第37話 頑固者セシャナ
四角いピザのような『カッファ』と魚を煮込んだマニセリルの郷土料理『ジゼット』を平らげると、親分は「じゃあ自分はこの辺で」と告げてそそくさと帰っていった。
食べるだけ食べて消えた親分に半ば呆れながら、若い侍女2人の丁重な案内に応じて客間にたどり着く。
とりあえずそれぞれの部屋でお互いに一息つこうということで、私たちは侍女が開けてくれた二つのドアの向こうに足を踏み入れた。
私が通されたそこは、正面に大きな格子窓のある洒落た部屋だった。
ユドの屋敷の客間より若干狭いが、ベッドは二人用と勘違いしそうなほど広く、ソファーのようなクッション付きの椅子も付いている。
うちのソファーよりぶ厚めなのが主流なのだろうか、中央機関で座ったソファー同様見た感じ中の綿の量が尋常じゃない。
物理的に考えればパンパンに硬くなっていそうなのに、これで座り心地がいいんだから不思議だ。
振り返った先で「何かお困りごとなどございましたら、
音を立てずに片開きの扉を閉めるとパッとこちらに向き直り、品の良い微笑みを寄越した。
「ハル様の身の回りのお世話をさせていただくこととなりました、セシャナと申します。何なりとお申しつけくださいませ」
セシャナは淑やかに丁寧な挨拶を述べ、両手を腹の前で重ねて辞儀をした。
頭の下の方で一つに束ねられた薄紫の髪が肩から溢れ、灰色と白を基調とする侍女の制服に色を添えている。
垂れ気味の目と
ぱっと見では少し年上くらいだろうか。
美人というより可愛い部類に入る人だなと直感的に感じる。
多分こういう人はボルボやジャルガの範囲外なんだろう。
充分可愛いけど。
……この人が範囲外なのに私がストライクゾーンってどうなの?
「ハルと言います。ご迷惑をおかけするとは思いますが、どうぞよろしくお願いします」
「そのようなお言葉、恐縮でございますわ。どうぞ楽になさって下さいませ」
「ありがとうございます……あ、あのすみません」
「何でございましょう、ハル様」
ハル様って。
猫が恩返しに来る某アニメ映画を思い出して苦笑する。
「『様』はいいです、ただの平民なので……」
「いえ、ハル様は旦那様がお招きになられたお客様でございますので、私共より立場は上になります。故に、敬称は『様』であるのが妥当かと存じます」
「いやでも私、『ハル様』って柄じゃなくて」
「ですが是非、そう呼ばせていただきたいのです。丁重にもてなせ、との旦那様からのお言葉に背く訳に参りません」
意固地でも譲らない彼女に対する評価をおっとりから頑固に差し替え、数分間に渡る議論の末に折れたのは私だった。
「……それでハル様、何かご入用ですか」
「あ、ええと、荷物をユドさ……昨日の夜泊まらせてもらった部屋に置いてきてしまって」
気を取り直して乾いた口から言葉を紡ぐ。
元おっとりメイドは口角を上げたまま小首を傾げた。
「何か大切なものが入っているのですか?」
「いえ、寝巻きと替えの服が入っているくらいなので、急ぎで必要な訳ではないんです」
「なるほど」
セシャナは勝手に何かに納得すると満面の笑みを浮かべて言った。
「では、新しい服をいくつかご用意いたしますので、その中から気に入ったものをお選び下さい」
「え、わざわざ新品じゃなくて大丈夫ですよ」
「お気になさらず。旦那様も快く了承してくださいましょう」
「そういうことでは……あ、セシャナさんたちの着ているような服が余っていたら、それを貸してもらえませんか」
「申し訳ありませんが、それはできかねます。いくらハル様のお望みとはいえ、お客様に使用人と同じ服を着ていただく訳には参りませんわ。せめてこちらでそれなりのものをご用意させて下さいませ」
まあ客人にお仕着せ貸す貴族ってのも外聞悪いしな。
しょうがない、一着だけ貸してもらって明日にでも取りに行こう。
もしかしたら親分が持ってきてくれるかもしれないし。
「分かりました……でもわざわざ買ってもらう理由もないですし、既にあるものであまり着ないものがあるならそれでお願いします。一着で結構なので、お借りしてもいいですか?」
「そうですね……お嬢様がお気に召されずにそのままの服がございますが、そちらでよろしゅうございますか?」
お嬢様、というとジャルガの妹か。
引き籠ってるっていう。
「ええ、お嬢様がいいと言って下さるなら……」
「先日処分せよと仰せでしたので、恐らく問題ないかとは思いますが、念のためお嬢様に確認して参ります。何着か見繕ってお伺いを立てますので、しばらくお待ち下さい」
「え、あ、今ですか!?」
「ええ、すぐに戻って参りますわ。少しの間ですが、ごゆっくりなされませ。ご自身ではお気づきになられないかもしれませんが、慣れない環境にお疲れでございましょうから」
嫋やかにお辞儀するとセシャナは踵を返して扉の向こうに消えていった。
なるほど、私の精神的疲労を気遣って一人にしてくれた訳か。
まあありがたいけど。
ちなみにこの城の中ではフードを取っている。
ボルボが使用人全員に箝口令を敷いてくれたらしく、ずっと隠していなければならないことのストレスがすごかったから正直助かった。
そろそろ首がもげそうだったし。
でも相手は商魂逞しい権力者だ、あまり楽観的に捉えるのは良くないだろう。
このVIP待遇の意味も分からない訳で、何かに利用できると思われている可能性が高い。
そこまで思考を巡らせてから、ただの親切と考えられない辺りよっぽど捻くれてるんだなと私は思わず苦笑した。
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