第18話 銀の鍋
ゲレたちに連れられて店を出た時には、辺りは若干暗くなっていた。
見上げると、空の色は既に橙に変わり始めている。
向かいの建物の無機質な壁に目線を下げると、その手前でシュカと目が合った。
ギーナと親分との話は思ったより長く続き、親分が扉から出てきたのは、橙が群青に塗り潰されていく頃だった。
「今日は宿にでも泊まるか」
元きた道を歩きながら、親分が言う。
ゲレはしばらく黙っていたが、「そうだな」と苦く笑った。
「何かあった時のために、南の門に近いところがいいよな」
「……それなら『銀の鍋』か、少し値は張るが『黒龍亭』がある」
ルノイが低い声を発する。
その提言に従って、一行は『銀の鍋』へと向かうことが決まった。
宿屋『銀の鍋』は、南門前から伸びる大通りに店を構える『黒龍亭』とは違い、そこから一つ陸地の側に逸れた通りにあった。
年季の入った看板の文字は所々剥げており、モルタルらしき造りの壁は寂れた様子を感じさせる。
しかし通り自体はそこまで閑散としているわけではなく、たくさんの吊り街灯が道行く人々の顔を照らしている。
目前の宿屋そのものの繁盛具合に至ってはむしろ周りの商店に比べても一目瞭然で、外観に騙される間もなく異世界の宿泊施設に対する興奮が湧き上がった。
整列する三階建の棟の中で、窓から漏れる光と共に客の笑い声が聞こえる。
吸い寄せられるように店の前で足を止めると、私たちは親分を先頭に中に入っていった。
そこは、広めの食堂のような部屋だった。
あちこちに置かれた円卓を囲み、それぞれジョッキを傾ける男たちが談笑している。
その間を縫ってパタパタと駆ける同じ服を着た娘たちは、テーブルや椅子と同じ木造りの床に放置されている空の酒瓶を回収し、追加の注文を受けたり皿や瓶を運んだりするので忙しそうだ。
卓上で広げられた食べ物の美味しそうな匂いが鼻をくすぐり、盛大に腹が鳴る。
それが聞こえているのかいないのか、鞄の上で待機するミヤは例によって2、3発パンチを繰り出した。
道なき道を掻き分けて進む親分に続き、なんとか奥にあるカウンターに辿り着く。
すぐに1人のウェイトレスが、「すみません、お待たせしました!」と慌てて笑顔を作りながら受付嬢に早変わりした。
「皆様、宿屋『銀の鍋』へようこそお越しくださいました。本日受付を務めます、ケリエでございます。本日はお泊まりでございますか?」
「ああ、二人部屋を二つと一人部屋を一つ頼む」
「かしこまりました。少々お待ちください」
ケリエと名乗る女性は、カウンターの内側で予約表らしきものをパラパラとめくり始めた。
高い位置で一つに結んだ黄緑色の髪が揺れる。
ケリエはパッと顔を上げると、
「二人部屋がふた部屋と、一人部屋がひと部屋、ちょうど空いておりますので、ご案内させていただきます。先に料金のお支払いをお願いしてもよろしいでしょうか」
親分は肩に下げていた麻袋をゴソゴソと漁り、手のひらほどの大きさの巾着を引っ張り出した。
その中から金貨を一枚、「これでいいか」と机の上に乗せる。
ケリエは営業用の笑顔を貼り付けたまま言った。
「…当店はお食事は別料金でいただいておりますが、晩御飯がまだのようでしたら、明日の朝御飯のお代も含めてこちらをお預かり致します。いかがなさいますか?」
「じゃあそれで」
人混みに疲れているのか、それともケリエのような女性が苦手なのか、親分は居心地が悪そうに頷いた。
「それでは、先にお部屋までご案内いたします」
一行はカウンターを出て正面の階段を上るケリエに続いた。
二階の通りに面した側の二つの部屋に向かい合うようにして、親分とシュカ、ゲレとルノイが、それから親分たちの隣の部屋に私が泊まることとなり、ケリエからそれぞれに鍵が渡された。
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