第57話 集合の号令

 マニセリル中央機関の最上層。

 大きなガラス窓のあるその部屋に、何の前触れもなくドアが開かれる盛大な音が響いたのは、そろそろ日も沈もうかという頃だった。


 青髪の男は訪問客のその小柄なシルエットを見るや否や、血相を変えて肩で息をする様子にぎょっとして声をかける。


「トーガじゃないか。何かあったのかい?」


 どうやら魔力強化して走ってきたようだ。

 焦燥に駆られる彼の姿はかなり稀だった。


 トーガは風で逆立った萌黄色の前髪を気にすることも忘れて、端的に告げた。


「ハルが……いなくなりました」

「どういうことだ……!?」


 混乱するトーガをいち早く問いただすのは、部屋にいた親分。

 驚きのあまり勢いよく立ち上がる。


 トーガはユドに差し出された器から水を一口含み、自分を落ち着かせるように飲み下してから再度口を開いた。


「風がやけに静かで、胸騒ぎがしたからギーナの店に行ったんです。そしたらどこを探しても誰もいなくて……風を呼んで三人の居場所を聞こうと思ったんですが、ルノイとギーナの居場所しかわからなくて。どうも二人の外出中にハルがいなくなったみたいで、行先にも当てがないって言うし……念のためマニセリル中をくまなく探したんですけど……」


 そう言って力なく肩を落とすトーガ。

 その顔には疲れが滲んでいる。

 街中を探したなら無理もないだろう。


「今ルノイ達もこっちに向かってます」

「そうか……いやしかし、お前でも見つけられねぇとなると……」


 親分は言葉を濁らせた。


 彼の能力をもってしても、晴は見つからなかった。

 ということは、もう街にいない可能性が高い。


「恐らく……彼女は何者かに連れ去られたのだろう」


 親分の隣で、ユドが神妙な面持ちで俯く。


「そうとしか考えられまい。彼女は魔法を使えないのだろう? なら街の外まで出ることも、姿を消すこともできないはずだ。そもそもこんなことをする理由がない」

「だとしたら、問題は犯人だが……」


 三人は顔を見合わせた。


「……まさか」

「このタイミングだ、ほぼほぼ間違いねぇだろう」


 最悪の事態を想像したトーガの言葉にならない問いかけに、親分も苦虫をつぶしたような表情を浮かべて肯定する。


「しくったな……一旦小屋に帰しとけばよかった」

「とりあえず、二人がきてからどうするか話しましょう」

「じゃあ私は紅茶を淹れよう。一度冷静になって、きちんと考えられた方がいいからね」


 後悔する親分に声をかけるトーガと、温厚に頷くユド。


 窓の外の空はその大部分が既に藍色へと塗り替わっている。


「辺境伯には私から伝えよう。いいね?」

「ああ、頼む。ついでにゲレ達も呼ぶか」

「……全員かい?」

「人手は多い方がいいだろ」


 切り替えの早さにため息が落ちる。

 まあそれがこの男のいいところなのだが、とユドは苦々しげに笑った。


 一方トーガは怪訝そうに眉をひそめる。


「シュカもですか? 危ないと思うんですけど」

「あー、そうだったな…………なんとかなんだろ。ゼンに見張っててもらえば」

「まあ一人でほっといたら勝手に助けに行きそうですからね……。でもあんまりあいつに無茶振りしないでやってくださいよ、可哀想なんで」

「わかってるって」


 本当に分かっているのだろうか。


 トーガは薄目で親分に視線を送るが、彼はそれをスルーしてユドに向き直る。


「小屋に手紙、飛ばしてもらえるか」


 勿論と答える代わりにユドが自分の卓上から取り上げたのは、一片の白い紙。

 親分がそれを受け取りテーブルの上で走り書き始めたところで、扉が開いた。


「遅く、なった……」


 息が上がったままそう言ったのは、ルノイだった。

 後ろでギーナも両膝に手をついている。


「ちょうど紅茶ができたところだ。二人もよかったら」


 窓際のティーセットに体を向けていたユドが振り返って言った。

 書き終えたメモ書きを旧友から受け取ると、彼はそれを水差しの中に入れ、指先で魔力を込めた。

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