第5章 塔の上の少女
第44話 開かずの扉
長い長い螺旋階段を上りきったそこは、光の少ない空間だった。
風を感じて見上げると窓は高いところに三つしかなく、壁に剥き出しの石は無機質な冷たさを醸している。
近くの床に描かれた魔法陣に目をやると、「お嬢様のお食事を運ぶためのリフトでございます」とセシャナが横から解説を入れてくれた。
「え、これに乗ればよかったんじゃ……」
「何を仰います。生物用に改造された魔法陣なんて、そんなものがあるなら取り入れない訳がないではございませんか」
要は人は運べないってことか。
……使い勝手悪っ。
「っと、ここが妹さんのお部屋なんだよね?」
「はい、そうでございます。先に私がお声がけいたしますね」
セシャナは「失礼致します」と私の前を横切り、扉の前まで行くと下げていたトーンを少しだけ上げて中に向かって話しかけた。
「お嬢様、セシャナでございます。本日お
「……………………ええ」
ボソッという呟きが聞こえ、そこに人がいることを示す。
セシャナは苦く笑うと私に立ち位置を譲った。
この辺りにノックの習慣はない。
むしろ扉を人の心と重ねて考える人々にとって、戸を叩くという行為はかなり乱暴というか失礼に値するのだそうだ。
今回もノックをしないように細心の注意を払いながら、私は極力明るく、優しげな声で語りかけた。
「お嬢様、初めまして。お邪魔しております、ハル・ソエジマと申します」
「……………………そう」
「不躾ではございますが、お母様であらせられるネスカ様のご病気について、お話をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「………………」
「あのーー…………」
「………………」
返事はなかった。
妹さんは最も夫人と仲が良かったらしいので、できれば詳しく話を聞きたいところだ。
一緒にいる時間が長ければ長いほど何か知っている確率も高い。
とはいえいきなり来て話してもらえると思えるほど私は楽観的ではない。
改めてまた来る旨を伝え、とりあえずその場を去った。
「やはり厳しいでしょうか、お嬢様にお話をお聞きするのは……」
「そうだね……まあ根気強くいくよ」
「私がハル様に代わってお伺いするというのはいかがでしょう?」
「いやいいよ、情報が欲しいのは私だから。母親のことについて知らない人に調べられるのは嫌かもしれないし、何も得られなくてもちゃんと話しておいた方がいいに決まってるもの」
今日は挨拶だけ。
しばらく通って、少しでもアクションがあるようならまた踏み込んだ話をする。
誰だって心の内側に土足で踏み入られていい気はしないだろう。
「……ねぇセシャナ」
「なんでございますか?」
「夫人のいる塔の構造ととこの塔の構造って何か違うの?」
螺旋階段をゆっくり下りながら、後に続くセシャナに疑問を投げかける。
なぜそんなことが気になったかというと、この塔とあの塔の外見は瓜二つなのに内側の綺麗さというか整えられてる感じが全然違うのだ。
あちらの塔はもうちょっと広く感じたし、窓も大きかった気がする。
こちらの塔はなんていうか、まるで牢屋だ。
実際に見たことはないけど。
「構造自体は変わりないはずですが……こちらの塔は元々牢として使われておりましたので」
ガチで牢屋だった。まじか。
危うく階段を踏み外しそうになる。
「え、そんなところにお嬢様が住んで大丈夫なの!?」
「ええ、何しろ昔の話ですから。現在では牢に繋がれる囚人もいないため、まだ年少であらせられる頃にお嬢様はここでよく遊んでいらしたそうです」
「秘密基地みたいな感じだもんね。部屋の中も牢屋みたいなままなの?」
「いいえ。貴人法によって貴族は邸内に牢屋を持つことを禁じられておりますので、その機能は全て失われているかと」
この国には身分によってバラバラの法律がある。
貴族は貴人法、平民は平民法、奴隷は奴隷法。
貴人法は主に貴族の地位や昇格降格についてのあれこれ、国で行われる正式な行事が云々云々……簡単に言うと禁中並公家諸法度のようなものだ。
一応立憲君主制なので全国民を縛る国法なるものもあるが、まだ詳しく覚えられていないので今はひとまず放置。
セシャナが言った『牢屋を持ってはいけない』というのはこの貴人法に当てはまる訳だ。
貴族が独断で誰かを牢屋に監禁するのを避けるためらしい。
代わりに治安維持を任せられているのがそれぞれの街に置かれる『中央機関』だ。
平民に関連する業務は基本的に全て中央機関がこなしている。
なので貴族(この場合は特に領主)は他領との交易や土地開発、国とのやりとりなどを行う。
ちなみに中央機関に従事するのは兵士、貴族や国に従事するのは騎士と区別されている。
兵士は平民でもなれるが、騎士はある程度の家柄を持っているか裕福でないとなれないらしい。
「……なるほど、じゃあ安全安心ね」
ようやく辿り着いた三階の床につま先を乗せ、口頭だけ納得を示した。
法律のことはまだ付け焼き刃だ。
きちんと把握できている訳ではない。
私は足を止めて肩越しに長い螺旋階段を見上げると、踵を返して再び歩き出した。
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