第14話 フードの内側で②

 マニセリルの街は、全体がほんの少しだけ海に向かって坂になっている。

 街の中央に十字を描く大通りは家が5、6軒は立つほどの幅を有し、それに沿って海へと流れるのはマニルの川だ。

 区画整理のされた街並みには至る所で交易品や魚料理を並べる店があり、その美味しそうな匂いに私は何度かミヤのパンチを食らった。


 東京を思い出させるような雑踏と喧騒は懐かしくもあったが、長いこと人が多いところを訪れていなかったせいか、街中を行く人々に少しの酔いを感じる。

 気を使ってシュカが休憩を申し出てくれたが、あまり長いこと人混みの中にいるのは良くないというルノイの意見ももっともだったため、私は「大丈夫です」と笑顔を作った。


 石で舗装された道を進み、裏通りに入る。

 裏通りといってもそこそこの太さはあるし、商店街のような賑わいの表通りとはまた違った繁盛の具合が窺えた。

 様々な民族衣装が入り乱れ、あちらこちらの店に出入りするのが見える。

 中には髪を帽子やフードで覆い隠している人も少なくないので、むしろさっきまでより目立たない。

 表通りの建物と大きさは変わらないので少し暗く思えたが、ショーウィンドウから漏れる光はある種の趣を感じさせるものだった。





 唐突に、斜め前でゲレが口を開いた。


「ギーナの店に行くんじゃないのか」


 さっさと先へ行く親分に小走りでついていきながら、この道は目的地への最短距離を通るものではないことを悟る。

 親分は振り返らずに声だけ寄越して言った。


「……さっき私服の兵士がいた。10人は見た。恐らく警戒を強めてるんだ。迂闊に医館の近くを歩く訳にいかねぇ」

「何かあったのか……?」


 分からん、と首を振る親分に、シュカが尋ねた。


「あの、どこに向かってるんですか?」


 親分はチラッとルノイに目をやった後、ぼそぼそと答えた。


「……とりあえず、裏通りから迂回してギーナの店に行く」


 後ろから殺気じみた気配を感じ、背筋が寒くなった。

 気を取り直してゲレの方に顔を寄せる。


「……ねぇゲレ、ギーナさん? って?」

「ああ、ギーナはこの辺りで魔術屋をやってる婆さんでな。ルノイは元々そこで弟子をやってたんだ」

「じゃあ、ルノイはどうしてあんな……」


 ブリザードがいつもよりきついことを言葉尻に隠して問うと、ゲレはあー……と耳の後ろを掻いて苦く笑った。


「……ま、会ってみれば分かる」


 一体どんな強烈なお婆さんなんだろう。


 私はフードを前に引っ張り、再び下を向いた。






 何度も角を曲がり、現在地がどこか分からなくなった時、窓のない建物の怪しげな扉の前で、一行は止まった。

 背の高い棟の影になった道に、人はいない。

 振り返ると、普段表情に出さないルノイは珍しくも心底嫌そうな顔をしていた。


 先頭の親分が二段上がった先の戸を開けると、カランコロンと鐘の音がした。

 後に続いて恐る恐る足を踏み入れると、怪しげな骨董品にぶつかりかける。


 全員が店に入りドアが耳につく音を立てて閉まると、壁に取り付けられたランプにパッと明かりが灯り、店内がはっきりと見えた。




 八畳ほどの部屋の中には、いくつものアンティークらしきものがそこここに置かれていた。

 壁一面に並べられた棚からは古本と薬草の匂いが鼻をくすぐり、中央の円卓には椅子が二つ寄せられている。

 入り口近くの大きな木彫の柱時計の長針と短針は互いに逆の向きに進み、よく見ると目盛りはなく、一体何を指しているのか分からない。


 まじまじと時計を見つめる私の横で、親分が奥の苔色の扉に向かって声をかけた。


「ギーナ、俺だ」


 カチコチと時計が進む音だけが響く。


 しばらくそのまま黙っていたが、痺れを切らした親分が再び口を開いた。


「おい、ギーナ!いないのか?」





 そのおよそ30秒後、蝶番が軋む音と同時に正面の戸がゆっくりと開いた。

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