第15話 ギーナという魔女①

「相変わらずうっさいわねぇ」


 扉の向こうに現れたのは、ナイスバディな若い女性だった。


 スタイルを惜しむことなく胸の開いた服を纏い、羽織った裾の長いローブも同じ黒みがかった赤紫だ。

 血のような黒に染まった髪色は光の反射で赤く光り、整った白い顔の中で口紅で縁取られた口を尖らせている。

 肌で感じる威圧感は恐らく彼女の魔力量の多さを示しているのだろう、その妖艶な美しい女がこちらに歩み寄ると、私の心拍数は上がった。


「お前も相変わらずだな、ギーナ」

「えっ」


『婆さん』と説明されていただけに、私は驚愕した。

「この人がギーナさんですか!?」と叫び出しそうになるのを必死に抑え、私は唾を飲み込む。


 ギーナはその様子に気づいたらしく、満足げに私に笑ってみせた。


「それで、今日は一体なんの御用かしら」


 古びた椅子に腰掛け、ギーナは私たちを上目遣いで見た。

 親分は私の左肩に手を乗せ、にっと歯を見せて言う。


「どうせ分かってんだろ。こいつを診て欲しい」


 長い睫毛の奥の目で私を眺め、ギーナは「へぇ」と一言呟いた。

 しばらく動けずに固まっていたが、我に返ってぺこりと頭を下げる。


「……初めまして。ハルと言います」

「あたしはギーナ。よろしくね、可愛いお客様」


 紅い唇が緩やかな弧を描き、その妖しさに私はドキッとする。


 ギーナは私から親分に目を移して問いかけた。


「診て欲しいって言ったわね。この子、ちょっと借りてもいいかしら?」

「ああ、頼めるか」

「ええ勿論。久しぶりの客だもの、しっかりやらせてもらうわ。それから……」


 顔の前で組んでいた指先を解いて、ギーナは視線と共に2本の指を揃えてルノイに向けた。


「ルノイ、あんたも残って頂戴」

「……………………なんで俺が」

「あんたの労働を対価にしてやろうって言ってるんじゃない」


 不服そうに睨みつけるルノイに、ギーナが不敵に言い放つ。


「ルノイでチャラにしてくれるってんならありがてぇ」

「そうだな、お前も久しぶりの師匠との再会に浸りたいだろうし」

「えっと……お疲れ様です」


 止める気のないギャラリーたちの声を聞きながら、ルノイは盛大なため息をついた。






「……あの、それで……私は何をすれば?」


 勧められるまま空いている方の席に座り、私はテーブルの向こうのギーナに言った。



 親分たちが買い出しを済ませてここに帰ってくるまでの間、私とルノイはギーナの店に残ることになった。



 壁にもたれたまま動かないルノイをよそに、ギーナの形の良い唇が柔らかに開く。


「まず、ハルちゃんの魔力保有量と能力を調べようかと思うんだけどね。その内あたしの優秀な愛弟子がそのための道具を奥から持ってきてくれるだろうから、それまで2人でおしゃべりでもしましょ」


 にっこりと微笑むギーナを呆然と見つめていると、後ろからチイィィッと激しめな舌打ちが聞こえた。


「……どこだよ」

「上の部屋のど・こ・か♡」

「は!? 『どこか』ってどこだよこのクソババァ!!」

「あら、悪い口は塞いであげちゃうわよ? 魔法的な意味で」


 もう一度舌を打って、ルノイはズカズカと苔色の扉の向こうに消えていった。


 それからギーナは改めて私と目を合わせて言った。


「とりあえず、紅茶でも飲んで」

「え?」


 ギーナの言葉を聞いたテーブルが、何もなかった卓上にティーポットとカップを2つ乗せた銀のトレイを差し出した。

 呆気にとられて固まる私に、「毒は入っていないから安心して」とギーナがウインクをかます。


 絵本の魔女のようなギーナに慌ててお礼を述べながら、恐る恐るカップに手を伸ばした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る