第2章 港町マニセリル
第13話 フードの内側で①
薄っすらと草が剥げただけの道を、五人の影が西へと進む。
斜めにかけた鞄代わりの麻袋は重さを増し、反対側の肩に陣取るミヤさえも恨めしい。
頭上で揺れる木漏れ日を感じながら、小屋を出た時にはまだ低い位置にあった太陽を思った。
「ハル、そろそろ頭隠せ」
前を歩く親分が振り返る。
私が頷きフードを被ったちょうどその時、先頭を行くゲレが声を張った。
「見えたぞ」
森がひらけると同時に、視界に飛び込む青空と水平線を挟む大海を背に広がっていたのは、等間隔に並ぶ塔と石造りの壁に囲まれた、大きな街だった。
平野を横切るいくつもの道は街の入り口となる南北の巨大な門を収束点にして伸び、その上を色とりどりの馬車が走っている。
西側の海に面した側には港があり、集まる船の数は数え切れないほどだ。
小さな漁船から大きな貿易船まで、様々な色の帆を張った船が入ったり出たりしているのが見える。
肩からマントの外を覗くミヤが「魚の匂いがする」と興奮気味に囁く横で、私は崖下の城のような街を見下ろした。
「南の門から入る。ついてこい」
親分の言葉に従って、私たちは崖を回る道へと進んだ。
親分が『南の門』と呼んだ入り口に辿り着くと、長槍を持ったガタイのいい男が二人、鎧を身につけて門番をしていた。
数分おきに訪れる荷馬車や人間を確認し、順番に通している。
「行くぞ」と歩みを進める親分の後を追って私たちが検問を抜けようとすると、片方の門番に止められた。
「いつもここを通る狩人だが」
「念のためです。身分証、または通行証の提示を」
親分は肩を竦めて腰の袋をまさぐると、薄い金属の板を見せた。
「これで文句ねぇだろ」
「ありがとうございます。ところで、そちらは?」
門番が二本の指で指したのは、私だった。
心臓が大きく音を立て、私はゴクリと生唾を飲み込む。
絶対に、バレてはいけない。
深く被ったフードのお陰で髪も目も隠せてはいるけれど、少しでも変な動きをすれば怪しまれてしまう。
私は言われた通り何も言わず、下を向き続けた。
「悪いな、ハル。奴隷ってことにしてしまって」
人混みの中を歩きながら、ゲレが言った。
「全然大丈夫。むしろごめんね、嘘なんてつかせちゃって」
フードが落ちないように気をつけながら、私はゲレを見上げて微笑んだ。
この世界にはどうやら、奴隷制度があるらしい。
首に枷をつけ、男の場合は髪を剃って労働力として使役し、女の場合は髪を切らずに愛玩用として飼うのだという。
「今、ハルには身分がない。だからもし誰か悪い奴に捕まったら、簡単に奴隷にされちゃうと思う。黒髪を持つ美少女は需要も高いだろうし、売り飛ばされる可能性だってある。絶対にバレないように、気をつけてね」
山小屋を出る時に散々トーガに釘を刺され、私は親分たちと相談して、何かあった時は彼らの奴隷ということにしようと決めた。
奴隷は持ち主の身元が明瞭であれば、いちいち確認されることもないのだという。
一応髪自体の色を変えるのはどうかと提案してはみたが、法律で禁止されているらしく却下されてしまった。
布を巻くにも髪が長すぎるので、鼻先までフードをずり下ろして対策を講じるしかないのが現状である。
隣でシュカが私を伺う。
「ミヤは大丈夫? ちゃんといる?」
「うん、今は袋の上にいるよ。一応左手で支えてるから、多分平気」
「……前見て歩け。転ぶぞ」
後ろから愛想のないルノイの声がかかり、私たちは再び人の群れに目をやった。
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