが、それでも多少は遺産を相続できるようになっている。
しかし奴隷として使えるとなると、遺産どころか賃金さえ生じない。
ここを突く。
『利のない契約は蹴ってよい』というこの国の慣習を利用するのだ。
逆に言えば、こちらに少しでも利があり、不利益が全くないのなら、契約を放棄することはできなくなる。
もし私がジャルガより年上であったなら、かなり厳しかったと思う。
妻になることによって得られる財産は少なくはないはずだ。
私の感情とかそういった私的なものは不利益にカウントされないので、嫁入りが確定してしまっていたかもしれない。
二つ目のルートを潰す。
それには、相手方により利がある契約を差し出さなければならない。
ここはタイミングが重要だ。
私はゴクリと唾を飲んだ。
「……よって、ハル、お主を我が息子の正妻に迎えたい」
……………………は?
その場の全員が思考を止め、巨人を見上げた。
ニタニタと笑う辺境伯は、入り口近くに立っていた執事に「ジャルガをここへ!」と叫ぶと、再び脚を組み直した。
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