XIII “血は血を求め、新たな血をいざなう”

【“テッサ”――デ・ダナンⅡ船内、自身の私室】


「!?!!つッ」


 まるで耳の奥で大聖堂のベルが鳴っているかのよう。キーンと嫌な耳鳴りが止まりません。


「正気に戻ったか?」


「む、むしろあなたの正気を問い質したいところですよノルさん・・・・・・」


「そのこまっしゃくれた言い回し、間違いなくテッサだな」


「ひ、人の耳元でハンドガンを撃ちますか普通・・・・・・」


 とんだショック療法。ですが、効果はてきめんでした。


 アンサーの幻影は影も形もなくなり、耳鳴りと引き換えにあの頭痛もやっと治まりました。あともう一歩のところで押し切れてなかった“共振”のせめぎ合いに、どうやら勝利できたみたい。でもクタクタでした。


 椅子めがけてへたり込むわたしへ、夕食用だろうコップ1杯のお水をノルが手渡してくれる。それをありがたく飲み干します。


「今のはなんだ?」


 口元を拭うわたしに、ノルさんが当然の疑問を口にしました。


「もしかして二重人格とか、そういうのなのか?」


 事情が分からなければ、そうとしか写らないでしょう。ノルさん視点では、わたしに第三者が乗り移ったようなものなんですから。


「・・・・・・16歳で傭兵部隊を率いて、そのうえ潜水艦の艦長だったんだろう? ならこっちは、ガキの頃からCIAに洗脳実験されてきた女装癖のシカリオなんだ。

 今さら新しい事情のひとつふたつ出てきたところで、その、俺は気にしないぞ?」


 自分をさらけ出すことが不得意で、いつも他人と距離をとっているノルさんなりの不器用な慰めでした。


 もう引き返せないところまで、お互いの人生に首を突っ込んでしまっている。それは明らかでしょう。ですがつい先刻までとは、わたしたちの関係の構図は、激変してしまった。


 メサイア救世主・コンプレックス? なんと呼ばれようと、その結果としてこの船の子どもたちが助かるのであれば、それでいい・・・・・・とんだ自惚れだわ。諸悪の根源はすべてわたしだったのに。


 この船で起きたあらゆる悲劇が、わたしに由来している。


 今ここでノルさんにすべてを明かせば、彼なりの言葉でわたしのせいじゃないと、そう言ってくれるでしょう。そうかもしれません。


 これもまたウィスパードをめぐる騒乱のひとつ。この呪われた才能を利用しようとする方が悪いのです。でも・・・・・・たとえそれが正論であったとしても、そう単純に納得できるはずもない。


 たまらない罪悪感に襲われて、彼の顔をまともに見ることができない。


「テッサ?」


 ごめんなさいと喉元まで言いかけて、目のはしに映った金色の鱗粉に全ての思考を奪われてしまう。だってデ・ダナンIIの船壁をすり抜けて、ノルさんの背後から鋼鉄の巨腕が迫りつつあったのですから。


「ノルさん!!」


 銀行の監視カメラが捉えていたあの映像が今、わたしの眼前で現実のものとなっていく。


 警告を聞きつけてすばやく背後を振り返ったノルさんでしたが・・・・・・百戦錬磨の彼をしても、こんな光景は理解不能だったに違いない。あまりの事態に硬直してしまっていた。


 本当にすべてを透過しています。わたしの私室から廊下を越えて、この部屋へと。荒波に耐えるため頑丈に作られている船の骨組みすらも、安々とすり抜けている。


 鋼鉄の巨腕。人の似姿はしていても、流線型の装甲材で膨れ上がったその手は、明らかにASのものでした。そんな巨腕の影の下に、あの鳥籠の少女が立っていました。


 この場で驚愕していないのは、あの子だけ。わたしの私室の入り口から、一心にこちらを見つめている。心を閉ざした無機的なイメージはとっくに消え去って、その顔からは鬼気迫るものを感じました。


 あの鳥籠に擬態したヘッドギアを少女はかぶり、右手をまっすぐに伸ばしている。その手のひらがおもむろに開かれると――機体のマニピュレーターがそっくりそのまま、少女の動きを模倣トレースしていく。


 わたしとメリッサの推測は、どちらも正解だったのでしょう。高度なステルス性を保ちつつ、と同時に水密性も確保するため謎のASのマニピュレーターは、籠手のような前腕の中に格納されていました。


 それが少女の動きに合わせて飛び出してきました。M9のマニピュレーターは、電磁収縮筋・・・・・・すなわちAS版の人工筋肉で構成されています。人型であることにこだわり、導電性形状記憶高分子によってさわり心地すら人の手のひらのように柔らかい。ですがこの機体のマニピュレーターときたら、不気味でした。


 電磁収縮筋は当然、使用されているのでしょう。でなければ、ああも細かい動作はできません。ですが監視カメラの荒い映像では分からなかったディテールを、わたしたちは否が応でも見せつけられていました。


 触手とも、ワイヤーの束にも見えるものが籠手のような前腕から飛び出し、互いに絡み合って人の手のかたちへと変質していく。


 作業はほんの一瞬で終わりました。形成されたマニピュレーターにはすでに五指が生えており、もう人のそれと見分けがつきません。鳥籠の少女がほんの少しだけ指を曲げると、マニピュレーターもまた鋭敏に反応して、細かく指を折り曲げていく。


 ASは、搭乗者の動きをトレースして操作する、セミ・マスター・スレイヴ方式という操縦方式を採用しています。ですがコクピットのサイズ上の制約から、ほんとうの意味で操縦者の動きをすべて反映しているわけじゃありません。


 パイロットの動きを増幅して、機体へとうまい具合に反映するバイラテラル角BMSAですとか、脚部のこまかな動作はオートバランサーで自動化するなど、設計者たちはあの手この手と頭をひねり、ASの操縦システムの完成度を高めていきました。


 ですが開発当初は、もっとシンプルな方法が試されていました。素直に人の動きをモーションキャプチャーすればいい。


 でも機体をジャンプさせるために操縦者も飛び跳ねるの? ですとか。狭いコクピットでは出来ることなんて限られている、ですかと。諸々の技術的な制約から、前述のセミ・マスター・スレイヴ方式の完成へと至っていった。


 そんな開発の過渡期において試された手法のひとつに、神経接続を介した機体の遠隔操縦なんて、一見すればSFじみた構想もあったそうなのです。


 もちろん実現はしなかったのですが・・・・・・今の状況を見てなお、そんな超技術ありえないなどとは、口が裂けても言えないでしょう。


 あの鳥籠に擬態していたヘッドギアの正体は、思考するだけでASを操れるブレイン・マシン・インタフェースなんだわ。


 このままでは、あのマニピュレーターに捕まってしまう。わたしとノルさん、2人を包み込むようにASの手のひらが広がっていきます。でも、少女の狙いはわたしではありませんでした。


 指先で摘むように、ASの指先が正確にノルさんの頭へ被せられていく。あの透過機能が働いているからこそノルさんはまだ無事でしたが、もし今あの機能がひとたび切られたら――銀行の壁すら安々と押しのけてみせたのです。人の頭なんて、簡単に破裂してしまう。


 咄嗟に自分のハンドガンを抜いたノルさんでしたが、自分の身体をすり抜けていく巨腕に、どうしたらいいのか分からないみたい。

 

 理解するだけでも手一杯。そんな彼に、ASと少女の関連性なんて読み解けない。だからわたし叫びました。


「ノルさん!! あの子の頭からヘッドギアを奪い取ってッ!!」


 ハッと、ノルさんが少女に視線を向ける。


 まさに即断即決。わたしなら躊躇してしまうところをノルさんは、透過状態のASの巨腕を真正面から走り抜けて、少女へと風のように迫っていく。


 思いがけない事態に少女は歯噛みして、腕を振ってASにどうにかさせようと試みたようですが・・・・・・ノルさんの運動能力はよく知られているように、人間離れしている。


 文字どおりに大人と子どもの体格差。そのうえノルさんは高度な戦闘訓練も積んでいるのです。少女はなすすべなく、あっさりヘッドギアを奪われてしまう。ですがその抵抗は、とてつもなく激しいものでした。


「暴れるな!!」


 ヘッドギアを奪われまいと、左手でノルさんが頭上に掲げられる。そのせいで拘束が甘くなっていました。ノルさんに抱きかかえられながら両手足をバタつかせ、噛みつき、引っかき、とにかく暴れる。


 ノルさんの褐色の肌はもう傷だらけでした。でもお陰で、ASの動きは完全に止まりました。


「あれもこれもそれも、何もかもが訳がわからない・・・・・・何が起きてるんだ!!」


 ノルさんの叫びももっとも。わたしだって、真実の一端をついさっき知ったばかりに過ぎません。なんなら一緒に叫びたい気分。でもわたしまで冷静さを失えば、にっちもさっちもいかなくなる。


 臆病かもしれませんが、ノルさんのように堂々とASの腕を突き抜ける気分にならず、身をかがめてまだ鱗粉を放っている巨腕を避けながら、ノルさんのもとに合流しました。


「あとで必ず説明しますから。今はとりあえず、事態に対処しましょうよ」


「さっきまで二重人格だった癖に」


「あれは・・・・・・別に二重人格というわけでは」


「この娘もそうだ。借りてきた猫みたいに大人しくしてたかと思えば、今は狂犬病にかかった犬より激しく暴れてる。それに、でっかい腕が船を貫いてるんだぞ!!」


「分かってますって!!」


 わたしだって、いついかなる時も平静でいられるはずが無いんです。あまりの急展開にちょっと混乱してました。


 とにかくASは止まりましたし、操縦者である鳥籠の少女は拘束できた。ですが、どちらもこのままにしておけない。


 それにしても狂犬病とは、言い得て妙です。歯を剥き出しにして唸りながら、少女は自分を拘束しているノルさんを一心に睨みつけている。その表情からは、深い憎しみが感じられました――どうしてそこまで?


 彼女が何者なのか、どうせ聞いても素直には答えてはくれないでしょうし・・・・・・でしたらASの方がまだ対処がしやすい。かもしれません。


 わたしは、ノルさんからヘッドギアを奪うように受け取り、がむしゃらに暴れつづける少女に背を向けて、機器の観察をはじめました。


 起動状態になっているヘッドギアの両端から、細かなレーザー光が発せられてました。いきなり被ってみるなんて無茶はしません。未知の技術なのです。一歩一歩、慎重に確かめないと。


 両手が使えるようになったことで、ノルさんは関節技の要領で少女を拘束。もう少女は暴れることすらできなくなる。だからこそ、わたしに話しかけてきたのでしょう。


「なんだそれ?」


「非侵襲式BMIです。脳機能イメージングで操縦者の思考を読み取り、そのデータを機体と同期させることで遠隔操縦してるんでしょう・・・・・・たぶん」


「そこまで専門用語を並べ立てておいて、たぶんってなんだッ!!」


「だってこんなの初めて見るんですよッ?! ASの開発初期、操作方法を手探りで研究していた時代には、このような操縦デバイスが考案されたことがありましたけど・・・・・・」


「なら、ズバリそれなんじゃないのか?」


「開発が順当に上手くいってたら、ASはみんな遠隔操縦になってましたよノルさん。人間を乗せるのって、あらゆる意味でリスクでしかないんですから。

 デバイス事態が構想段階で止まったという点を差し引いても、他にも技術的な難題が山積みです。操縦者と機体とが、常に高いレイテンシを確保しながら接続しないと思った通りに動かせませんし、電波干渉を受けたら容易に操縦不能に陥って・・・・・・そうだわ、オムニ・スフィアね」


 TAROSの設計図を求めているということは、9姉妹ナイン・シスターズはラムダ・ドライバなどのオムニ・スフィア関連技術はのでしょう。


 ですが彼女たちには、わたしの父から奪い去った設計図の半分がある。


「あれはそもそも、時間や物理、あらゆる制約を受けない、いわば精神世界であるオムニ・スフィアにアクセスするための通信機として開発されました。

 彼女たちが手に入れたのは、TAROSの設計図の半分。現実を改変するレベルまでには達していなくとも、オムニ・スフィアを介した送受信装置の作成には成功したのかもしれません。それなら・・・・・・電波干渉どころか、世界のどこに居ようとも関係ないわ」


 “共振”には本来、有効範囲があります。それはなんなら個々人の知覚力と言い換えても構わないでしょうが・・・・・・もろもろのナンセンスはひとまず置いといて、同じ顔をしたウィスパードが9人いると仮定しましょう。


 その上でアンサーが主張したとおりに、互いの人格を“共振”で混ぜ合わせることによって9つの肉体がひとつの統一された意思のもと、各々が潜入した組織を有機的に操っているとする。


 でも、先ほど述べたとおりに“共振”には、有効範囲がある。いちいち飛行機で集まって集会を開いては、人格を統合させるなんて・・・・・・面倒以前に自分たちの存在が露見しかねない行動です。だってスパイが逮捕されるのはたいてい、外部と接触した時なのですから。


 でも、


「通信機があれば話は別です。どこに居ようともリアルタイムに記憶を共有できたのなら、彼女の主張は、まんざら嘘というわけではなくなるでしょう。もしかしたらその技術をASに転用したのかもしれません。

 といってもこれはぜんぶ推測。まだ可能性の話ですけど」


「可能性の話か」


「はい、可能性の話です」


「そうか」


「ええ」


「・・・・・・ところでこの腕だが、どうしたらいい?」


「そっちの方はもうさっぱり」


「役立たず!!」


 考えすぎて逆にダメになっている。そんな自覚がちょびっとありましたから、ノルさんの言い分にまるで反論できませんでした。


「あっ、ちょっと!!」


 ヘッドギアがわたしの手から、ふたたびノルさんの元へ渡る。それからノータイムでヘッドギアを被っていく彼。


「どんなメカニズムで動いてるかまるで分からないのに!!」 


「だったらさっきの演説はなんだったんだッ!? したり顔で説明してたぞ!! したり顔で!!」


「まず推論を立てて、それから検証するつもりだったんです!!」


「具体的にはどうやって?」


「・・・・・・で、ですからこれから考えるつもりでして」


 不機嫌な唸り声をあげながら、ノルさんが被ったヘットギアの位置を微調整。噛みついてくる鳥籠の少女を抱えながら片手ででしたから、それなりに苦戦していた。それでもベストな位置はすぐ見つかったみたい。


 ノルさんテンポには、いつもながらペースが狂う。ですがそんな態度のお陰で、否が応でも気分転換させられてるのも事実。重すぎる問題からしばし目を逸らして、目の前の状況だけに集中できる・・・・・・。


 もう十分にハイテク機器だと分かってましたけど、このヘッドギアときたら、少女の頭のサイズから一転、今度はノルさんに合わせて、全自動で伸縮しながらサイズ調整していったのです。


 この少女のために特別にオーダーメイドされた機器、というわけではなさそう。あくまで誰でも扱えるユニバーサル・デザインが志向されているみたい。


「大丈夫ですか? 気分が悪くなったりとかは?」


「うっ、目がチカチカする」


 新たな着用者に合わせて、網膜投影用のレーザー光が眼球の位置を探しているのでしょう。あの両端からのレーザー光は、そうとか考えられません。


 走査が終わり、目の位置がちゃんと確認したら、満を持して映像の投影がはじまったみたい。


「なんか・・・・・・“ぱそこん”の画面みたいのが出てきた」


 ノルさんの目の中で、テレビ画面のようなものが反射してるのがこちらからも確認できました。ASから送られてきた映像に違いない。


「機体の操作インターフェイスですね」


「人類の言葉で話せ」


 どうしようもない機械音痴を介して、見たこともないハイテク機器を分析するのは、骨が折れそうな予感がしました。このレベルで躓くなんて・・・・・・先が思いやられる。


「とにかく見えるものを言ってください」


「外側から見た、デ・ダナンの上部構造物が見える・・・・・・なんか監視カメラの映像みたいだな」


「それはきっと機体からの視点だわ」


 メインカメラの映像がそのまま投影されているみたい。まあ当然の機能でしょう。


「上から見下ろす感じだから、そうかもな・・・・・・それと突きぬけた腕の部分がこう、ハイライトされて。同じように人影も・・・・・・もしかしてあれは、俺たちかな?」


「ワイヤーフレームでの輪郭表示。ECSの不可視モードでも使われているものです。透明化したせいで機体の手元が見えなくなれば、使い勝手が悪くなりますから」


 腕部にセンサーを埋め込んで、周辺の地形や生体データを取り込んでいる。透過技術の運用ノウハウはちゃんと蓄積されているみたい。


「また宇宙語を話してる・・・・・・」


「直接、動かしたりとかは?」


「・・・・・・操縦桿もないのにか?」


「念じてみるとか」


 わたしが大真面目に言っていると気づいたのでしょう。半信半疑ながらも、ノルさんは挑戦してみることに決めたみたい。


 その気になればいつでも触れられる距離にある巨腕を、わたしは見つめました。果たして、このASを意のままに操ることは可能なのでしょうか?


「駄目だな」


 ですが半ば予想されていた通り、ピクリとも動きません。あまりに操作形態が未知すぎてアプローチの方法すら悩んでしまう。どうしたものかしら。


「じゃあ文字情報はどうです? たぶん表示されてると思うんですけど」


「いっぱい出てる」


 情報がひとりでに頭の中に入り込んできて、念ずるだけでASを動かせる。まるで異次元から来たような超技術の塊・・・・・・いえウィスパードの存在を考えれば、あながちこの比喩は否定できませんね。


 ですがラムダ・ドライバがそうであったように、あくまでベースは既存技術の組み合わせ。ノルさんが見てるのは、通常のアーム・スレイヴで使われるHUDヘッド・アップ・ディスプレイとさして違いがないはずでした。だったらわたしの知識もある程度は、通用するはず。


 とはいえ、今のところは空振り続きでしたけど。画面の情報量に圧倒されているらしいノルさんが、わちゃわちゃしはじめました。


「ど、ど、ど、どれから読めば・・・・・・」


「左上から順繰りにとかはどうです?」


 相変わらず、トップクラスのモデルですら裸足で逃げだすフェミニンな美貌の持ち主の癖して、メカ関連となると途端にグスグズになっちゃうんですからこの人は。


「“ねっとわーく”に接続とか出てる」


「ネットワーク?」


「り、“りんく16”がどうたらって表示が」


「まずいわ・・・・・・」


 ノルさんがヘッドセットをずらして、わたしの深刻そうな顔を見つめてきました。


「これってどういう意味なんだ?」


「リンク16は、NATO標準の戦術データリンクのフォーマットです」


「あっ、そ、そうなの・・・・・・」


「問題はその技術よりも、接続状態にあるという事実です。この機体は、僚機と戦術ネットワークで繋がれてるんだわ」


「つまり?」


「つまり――単独行動じゃない可能性が」


 どこか遠くにある作戦司令部とデータ・リンクしているだけかもしれませんが、そうでないとしたら大問題です。危機は去るどころか、むしろ加速度的に悪化しているかのもしれない。


「ノルさん、機体の戦術マップって呼び出せますか」


 友軍機の位置情報が、そこに表示されているはず。


「電話を掛けるのにすらいっぱいいっぱいの相手にだな」


「第3世代のアーム・スレイブは通常、操縦者をサポートするために音声認識で動くAIを搭載しています。ですから・・・・・・」


「ですから?」


「ただ、尋ねてみては?」


 そろそろ専門用語で頭がパンクしてきて、ノルさんが涙目になってきました。こんな事ならわたしが被っておけば、慎重さが仇になった感は否めません。


 それでも気を取り直して、ノルさんがAIに呼びかけました。


「よしAI!!」


 反応なし。


「この駄目AIめ!!」


 これも駄目。


「・・・・・・AI様?」


 そういう問題じゃない気がしました。


「テッサ。そのAIとやらにはもしかして、名前があったりするのか?」


「それが問題ですね・・・・・・操縦者の好みでAIに愛称をつけるのが慣習化してますから」


「もしや、そういうの早く言えってツッコミ待ちだったのか?」


 あながち否定できません。もしかしたらの可能性を潰したかっただけですから。


 自軍のアーム・スレイヴを悪用されぬようセキュリティをかけるべき。この議論って割と昔からあるそうなんですが、戦車に個人用の認証キーが存在しないように、そういったセキュリティは一般的じゃありません。


 基本的にASって組織で運用するものですから、単純に人の目がある以上、盗み出してどうこうは難しいですし、個人認証させたパイロットがたまたま基地に居ないときに襲撃を受けたら、誰も代わりに操縦できないじゃないか? などがその理由。


 ですけど遠隔操縦となれば、やや事情が異なるのかも。現にあっさり操縦桿たるヘッドギアをノルさんに奪われていますし、そもそも運用元が軍じゃなく秘密結社ですしねえ・・・・・・。


「どこかにAIの名前のヒントとかありません? 見当たらないようでしたら、初期設定に使われがちなフォネティックコードで片っ端から呼んでみるとか、他にもいくつか手はありますけど」


「“フェイス・レス”」


 その声は、わたしのものでもノルさんのものでもない、とても幼い声をしていた。ですがそのトーンときたら、ついつい背筋が震えてしまうほど冷たいもので。

 

 わたしたちの目の前ではじめて声を発した少女の目的は、謎のASに向けて、音声コマンドで指令を飛ばすことでした。


「自立モードに移行。周囲の生命体をすべて殲滅して」


 途端、“フェイス・レス”と呼ばれた機体が鳴動しました。機体の各部を軋ませながら操縦者の手を離れて、みずからの意思で動きはじめる無人の機体。


 アーム・スレイヴの自動操縦は、特殊な例をのぞいてほぼ実用化されていません。もっと単純な車の自動運転ですから試験段階なんですから・・・・・・ASの無人操縦を実現できる者が居るとしたら、それは今は亡き兄レナードぐらいのものでしょう。


 ですから謎のASあらためフェイス・レスの動きときたら、いくぶん小柄ながらも本質的にはASと変わりない、兄が生みだしたアラストルの機敏さからはほど遠いものでした。


 ひとりでに巨腕が動き出したかと思えば、


「きゃ!!」


 直後、壁が破裂しました。室内に暴風が吹き荒れ、たまらずその場に尻餅をついてしまう。破裂? いえ正確には、あの銀行に壁を開けたのと同じカラクリでした。


 透過した状態のままでその機能を切ると、相手側の物質を強制的に押しのけてしまう。わたしの私室の壁にはいまや、フェイス・レスの腕の形にそって大穴が穿たれている。穴の縁には、押しつぶされた空き缶のようにぎゅっと、金属だったものが圧縮されていました。


 一応は自動操縦にはなっているみたいですが、その動きときたら、まるで油の差されてないブリキ人形のよう。ギクシャクと、力任せに左右へ腕を揺さぶり、なんとか穴から自分の腕を引き抜こうとしている。


 自分の主人であろう鳥籠の少女すらお構いなしです。


 無様に尻もちをついたわたしに一歩遅れて、ノルさんが鳥籠の少女とともに床へと伏せました。わたしを守るように覆い被さりながら、まだしも安全そうな部屋の隅へとよつん這いで這い進んでいく。


 わたしの私室はまるで嵐に遭ったみたい、あらゆる家具が散乱してました。いわば、工事現場で見るような鉄骨が高速で振り回されている状態なのです。掠るだけで致命傷になりかねない。


 透過状態を維持したまま腕を引き抜けば、といいますか再起動させればそれで済むはずなのに、あまり賢くないAIは力任せという方針を変えようとしません。人間が操っていれば、こうはならないでしょうに・・・・・・。


「大佐殿、ご無事ですかッ!!」


「ヤンさん?!」


 それはまあ、気づくでしょう。


 船に人知れず乗り込んで、上部構造物に取り付くぐらいまでならECSの不可視モードを使えば、十分に可能でしょう。でも今は・・・・・・仁王立ちしたASが大暴れしてるのです。


 ヤンさんの声は、廊下のずっと向こう側から聞こえてきました。


 わたしの私室に空いた大穴だけでなく、廊下の状態もひどいもので、何よりあの腕が暴れている。ヤンさんからすれば、近づきたくとも近づけないのでしょう。


「こっちに来られそうですか!?」


 一応、ノルさんにアイコンタクトして妙案はないか尋ねてみましたが、あるわけ無いと、目を細めて睨み返されてしまう。


「ちょっと無理そうです!!」


 しばし考えるためか間が空いて、


「ああもう、仕方ないな!!」


 ヤンさんが唐突に叫びました。何やら決断を下した様子。


「大佐殿!! とにかく隠れてください!! できれば、爆発に耐えられるところがベストですッ!!」


「「爆発?」」


 伏せながら、わたしとノルさんは異口同音にヤンさんの言葉を繰り返す。多分、わたしたちが脳裏に描いている人物は、どちらも燃えるような赤毛をしているに違いありません。





✳︎





【“ケティ”――デ・ダナンⅡ甲板上】


 ある日、目が覚めると、1匹の巨大な蟲に変身していた・・・・・・そんな書き出しではじまる有名な小説があるそうなんだが、飯食ってたら窓の外にでっけえASが忽然と現れるってのも、その小説と同じぐらいにシュールな状況だろうな。


 つっても、アタシの人生は変わらない。たぶん蟲に変身しようが一緒、火薬の匂いがするところがアタシの住処ってわけだ。


 ここはコンテナ船。だからコンテナだけは、無数にある。そしてコンテナってのは、物を詰めこむために作られた、壁一面にロケットランチャーをたくさん飾れるほどに広い箱なのだ。


 ぜってい、いつかこうなると思ってた。大体だな、ザスカーの野郎がASに乗り込んで襲ってきた時点で、この船の弱点はASだって明らかじゃん。だから備えてたんだ。


 この船に敷き詰められているコンテナのほとんどは、格納庫に秘密施設を作るための単なる覆いだ。だけど上のほうに積まれているコンテナは、どれも無作為に行われる検査対策のために適当な品々が詰め込まれた、ようするに普通のコンテナだった。その幾つをアタシは、隠し武器庫に改装していたんだ。


「あらまあ」


 通信士役として同行してきた宗教狂いのベリンダが、耳に当てた無線機に向けてなにやら頷いていた。唇の動きがいつも大げさだから、ベリンダの言い草は読みやすい。

 

「確かにヤンさん、あのメカ怪獣はわたくしたちの船に手を突っ込んで大暴れしておりますけども、しかし主は仰いました“汝の隣人を愛せ”と。いきなり無闇やたらに攻撃するのは、環境保護の観点からもどうかと思うんですが。それにテッサさんたちが近くにいるのにあのケティねえに攻撃を任せるというのは――」


 おっしゃ発射ッ!! 


 ぐだぐた言ってるベリンダを捨ておいてアタシは、ちゃっちゃと壁から1挺のロケットランチャーを取り外し、コンテナの外に出ると同時に例の、謎の巨大ASに向けてぶっ放していた。


 誰だか知らねえが、ザスカーのM6もどきの成功例に慢心せず、そのM6のゆうは倍はある奴を差し向けてきたのには、正直感心するんだぜ。やっぱデカイのは正義だ。爆発だって大きければ、大きいほど良いもんだ。


 反動っていうよりも、爆圧を肩で感じた。ロケットランチャー界の王様、RPG-7から発射されたロケット弾は、白煙をたなびかせながら謎の巨大ASめがけて吸い込まれていった。


 狙いバッチシ。音は聞こえねえけど、爆発の閃光と全身を駆け抜けていく衝撃波ってやつが、アタシにそう教えてくれた。


 上部構造物に腕つっこんで身動き取れずにいるASなんて、良い的だぜ。なのに・・・・・・どうも手応えがなかった。なんだ? 


 爆炎が収まるとそこには、丸っきり無傷な巨大ASが、あいかわらずその場に突っ立ていた。





✳︎ 





【“テッサ”――デ・ダナンⅡ船内、自身の私室】


「伏せろ!!」


 ノルさんに頭を抑えられ、床へと押しつけられながらわたしは、まだら模様のような破孔が壁に刻まれていくのを目撃しました。


 最初は、ケティさんが放ったに違いないロケットランチャーの破片かもと思ったのですが、目の前に転がってきたコイン型の破片が、そうでないと訴えかけていました。


「アクティブ防護システムだわ!!」


「なに!?」


 わたしが推理した内容は、ノルさんには馴染みのないものだったみたい。周囲の爆音に負けないよう、大声で聞き返されてしまう。


「飛んでくる砲弾をセンサーで感知して、全自動で飛翔体をぶつけて迎撃する防御システムの総称です!!」


 ECSは透明化だけでなく、その性質的に、熱探知や電子的探知をも避けることが可能です。ですから第3世代ASにとってレーダー波を照射して常時、警戒し続けなくてはならないアクティブ防護システムというのは、自らの位置を敵に暴露してしまう諸刃の剣なのでした。


 そもそも当たる前に避けるのが第3世代ASの信条ですし、戦車ならともかくASにこのシステムを搭載した事例をわたしは知りません。ですが規格外の大型機であるフェイス・レスにとっては、その避けるという動作が単純に難しいのかもしれません。


 無人機としての運用も視野に入れてでしょうし、今の状況からしてもまずフレキシブルに敵弾を避けるなんて、無理な相談でしょう。


 だからステルス性能を多少、犠牲にすることを覚悟したうえで、防御力を高める選択をしたのでしょう。ハリネズミよろしくアクティブ防護システムという名の鎧を張り巡らせる。こうすれば、あまり優秀じゃないAIでも大丈夫。


「つまりロケットランチャーは効かないってことか!?」


「煎じ詰めれば、防御用の小型ミサイル砲台みたいなものですから・・・・・・残弾が切れさえすれば、いずれは隙もできるでしょうけど」


 そこでわたしたちは、顔を見合わせてしまった。あまりにも想像にたやすい未来像に、2人合わせて顔が青くなる。


 だってケティさんの性格的に、当たらないから次の手を考えるとかの戦術的な判断は、まるで期待できません。あの子ならきっとこう考えるはず。1発で駄目なら――





* 





【“ケティ”――デ・ダナンⅡ甲板上】


――100発当てりゃあ、良いだけの話じゃねえか。


 まだ煙吹いてる発射器ランチャーを放り捨てて、いったんコンテナ製の隠し武器庫に舞い戻る。


 弾なら幾らでもあるし、それ以上に予備のロケットランチャーはもっとたくさんある。壁に所狭しと吊り下げられたランチャーの数々は、どれもすでに装弾済み。引っ剥がして敵に向けるだけでいい。


 そうだいい機会だから、2本いっぺんに撃ってみるか。2丁拳銃ならぬ2丁ランチャー・・・・・・いっぺんやってみたかったんだよな。


 そうと決まりゃあ、すぐさまRPG-7を2セット小脇に抱えて外に出ようとするアタシに、ベリンダが大口をあけて言った。


「ヤンさんから伝言――もう撃つなってボロ泣きしてますわ」


 わりとマイペースな性格をしてるベリンダが、そこそこ真剣な顔して伝言を伝えてくる。そうか、大変だな・・・・・・耳が聞こえないからよくわかんねえけど。


 聞こえないフリなら大得意なアタシは、きっと背後で喚いているに違いないベリンダを無視して、ロケランと一緒に外へ舞い戻った。おうよ100発どころか、1000発でも撃ちまくってやる。



 




 


【“テッサ”――デ・ダナンⅡ船内、自身の私室】

 

「あの・・・・・・馬鹿。今度こそ逆さ磔じゃ済まさないからな・・・・・・」


 わたしたちと爆風の間には、まだかろうじて鋼鉄の船壁が残されていました。それも、アクティブ防護システムのおかけでどんどん削られていましたが。


 このアクティブ防護システムには、ある致命的な欠点がありまして。それは飛んでくる砲弾を迎撃する際に、その周囲にも被害をもたらしてしまうこと。


 ケティさんが撃てば撃つほど、アクティブ防護システムもそれに対応して次々に飛翔体を打ち上げていき・・・・・・そんな二種類の爆発物の破片が、わたしたちへと降り注いでくるという寸法です。


 あの防護壁が崩されれば、わたしたちの最後の生命線となるのは、ノルさんが先ほど引き倒した木製の机のみ。音速を越えて飛びまわる破片相手では、あまりに頼りない。


 ケティさんが撃ち、フェイス・レスがそれを迎撃する。目と鼻のさきでなんども雷が落ちているかのよう。閃光と爆音が止まりません。ですが幸か不幸か、この一連の爆発によってフェイス・レスは、穴から腕を引き抜くことに成功したみたい。


 透過装置によって押しのけられてしまった大穴の向こう側、それがさながら窓のように機能して、フェイス・レスの全容をついに目にすることが叶いました。


 それは異形、としか表しようのない外観をしていた。


 ASは操縦者の動きをトレースすることで操作されます。そうした操作方式の都合上、人のシルエットからかけ離れたデザインにできないというのは、すでに周知の事実でしょう。


 だって機体に四足歩行をさせたくとも、人の足は四本もありませんから。とはいえフェイス・レスは、そこまで極端なデザインをしてる訳じゃありませんでした。


 この機体は、鳥や獣に見られるような逆関節をしていました。


 水平下での高速歩行ですとか、ジャンプ力の強化を目的とするなら逆関節は悪い選択ではありません。ですが前後からの衝撃に弱く、長期間の直立には不利となる。現行のASでは、試作品を除いて採用例が一切無い方式です。


 それに腕もまた人のシルエットをもとに考えると、アンバランス感がとても強い。胴体よりもマシッブで、機体のサイズに比してひどく大きいのです。ゴリラですとか、タカアシガニとかのイメージがつい浮かぶ。


 機体の本体部分は、一般的な複合装甲コンポジット・アーマーで覆われていました。ですが、そのうえにうっすらと施されたDPM風の反射を抑えられたマット迷彩塗装に反してフェイスレスの両腕は、スポーツカーを思わせる黒一色の艶やかな材質に覆われていたのです。


 どうして胴体部分と腕の材質が違うのかちょっと考えてみて、もしかしたらですけど、例の透過能力は、あの腕にしか備わってないのかもと仮説を立てる。


 だってどれをすり抜け、何をすり抜けたくないのかそう都合よく選択できないのであれば、透過機能をONにした途端、機体が丸ごと地面に埋もれていってしまうでしょう。胴体と腕をつなげる特殊なジョイント部分が、透過装置と通常素材でできた機体を繋いでいるに違いない。


 他にも、気になる部分は色々と。お腹にある3本目の腕たる副腕ですとか、背部には謎めいた巨大なパイプ? が交互に配されていたりと、やはりアンバランス、怪物じみたルックスをしている。


 ですが一番に目を引くのは、その頭部でしょう。あの長頭には・・・・・・ついついエイリアンなんて言葉を連想してしまった。


 どうしてああも巨大なのか・・・・・・電子戦能力を高めるために機器を満載しているのかもしれないですし、それかもっと別の理由があるのか? 検討もつきません。


 獣、怪物、ぱっと思いつく形容詞はこんなところ。ですが不思議なことに流線型をした機体の端々からわたしは、どこか宗教的な意匠を見出してしまう。


 そんな奇怪な大型ASが真っ直ぐにこちらを見据えてきました。横顔からは分からないフェイス・レスの新たな側面が、そこにはありました。


 長頭の先端部分、つまり機体の顔にあたる部位には、レドームなのかしら? 真っ白な素材で覆われていました。


 モデルによってツインアイで、とても人間らしいルックスをしているM9。あれほどとは言いませんけど、ASというのはどのモデルにも、機体を象徴する顔がついているものです。


 なのにフェイス・レスには、それがありません。その名のごとくこの機体は――無貌だったのです。


 不気味でした・・・・・・正面からまっすぐ見ると特徴的な長い頭が隠され、一転して人の顔のようにも見える。ですがそこには目も、鼻も、口もない。


 間断なく撃ち込まれているロケット弾の嵐。それを迎撃するアクティブ防護システムとの攻防のせいで、光源には事欠きませんでした。その光がパッと瞬くたびに、フェイス・レスの無貌がつよく照らし出される。


 光と影によってその無貌へと複雑な陰影が刻まれいて――それがわたしには、髑髏にしか見えなくなってしまう。


 だから宗教的なんて感想を抱いたのかと、自分で自分に納得してしまった。単なる連想ゲームだとしてもわたしはもう、このフェイス・レスのどこかに、サンタ・ムエルテの意匠を見出していました。





✳︎





【“ケティ”――デ・ダナンⅡ甲板上】


 うん、まったく効きゃしねえな。なんだかこっちのロケット弾が片っぱしから撃ち落とされてる気がする。ぼっ立ちしていい的だってのにどうしたもんか・・・・・・うんにゃ、今さらやめられないか。


 本家ロシア製だけでなく、ルーマニア製やら中国だとかのパチモンから、アホな金持ち向けのアメリカ産コピー品まで、ありとあらゆるRPG-7を撃ち尽くし、今度は使い捨てのRPG-18とM72 LAWを箱ごと使い切って、水平発射式のグレネードランチャーなんて南ア製の変態銃まで持ち出した。


 弾切れになったランチャーの束をすみに蹴っ飛ばして、つぎの1挺に手を伸ばそうとしてつい考え込んじまった。そろそろ尽きそう・・・・・・もっと買っときゃよかった。


 こんなに要らないだろとか、無体な兄貴を心変わりさせるためにどれほど骨を折ってきたことか。


 具体的にゃあ、最大音量で固定したラジカセを抱きしめながら毎晩、添い寝してやったところ。目にくまを溜めた兄貴は、「聴覚障害を逆手に取りやがって・・・・・・」っと優しくアタシにベアクローを決めたあと、大量の対戦車兵器を自腹で買ってくれたんだ。


 こんだけありゃ大丈夫。そう胸張ってたらこれだ。ぜんぜん足んねえ。


 うーん、こうなりゃもうアレを使うしかないか。多分ていうか十中八九、無駄だろうし、レアもんだからもう二度と手に入んないかもしんないけど、ここは使わなきゃ損ってもんだぜ。


 映画やゲームじゃ常連だってのに、いざ現実となるとてんで見かけない4連装ロケットランチャーなんて変態――M202ロケットランチャーをアタシは肩に背負った。


 それからコマンドー気分で意気揚々と、戦場へと舞い戻っていった。


 世の中のイメージに反してこのM202ってやつは、そもそも火炎放射器の代替品として開発されたんだそうだ。基本的に焼夷弾をばら撒くことが前提の対歩兵用火器だそうで、装甲目標にどんだけ通用するのか分からない。


 でも、まあいっか。あんのメカ怪獣め、なんとなく生き物っぽいフォルムしてるし、きっと炎だって怖がるに違いない。うん。


 心のなかでそう結論づけてから、まだ上部構造物の周りでモタモタしてるメカ怪獣めがけてアタシは、容赦なく4発すべて、全弾発射していったのだった。









【“テッサ”――デ・ダナンⅡ船内、自身の私室】


「今度はナパームか!! あの馬鹿!!」


 これまでの爆風と打って変わって、強烈な炎があたりを焦がしだす。


 ハリウッド映画のイメージと異なって、ロケットランチャーはあまり爆炎を発生させません。あるのは衝撃波と黒煙ばかりなのですが、ノルさんがついついナパームかなんて叫んでしまうぐらいには、ケティさんが放った次の一手は、灼熱の炎を発生させていた。


 炎が弧を描きながら、フェイス・レスの全身を覆っていきました。


 おそらく焼夷弾。フェイス・レスの装甲のうえで燃え盛っている炎の芯が、真っ白に見えることからも、ナパームでこそなさそうですが、その近縁であろう強力な燃焼剤なのは、まず間違いないでしょう。


 ケティさんが何を考えて・・・・・・いえ多分、何も考えずに使ったのでしょうが、致命的なミスチョイスとしか言い表しようがありません。


 さすがに炎が相手では、アクティブ防護システムも機能しなかった様子ですが、どんなに燃やしてみたところでASクラスの装甲は溶けやしません。せいぜい焦げ跡が残る程度でしょう。


 熱放射だけでも火傷を負いかねない高熱に、汗がにじむ。


 光と影のいたずらで髑髏柄に変わったフェイス・レスの無貌に一瞬、無数の小さな目が出現しました。カバー下に隠されていた多眼があたりを睥睨したかと思いきや、また即座に閉じられる。


 今度はまるで虫みたいな動き。自動操縦も相まって、人間味をまるで感じない動作でした。


大柄なのを活かしてこの機体、あらゆる装備を内蔵しているみたい。現に光学カメラすら隠していたほどですから。あの動作の狙いは、どうやらロックオンのためだったみたい。 


 人間なら脇腹に当たる部分が開閉していき、炎の壁を突き破って中からつぎつぎと小型ミサイルが飛び出していきました。


 上空の星空を背にして、ホバリングしたミサイルがくるくると、フェイス・レスの頭上に静止しました。おそらくはトップアタック方式の対戦車ミサイル。それが天使の輪っかのようにフェイスレスの頭上を舞う。


 AIゆえに判断が遅くなったのか、今になってやっと、鳥籠の少女が命じた周囲の生命体を殲滅しろという命令をフェイス・レスが実行しはじめたのです。


 このまま無差別に、周囲へと対戦車ミサイルを叩きつけるつもりだわ。


 でも訳が分かりません。この子は、いえこの子を利用している9姉妹ナイン・シスターズの目的は、わたしから情報を引き出すことの筈なのに。


 自分の命なんてどうでもいいですが、あのミサイルの束が巻き込むのは、わたしだけでは済まないでしょう。


「止めさせて。この位置だと、あなたも巻き添えになってしまうのよ?」


 ずっとお人形のように大人しかった少女は今、年齢に似合わない凶相でわたしをせせら笑っていました。


「だから?」


 名前も分からない彼女ですが、少なくとも彼女のメンタリティの一端は判明しました。この子は自分が死ぬことについて、なんとも感じていないのです





✳︎





【“ケティ”――デ・ダナンⅡ甲板上】


 アタシは空になったM202を肩から降ろしながら、思いがけない展開に目を丸くするばかりだった・・・・・・なにが起きてるんだ?









【“ノル”――デ・ダナンⅡ船内、自身の私室】


 放たれた対戦車ミサイルの槍は、俺たち含めてコンテナ船に壊滅的な被害をもたらす、その筈だった


 だがフェイスレス――名は体を表すとはいうが、顔のない怪物じみたASの頭上をくるくる旋回していた対戦車ミサイルの群れが、いきなり一斉に動力を失って墜落していったのだ。


「不発、か?」


 呟いておいて何だが、自分でもそうは思えなかった。


 爆発は皆無。埠頭のコンクリや甲板の鉄をひしゃげさせる落着音、あるいは海に落ちたのだろう水音をいくつも耳にしたものの、そこに爆音は一切混じっていなかった。


 あのケティすら呆気にとられたらしく、攻撃の手を止めたようだ。お陰であたりに久方ぶりの静寂が満ちていく。


「テッサ」


 俺はこの静寂に当てられてか、必要もないのに声を潜めながらついテッサに話しかけてしまった。俺よりずっと近代兵器に詳しいのだから、テッサならこの状況の説明ができるはず。


 実際、答えはすらすらと返ってきた。


「おそらく停止シグナルを受信したんだわ。それで自ら信管を無力化した」


「どうして? この小娘があの怪物のなんじゃないのか?」


 操縦者マスターの動きを機体スレイヴが忠実になぞるから、マスター・スレイヴ方式。それが転じてアーム・スレイブと呼ばれるようになった。俺でもそれぐらいは知っている。


 だからさっきの言い回しは、そんな元ネタを意識した下手くそな洒落のつもりだった。


 ボケられるとツッコまずにいられないテッサのことだ、すぐさま“正確にはですねノルさん、うんちゃらかんちゃら”と・・・・・・無意味にまくし立てくる、そのはずだった。


 状況が状況だからあの二重人格の件はうやむやになっていたが、あれからというものテッサは、ひどく思いつめた感じだった。


 戦いの中だからこそ肩肘張ってばかりもいられない。こういう冗談じみたい言い回しは、思った以上に息抜きの効果があるものだ。だが、テッサの顔はまるで晴れない。だいぶ重症そうだ。


「・・・・・・」


 ため息をついて、無言で考え込んでいるらしいテッサから目を逸らし、俺は小娘のほうを確認してみた。こっちはこっちで、どうして自分の言うことをフェイスレスが聞かないのか謎のようだ。動揺しきった様子で、ぶつぶつ呟いている。


 殲滅ね。この歳でどうやったら、自分が死んでも目的を達成してやるなんて発想に至るのか・・・・・・まあ、俺が言えた義理でもないか。


 ほんの数年前まで、それどころか数ヶ月前まで“ママ”の頼みであれば、俺だって命のひとつやふたつぐらい平気でドブに捨てていたに違いないのだから。


 うん?


「テッサ、なにか表示が変わった」


 俺がそう言うと、テッサが顔を上げる。


「ヘッドギアのですか?」


 その問いに、俺は頷きで返した。


 これまでのように読み上げてもいいが、人体実験は自分の身体でもう済んでいるし、なにより“でじたる”は俺の天敵だ。


 貸してもらえますか? と差し出されたテッサの細い手に、頭から外したヘッドギアを手渡していった。


 このヘッドギア、元は鳥籠だったらしいがその面影は、もう材質にしか残っていない。サイバーパンクものの映画にありがちな小道具を、無理くりアンティーク調に仕立て直したようなデザインだ。そういえば、科学者連中にもむかし似たようなのを被せられた気がする。あっちはもっとこう、医療品ぽい見た目をしてたが。


「音声周りをどうしてるかと思えば、骨伝導マイクでも仕込んでるみたいですね」


 なんのことやら、落ち込んでいてもテッサのテック・オタクぶりは健在な様子だった。


 小ぶりなテッサの頭のサイズに合わせて、ヘッドギアが自動でサイズを変えていく。ほんと不気味だな。


 ASなんかが代表格だが、世の中に出回ってる“はいぱーてくのろじー”というやつの幾つかはどうも、俺には別世界から来た魔法みたいにしか映らない。


「・・・・・・あの、ノルさん」


「どうした? まさか、体調が悪くなったりとか」


「いえ、そうじゃなくて。この不正なユーザーを検知って警告、ノルさんが被ってる時にも表示されてましたか?」


「ああ」


「画面の50パーセントあまりを占めてる警告表示を、どうしてわたしに教えてくれなかったんですか・・・・・・」


「それって重要だったのか?」


「そうですね。掻い摘んで説明すると、これであの機体をわたしたちが操れる可能性は、限りなくゼロに近づきました」


「知ってる、噂に聞く鹵獲ってやつだな。俺にゲリラFARCの真似事をしろと?」


「そのゲリラのフリをして、麻薬王を揺すろうとしたのはどこのどなたですか。鹵獲うんぬんはともかく、あの機体を無力化できるだけでも儲けものでしたよ」


 それからしばし、テッサの眼球が忙しくなく左右にさまよった。ヘッドギアが映しだしている映像の一切を、舐めるように読み取っているのだろう。


「管理者からのアクセス?・・・・・・潜伏モードに移行ですって?」


 テッサがそう述べた途端、船に地揺れが襲いかかった。


 もちろん地震でも、津波のたぐいでもない。船の上部構造物へ貼りつくように立ち尽くしていたフェイス・レスが、いきなり両脚を曲げて、ジャンプしたのだ。


 正確な大きさは知らないが15、6mはあるだろう怪物が、自分の背丈よりも大きな上部構造物を一息で飛び越えて、ちょうど反対側にあるコロンビアの緑色した海へと飛び込んでいったのだ。


 このクラスのコンテナ船が左右に揺さぶられるなんて、とんでもない話だ。金属が引き裂かれる嫌な音がしたから、やつが足蹴にした甲板にはきっと大穴が空いているに違いない。


 あのクラスの巨体だと、水しぶきだって桁違いだった。雨季が到来したのかと勘違いするほどの大雨があたりに降りそそぎ、ケティがケティがぶちかました焼夷弾の残り火を消化していく。


 飛んで、落ちてのふたつの揺れが収まるころには、雨もまた止んで、すべてが嘘のように静まり返った。


 そんな頃合いを見計らって、テッサが言った。


「外部から命令が上書きされたみたい。愚直なほど命令に忠実。あの機体の操作を司っているAIは、アルとは正反対な、融通がまるできかない従来型のモデルみたいですね」


「外部だって?」


「この子より格上の、上位権限者が近くに居るんだわ」


 ・・・・・・どうにも、あの無貌のASが消えたことで一段落とは、すんなりいきそうもなかった。


「大佐殿、お怪我は!?」


 フェイス・レスの退場を目撃して、やっとこっちに駆けつける気にDEAラ・ディアはなったらしい。


 でっかい腕を力任せに振り回すもんだから、船の廊下はちょっとした障害物コースへと姿を変えていた。そんな場所をぴょんぴょん跳ね回りながら、とりあえずまだ足場はまだ残っているテッサの私室へとやってくるDEA。


 とりあえず怪我らしい怪我もないようだと、DEAはざっと俺たちの姿を確認してから吐息し、それから俺に向けて、自分の分とはべつに背負ってきたらしいガリルARMと、弾倉などの付属品が詰まったベルトキットを放ってよこしてきた。


「ほら、まだ終わりじゃない」


 これで不良品のベクターよりはだいぶ火力が向上したが・・・・・・とりあえず準備を整えてガリルのチャージングハンドルを引き絞ってみても、不安はまるで拭えない。


「そう言うならライフルじゃなく、せめて対戦車兵器ぐらいもってきたらどうだ?」


「それはAS用じゃないよ」


 このDEA、釈迦に説法という言葉を知らないらしい。誰に向けてものを言ってる。


「よーく知ってるとも。フェイス・レスが相手じゃこんなの、戦車にBB弾を撃ち込むようなもんだ」


だって? 君、知ってるのかいあの謎のASについて? ミスリルに在籍してた頃、世界中のASのカタログスペックを頭に叩き込まれたけどさ、あんな異様な機体は見たことがない」


「俺もだ」


「さっき自分で名前を言ったろう!!」


「アレについて知りたいなら、俺じゃなくそっちの小娘の方を問い詰めろ」


 逃げもせず、というより逃げ時をとうに失った鳥籠の少女が、キッと俺たちを睨みつけてきた。なんでか俺は、この娘から目の敵にされている気がする。


「ちょっと見ない間に・・・・・・ずいぶん雰囲気が変わったねその子。悪い意味で感情が豊かになったというか、毛を逆立てて怒ってる猫みたいだ」


「その小娘があの機体を操ってたんだ」


「はぁ? 一体、どういうカラクリで?」


「そこのアレを被ってから、アレしてアレすると、アレになるらしい」


 DEAが漫画のような呆れ顔をつくった。


「君まさかそれ、説明のつもりじゃないだろうね?」


「無線機を貸せ」


 こういう時にそつが無いのは、DEAの数少ない長所だ。自分の分だけでなくちゃんと俺の分の無線機も用意していた。


「落とすなよ」


 受け取った無線機の周波数をちゃっちゃと合わせる。ここらへんは、テッサがこれまで組み上げてきた綿密な防衛プランの賜物だ。


 音量のノブを回した途端、ハスミンの声が無線機から響きだす。


『兄さん、聞こえてますか?』


「だから俺に妹は居ないと何度・・・・・・」


『繰り言はどうでもいいのです、大体そんな状況でもないでしょう。それより、お体の具合は?』


「とりあえず内蔵は飛び出してない、俺もテッサもな。他のガキどもはどうだ?」


『所定の手はず通り、機関室にみなで避難済みです』


 そりゃそうか。あんな怪物が窓の外に突っ立っていたら、避難を躊躇する理由なんてない。


『この場に居ないのは、ケティねえとその助手として付けたベリンダだけです』


 どうにも不安を覚えるコンビだが、じゃあ誰ならケティと組ませても安心かと問われても、良い返事がまるで思いつかない。


『こちらも2人とも無事ですわ。これもすべて神のご加護の賜物ですわね』


 携帯とは違って、いつでも会話に乱入できるのが無線機の良いところで、同時に欠点でもある。話に割り込んできたベリンダに向けて、ハスミンが言った。


『それは安心しました。では以後、こちらが許可するまで兄妹の会話に割り込まないように』


 誰が兄妹だ・・・・・・。


『了解しましたわ。では最後に皆さんの幸福と、なによりあのケティねえと一緒なのにまだ息をしてる自分自身に、感謝の祈りを捧げま――』


『黙れ』


 これで当面は、ベリンダも無駄口をつつしむに違いない。そういう迫力がさっきの一言に込められていた。


『それで、ハスミンたちはこれからどうすれば?』


 当然の問いに口ごもる俺に変わって、DEAが言った。


「大丈夫だ。今から大佐殿と対応を協議するから」


『今、監視カメラの映像を見てます。敵の数はどんどん増えています』


 敵? 増える? 何のことだ? あのAS以外にも問題があるってことか?


「大佐殿!! そこは危険があります!! 下がってください!!」


 いつの間にかテッサは、フェイスレスがこさえた大穴の縁に立って、埠頭の様子を眺めていた。


 ほんのちょっとでも足を滑らせれば、真っ逆さまに落ちかねない。特にテッサレベルの運動音痴では、なおさら危険だ。だがDEAの警告の叫びは、そういう類の心配じゃなさそうだった。


 予感があった。ロシア人の教官にさんざん叩き込まれたように、影と遮蔽物にうまく隠れながら、まだかろうじて形を保っている船窓へと近づく。それから夜風にゆれるカーテンをゆっくりどかして、外の様子をうかがった。


クソミエルダ・・・・・・」


 最悪だった。埠頭中を兵隊が走りまわっている。だが見慣れたコロンビア軍の軍服じゃなかったし、明らかに警官でもない。


 ガリルに取りつけてある拡大鏡マグニファイアで眺めてみたが、離れすぎていて3倍率程度じゃよくみえない。それでも暗めの私服の上に、最新のプレートキャリアを羽織っていることだけは確認できた。


 装備は豪勢なのにみな私服。典型的なカルテルの兵隊ソルダードかとも思ったが・・・・・・にしては、妙だった。


 コンテナヤードの陰に隠れるようにして、でかい梯子をのせた米軍愛用の四輪駆動車ハンヴィーが大量に待機していた。消防士の要領で直接、このコンテナ船に乗り込む腹づもりらしい。


 あれの正式な名称は知らないが、斬新な発想でないことだけは知っている。ハイジャックされた飛行機へと一気に張りついて突入するべく作られた、特殊部隊向けの装備品であったはず。


 見よう見まねで、普段は盗まれた車をバラしてるようなカルテルご用達の車屋どもが作成した。そういった線もないではないが、それにしては梯子に乗り込んでる奴らは、あまりに大人しすぎた。


 カルテル関係者がああも素直に待機してるなんて、尋常じゃない。特殊部隊上がりをどれだけ雇用しようとも、カルテルの軍隊を支えるのはあくまでスラムのチンピラ上がりたちだ。昔からの癖とか、戦いの緊張を忘れるためにヤクを常用するやつが必ず1人は混じってる。


 なのに身体を揺らしたり、無意味に興奮してる様子は奴らからは見られない。あれじゃまるで、飼いならされてる軍用犬だ。


 それに人種もえらく多様な気がする。コロンビアもそれなりに多民族国家だが、中近東の出身らしき男やアジア系がああも大勢混じってるのは、解せないな。


 埠頭に積み上げられた大量のコンテナの山のうえを、ときおり人影が駆け抜けていく。だが分かりやすく身を晒したりはしない。こういう細かいところで練度というのは、見て取れるものだ。


 よく統制され、訓練されたプロが大勢。ただし、軍服を堂々と着込める連中じゃない。


「奴ら何者だ?」


民間軍事会社PMCだわ」


 テッサがまるで独り言のように、ポツリとそう言った。


 物陰から手を伸ばして俺は、テッサを安全な遮蔽物の裏に連れ込もうとした。だが強引に手を振り払われてしまう。


 俺よりも、振り払った当人のほうがよほど困惑していた。危機的状況であればあるほど冷静さを増していく・・・・・・そんなテッサの普段の姿を知っているから、俺としてもますますその反応の意味がわからない。


「大丈夫です・・・・・・わたしだけは、絶対に狙われませんから。でもノルさんたちは決して、頭を出さないように」


 希望的な観測じゃなくて、。そんな口調でテッサが断言してきた。


 あんな泣きそうな顔して、人を見つめる女じゃないはずなのに。テッサの唇が微かに動いた。俺にはそれが、“ごめんなさい”と紡いでる気がした。


 他の誰でもない、どうして俺に向けてそんなことを言うんだ?


「・・・・・・総員、戦闘配置バトルステーション


 だが目をつむり、顔をあげたつぎの瞬間にはもう、テッサはいつもの指揮官の顔に変わっていた。声も最初はすこし震えていたが、すぐ張りのある自信に溢れたものに変化していく。


「ヤンさん、わたしにも無線機をお願いします」


 DEAもテッサの状態に違和感がある様子だったが、言われるがまま予備の無線機を寄越してきた。俺を経由して、無線機はすぐさまテッサの手元へと収まっていく。


「ベリンダちゃん? ケティさんにちゃんと伝えてくださいね。あなたたちには、警備システムの火器管制をお願いします。それとハスミンちゃん?」


『まさかハスミンにも出番が? 必要なら何でもする覚悟ですが・・・・・・ハスミンだけならともかく、ほかの者たちにも危ない橋を渡らせるのは、あまり気乗りしません』


「いえ、機関室に居るからこそできるお願いですから、むしろそこを動かないで。詳細はあとで伝えます。

 ヤンさんは、すぐに船尾に回ってください。艦船への襲撃は船尾からというのがプロのセオリーですから、彼らは必ずそこを突いてくるわ」


「了解」


 疑問を胸に放り込んで、元軍人らしい簡潔な答えを返しながら、いつの間にかヤツ専用の装備になっていたインベルMD-97を肩付けしつつ船内へと消えていくDEA。


「ノルさんはわたしとこのままブリッジへ。そこで迎撃の指揮を執ります」


「・・・・・・それはいいが、あの小娘はどうする?」


 あいも変わらず化けの皮を表した小娘は、憎しみのこもった目でこちらを見つめていた。


「とりあえず両手を縛って、一緒に連れていくほかないでしょう。あまり考えたくありませんけど、いざとなれば人質としての価値があるかもしれませんし」


「敵地に単独潜入させたんたぞ? 端から捨て駒だろう」


「いえ・・・・・・ただの捨て駒なら、あんな鳥籠に偽装した遠隔操作デバイスなんて預けたりしないはず」


「だが、制御権をあっさりどこぞの誰かに奪われてるじゃないか」


「でもそれまでは、あの子は思い通りにASを操っていたわ。子どものおもちゃとしては、第3世代機はあまりに高価すぎます」


 第3世代機? フェイス・レスのことか。


 俺は、慎重に自分のシルエットを隠しながら、もう一度だけ窓の外を眺めてみた。


 俺が敵はカルテルの兵隊じゃないと確信したもうひとつの理由。コンテナヤードのてっぺんに、ふたつのASの巨影が見えた。


 片方は、あの特徴的な見た目からフェイスレスとみて間違いない。ケティにしこたまロケット弾を撃ち込まれた挙げ句、焼夷弾であぶられた矢先なんだ。瞬間移動をしたんでないなら、海の中に消えたのとは別の機体だろう。


 むしろ俺には、もう一方の機体のほうが気がかりだった。


 フェイスレスどころか、サベージなどの既存の機体よりもずっと人型に近いシルエットをしている謎の機体。その姿を俺は、雑誌の表紙で見かけたことがあった。最近ではどの軍事関連の雑誌も、いやそれどころか一般の新聞ですらアレの話題でもちきりだからだ。


 港中に設えられた作業灯のまばゆいオレンジ色を背に受けて――米軍最新鋭の機体、M9ガーンズバックがこちらを見つめていた。


「普通のPMCは・・・・・・あんな最新鋭機は持ってないんじゃないか?」


「M9はM9でも、米軍に納品されているものとは特徴が異なるわ。ミスリルの遺産を引き継いだ会社だそうですから、その流れでどこかに眠っていた先行量産型を素知らぬ顔して、自分たちの備品にしたんでしょうね」


「どういうことだ?」


 テッサが俺よりもずっと理解力があるのは、これまでの経験から骨身に染みている。だが今回は、いくらなんでも知りすぎだった。


「ノルさん」


 コンテナヤード、いやその下に集いつつある軍隊を見据えながらテッサが言った。


「敵はミスリルUSA――わたしのかつての戦友たちが起こした、現代の傭兵部隊です」




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