第43話 螺旋階段

「失礼しました」


 深く頭を下げて扉を閉め、書斎を後にする。


 進み始めた足取りは慣れない格好で上へ下へと歩き回ったせいかなんとなく重い。

 気を紛らわせようと、私は努めて明るく切り出した。


「あと三人だね! 侍女長は忙しいだろうから後回しにするとして、ジャルガ様はどこにいるか分からないんだっけ?」

「ええ、ジャルガ様は優秀ですので本日のお仕事は既に午前のうちに終わらせておいででございます。それ故午後はお好きなように過ごされており、本邸のどこかにはいらっしゃるとは思いますが詳しくは……」


 優秀なのかあのナルシ。

 本格的に高飛車な部分さえ直せばそこそこの優良物件なんじゃなかろうか。


「それなら先に妹さんにお話を聞こう。……というか聞けるかな」

「お嬢様付きの侍女が話しかけると返事はして下さいます。ですが元々人見知りなさる方でしたので、ハル様のお言葉にもお答えになるかは……」

「なるほど、人見知りかーー……」


 項垂れながら廊下を進み、角を曲がって螺旋階段のある三階に向かう。


 この屋敷の作りがまたおかしな具合で、八階の高さにまでそびえる二棟の塔に行くための螺旋階段は重ねた箱の最上階の四階ではなくその一つ下の三階にしかついていないのだ。

 なので私たちが泊まらせてもらっている部屋は三階にあるのだが、三階以上は廊下がぐっちゃぐちゃなおかげで一人でいたら確実に迷う。


 ……そういえばシュカ今何やってんだろ。


「シュカ様でしたら、もうお一方がいらっしゃったのでお迎えに行かれましたよ。今頃は遅めの昼餐をなさっておいでかと」

「もうお一方? それってゲレって名前の人?」


 ルノイは来なそうだしな。


 にしてももう戻って来たのか。

 ……ちょっと早すぎない?


「いえ、お名前は確かトーガ様と仰っておいででした」

「……え、トーガってトーガ!? なんで!?」


 黒絨毯の階段を上りながら、思わず叫んでしまった。

 勿論ボリュームは抑えている。


「あの、ハル様?」


 何故トーガ。

 山小屋で繕い物をするファッションセンスは高いが背は低い青年……というより少年に近い見た目の彼を思い浮かべ、私の脳は疑問で溢れかえっていた。


 容量キャパが危ないのでひとまずその話は置いといて。


「……とりあえずトーガのところには後で顔出しに行こう。それより妹さんだよ。問題は会話してくれるかどうかだけど……まあなんとかなるでしょう」


「いいのかそれで」という本音はおくびにも出さずにセシャナは業務用の笑顔を貼り付けた。

 しかし私は日本人、察しのプロには簡単に見て取れた。

 勿論見なかったふりでやり過ごす。


 過度な楽観視はよくないってことくらい分かってるからね。

 彼女の前で妹さんの率直な評価なんてできるか。

 いつ誰にチクられるか分かったもんじゃないんだぞ。

 ワンチャン不敬罪で牢屋ブタ箱行きだ。



 この国の法律はざっくりだがシュカに叩き込まれた。

 基本的にはあまり変わらないが、大きく違うのは『不敬罪、姦通罪、大逆罪がある』『犯罪に魔法を使用した場合は本来の刑に追加して"魔封じ"がなされる』『呪詛罪なるものがある』などなど。

 詳しくは知らないが倫理に従って生きていれば問題はないと見た。

 それ以前にその倫理が元の世界と若干違う……という話はまたの機会でいいだろう。


 とにかく、お貴族様に向かって変なことは言えないという訳だ。

 当然彼らに仕える使用人の方々にも迂闊な発言は避けるべきである。


 ……不敬罪ってお貴族様相手じゃなきゃ適用されなかった気がしてきた。

 まあ警戒するに越したことはないか。



 一人で勝手に刑法の復習をしていると、「ハル様?」とセシャナが心配そうに私に声をかけた。


「あ、ごめん。この先の突き当たりを……左?」

「はい、手前にある螺旋階段がお嬢様のお部屋に繋がる唯一の道でございます」


 何を模したものか不明な石像を左に曲がると、夫人の部屋までの階段を逆回りにしたような螺旋のステップが現れる。

 私はセシャナにチラッと視線を送り、彼女が頷くのを確認してから一歩目をそこに踏み出した。

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