第20話 不審な客

「ねぇ、二階の三の部屋のお客さん、ちょっと気味が悪いんだけど」

「ああ、あのマントの女の子? あんなに警戒して髪色を隠すなんて、一体何者なんだろうね」


 女性店員たちの間でヒソヒソと噂話が飛び交う。

 丸テーブルを囲む四人の男たちは、揃って目を見合わせた。


 狩人たちは森の中で狩猟生活を送っているからか耳がいい。

 騒がしい店内でも、声を簡単に聞き分けられるほどだ。


 ゲレはジョッキを置いて言った。


「……あれ、ハルのことだよな」


 頷く親分も、軽く顎を撫でる。


「だろうな……やっぱり気になるか」


 髪のみを隠す人ならそこまで少なくもないが、瞳まで気にする人はほとんどいない。

 基本的には目の色だけでは濃さもまちまちであまり差別対象にされなかったりするため、警戒しすぎるのもかえって目立ってしまう。


「かと言って、俺らと同じ部屋にする訳にもいかねぇしなぁ」


 頭を悩ませる親分に、全会一致の沈黙が流れる。

 少し考えて、シュカがおずおずと口を開いた。


「……あの、ハルが寝るまでの間だけでも、俺がハルの部屋にいるっていうのはダメでしょうか」


 その発言に、男たちは押し黙る。


 それからゲレはへぇ、と呟き、ルノイは何も言わずに卓上の料理を口の中に放り込み、親分は真剣な顔をするシュカとは対照的にニヤリと笑った。


「意外と大胆だな」

「いや、そうでもねぇだろ。幼く見えるとはいえ、あんな美人と三月みつきも一緒にいりゃあ……」

「二人ともちょっと待ってください!! 別にそういうんじゃありません……!」


 見当違いの反応に慌てて否定に入るが、シュカの言葉は全く意味をなしていない。

 ニマニマと意地の悪い笑みを浮かべる親分に煽られ、シュカは冷静を欠いた。


「それにハルが俺をそういう風に見てくれるとは……」


 言いかけてからはたと気づくも、時既に遅し。

 頭を抱えるシュカに、酔いが回り始めた親分が笑いながら酒を勧めた。


 ヤケになってジョッキの酒を呷り、シュカはそのまま潰れた。







「おいおい……そんなに強くないんだから、飲ませすぎちゃダメだろ」

「いいじゃねぇか。ルノイはどんなに飲んでも顔色ひとつ変えねぇし、お前はまず酔ってもらっちゃ困る」


 シュカを軽々と背負うゲレは、深くため息をついた。

 ルノイは無言で後ろを歩き、どうやら辺りに耳をそばだてているらしい。

「そんなに警戒しなくても平気だって」と親分は言ったが、ルノイの返答は「……聞き耳立てるの趣味だから」というものだった。


「それじゃ、お疲れさん」


 廊下の突き当たりで左右に分かれると、狩人たちはそれぞれの部屋に入っていった。







 ドアの外で、二つの扉が閉まる音が聞こえた。

 私はビクッと身を震わせたが、ミヤにせっつかれて視線を戻す。


「ああごめん、なんだっけ」

「だからぁ、魔法の練習! するんでしょ?」

「あ、うん……でも、皆に相談してからでもいいかな」


『魔力がなくても魔法は使える』というミヤの言葉には、正直疑問が残る。


 そもそもこの世界の人々は、体内の魔力を代償にして魔法を具現化させている。

 魔力保有量以上に魔力を使うことはできないし、使い切らなくても魔力残存量が少なくなればなるほど体力が消耗する。

 なので有色人種は必要でない時には魔法をあまり使わない。

 街中で見かけたほとんどの人の髪色はどちらかというと薄く、または鮮やかで暗くはなく、推測するに『町人』という立場の人間は基本的に魔力保有量が多くはないのだ。

 この街の人口の半分以上を占めているであろう人々が魔法にそこまで依存していないとすると、魔法が使えなくても案外やっていけるのかもしれない。


 それなら、と私は思った。


 もしこの先、あの親切な七人の兄たちの元を離れることになったとして、私はここで、今度こそたった一人で生きて行かなくてはならないだろう。

 その時私が、魔力保有量が人生に大きく関わるこの世界で少しの魔力もなしに魔法を使えたとしたら、それこそかなりの問題になるのではなかろうか。

 魔法の利便性を否定するつもりはない。

 しかし、常識を無視した行動は時に身を滅ぼすのだ。

 富や名声こそ拝めないものの、平穏な生活以上に安寧を得られるものが一体どこにあるというのだろう。

 並みの苦労は覚悟できるが、勇者でも賢者でもない自分が祭り上げられ、あまつさえそのせいで厄介ごとに巻き込まれでもしたら。


 私が歯切れの悪い返事をしたのに不服だったのか、ミヤは私に背を向けた。


「……いいよ別に。魔法が全てじゃないんだし」

「う、うん、せっかく教えてくれたのにごめんね」


 申し訳なくなって頭を下げると、ミヤはそのまま黙って毛布の上で体を丸めた。

 寝台に腰掛け、ミヤの背を撫でる。

 艶やかな毛並みが指を滑り、しばらくそうしていると小さな呟きが聞こえた。


「……僕だってハルの味方だよ」


 私が『皆』と呼んだ人たちの中に自分がいなかったことが、この子猫には寂しかったのだろうか。


 閉じた目の奥で手のひらの温もりを感じて、私は言った。


「……うん、知ってるよ。ありがとう、ミヤ」


 トクトクと揺れる鼓動が心地いい。

 出会って間もないこの黒猫に、まるで子供の頃の自分を見ているようで、どこか切なかった。

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