第19話 白と黒と魔法

「……失礼いたします。お食事をお持ち致しました」


 戸の外から声がかかり、私は目を開けた。


 いつの間にか、眠ってしまっていたようだ。


 寝台の上に仰向けになっていた体を起こし、フードを被り、隣で丸まるミヤをハンカチ代わりの布で覆ってから、急いで扉を開けた。


「わざわざすみません」


 そこにいたのは、先ほどの受付嬢と同じ服に身を包んだ小柄な女性だった。


 親分たちの言いつけで人と至近距離にある場合には話す時でさえも目を隠すようにしているので、こちらからは相手の顔は見えない。

 が、顔を上げずともフードの外側に肩がある。


 目を合わせないことへの罪悪感を抱きながら、私は彼女が運んできてくれた木の膳をありがたく受け取った。


「食器はそのままで結構です、後ほど下げに伺いますので」

「ありがとうございます、お願いします」


 ぺこりと頭を下げ、背中で抑えていた扉を押し開ける。

 内側からもたれ、小さくパタンと音を立てながら戸を閉めると、向こう側で足音が遠のいていくのが聴こえた。


 私はふうっと息をついて、部屋の中央に備え付けてある小さな丸机に膳を置いた。


 髪のことがバレないようにするためだけでなく、黒猫のミヤもいるので、今のところは部屋から極力出ないようにしている。

 まるで犯罪者になった気分だ……というのは、なったことがないので分からないが。


「……ま、しょうがないか」


 背もたれを引き、椅子に腰掛けてから、私は「いただきます」と匙に手をつけた。






 食べ始めて少しすると、ミヤが目を覚ました。

「僕も食べたい」と腹を鳴らすミヤに、シュカが買ってきてくれた保存加工済みの魚らしきものを与えてから、食事を再開する。

 ミヤはあっという間にそれを平らげ、退屈になったのか私に話しかけた。


「ハル、人に見られないようにするの大変じゃない?」

「まあ、大変といえば大変だけど……」


 スープの入った深底の椀を持ち上げ、口元で傾ける。

 一体何を考えているのか、ミヤは嬉しそうに尻尾をくねらせた。


「髪色を変えたら、気にしなくてよくなるよ。僕がやったげる」


 私は突然の発言にむせた。


 なんとか落ち着き、ナイスアイデアとばかりに得意げに髭を揺らすミヤに涙目を向ける。


「……髪の色は、法律で変えちゃいけないことになってるの。だからいい……ていうか今、僕がやるって言った?」

「うん。魔法使えば一発だよ」


 聞き間違いだろうか。


「……ミヤ、あなた魔法使えるの?」

「あれ、言ってなかったっけ」


 驚きのあまり「はぁ!?」と叫び出しそうになるのをすんでのところで堪え、私は団子のようなものを口の中に放り込んだ。


 視線を落とすと、膳に並べられた皿はいつの間にかどれも空になっている。

 手を合わせ「ごちそうさまでした」と言ってから、再びミヤに顔を向けた。


「森の中で倒れてた時、ミヤの毛並みは白かったよ……?」

「ああ、僕は元々白猫だからね」

「え、でも白って魔力がないってことなんじゃ……」

「なんで? 魔力がなくたって魔法は使えるじゃん」


 意味が分からない。


「その顔は信じられないって顔だね。いいよ、見せてあげる」


 ミヤは「これでいいか」と呟くと、自分の尻尾を軽く振った。


 その瞬間空気でない何かが動く気配を感じて、私はパッと振り返った。

 しかし部屋には私たち以外、誰もいない。


 この感覚、どこかで……。


 頭を捻るが、思い出せないうちにミヤが言った。


「ハル、ほらこれ見てよ」


 ミヤに目を向けると、尻尾の先だけが白くなっている。

 私はしばらくぽかんと口を開けていたが、ふと思った。


 魔力がないミヤに、魔法が使える。


 ……それなら。


「……ねぇミヤ、私にも魔法って使えたりする……?」






 窓の外から、男たちの笑い声が聴こえる。

 街の明かりが溶けていく空に、月は見えなかった。

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