III “4,600Kmの誤差”
【テッサ――空港】
持ち込んできた
『あっ、はっはっはっはっ!!』
「・・・・・・笑いごとじゃないですよ、メリッサ」
飛行機を降りてすぐ受付の方といろいろ相談してみたところ。本来の目的地であるブラジルから、遠くコロンビアにわたしが降り立ってしまったその理由とは、拍子抜けしてしまうほど単純なものでした。
ぼっーとしているうちに搭乗口を間違えてしまったお間抜けさん(わたし)を乗せたまま、誰も気づかずにコロンビアへ向かってしまった・・・・・・どうにも、そういう話であるらしく。
あまりにくだらなすぎるヒューマンエラーに、もはや乾いた笑いしか浮かんできませんでした。
ふらふらと空港の受付デスクから離れたわたしは、あんなによく眠った直後だというのにすでに疲労困憊のありさまで。ですが、このまま手をこまねいて何もしない訳にもいかず、とりあえず猫科動物を思わせる頼れる友人のもとに電話をかけることにしたのです。
メリッサ=ウェーバー。旧姓をメリッサ=マオといいまして、先ごろカレーの隠し味がどうのこうのと旦那さんと揉めたあげくに電撃離婚をかまし、その翌日に “元” 夫婦そろってラスベガスに傷心旅行に赴くという・・・・・・ある意味で鋼のメンタルを見せつけた女傑です。
これだけでもそうとうに“アレ”な武勇伝なんですが、恐るべきことにラスベガスに到着早々、その場で元夫と再婚するとか意味不明なことをしでかして、役所の方とわたしの心を大いにかき乱させた、わたしの友人にして居候先の家主なのです。
いえ、もう、当時はどうなることかと悩んでいたのに・・・・・・当の本人ときたら、その電撃離婚からの電撃再婚について特に気にもとめてなくてですね? むしろ、まあいい機会だしとのたまい、旧姓のマオに戻ってしまう始末。
ですからメリッサ=ウェーバーというのは、昔の名前。今は昔通りにメリッサ=マオといいまして・・・・・・あれ? 直前になってやっぱ無しって、取りやめたんでしたっけ? いえそもそも、メリッサってウェーバー性をちゃんと名乗っていたかしら? 面倒くさいからマオのままでいいやとか、書類にサインしていたような・・・・・・表札にはなんて書いてあったかしら・・・・・・。
まだ寝ぼけてるのかしら、考えれば考えるほど、分からなくなっていく。
えーと。と、とにかく無駄に複雑、周りからすれば迷惑極まりない夫婦生活を営んでいる彼女たちなのですが!! それでも2人の一人娘であるクララちゃんがすくすく育っているのを見るに、なんやかんやと結婚生活は上手くいっているのかしらと、そう思いもする。
まあ、そういう私生活はともかくとして。元
まあ、ずっとミスリルに匿われる形で、世間からずっと隔離されて生きてきたわたしの世間知らずぶりに比べて、メリッサの方がずっと世慣れしているというのが、頼った一番の理由なんですけども。
一流企業のサーバーにルート権限でアクセスして、10ヶ国語を介し、13歳で世界最高の潜水艦を設計してたこともあるわたしですが、ゴミの回収日なんてものの存在を知ったのは、なんとニューヨークに引っ越したあとだったりしますから。
そこで学んだことが1つ、恥じ入っても問題は解決しません。知らないことは、知ってる人に聞くべきなのです。
『まっ、確かに笑い事じゃないわね。ひとしきり笑ったあとだからこそ言える台詞だけどさ』
「心の潤いになれて幸いです!!」
『皮肉あんがと。ていうかさ? 航空会社の連中は気づかなかったわけ? 搭乗便間違えてますよ~って?』
ゴミの回収日が良い例ですが、自分でも怖いぐらい日常生活というものに無知ですから、この不可解な事件について常識人の立場から意見してもらいたかったというのも、電話を掛けた理由の1つだったりする。
ですがこの反応からして、やはりわたしは正しかったようです。
「それなんですが・・・・・・」
声を潜めて、わたしは受付で起きた出来事をかいつまんでメリッサに説明しました。といっても、たった一言で済む説明なのですが。
「そういうこともあるよねって、軽い調子で言ってました」
『ハイ?』
なんとなく受付の方も、また来たよおい、という顔をしていたような気がします。
「それはもう慣れた口調でそう言ってのけてから、お詫びとしてチケット料金の全額払い戻しと、組み立て式の飛行機のおもちゃを貰いました」
『そんだけ?』
「そんだけです」
そっけないにも程がありました。謝罪なんて一切なしです。
「あの受付の方もこう、クレームされなれてる感じありまして・・・・・・それは、もとを辿ればわたしの責任でしょうけど、なんなんですかあの航空会社は?」
ぼやきたくもなります。だってこの会社のチケットを手配したのは、メリッサなのですから。国際電話の向こう側で当の本人ときたら、心外だとでも言いたげに声を尖らせてました。
『なによ? こっちだってあんたのことを思って、入念なリサーチのすえに選んでやったのよ?
創業から10年で無事故・無遅延。あえて最新鋭機じゃなく、統計的に事故率の低い手堅い機体ばかり揃えてくるような超のつく優良企業をね――ま、顧客満足度はゼロだったけどさ』
「いま、致命的な一言が発せられたような気がするんですけど・・・・・・?」
『飛行機マニアの麻薬王が道楽で運営してる会社だからねぇー。採算度外視でカッコいい飛行機飛ばせてれば万事オーケーっていう、商売っ気かいむな会社だそうだし』
「とどめを刺してから、さらに八つ裂きにするみたいなこと言ってませんでしたか!? 今ッ?!」
なんですか? わたしついさっきまで、空飛ぶドラックマネーの中で爆睡していたとでもいうのですか!?
この不満をどうにか電波に乗っけてニューヨークにいる友人のもとに届けたい。その思いはどうやら、しっかり叶えられたようです。
先ほどよりメリッサの声のトーンが、明らかにちょっと神妙な感じで下がってましたから。
『そうは言うけどさ・・・・・・南米からドラック産業を切り離すことのほうが難しいわよ?』
それはまあ、そうかもしれませんけど・・・・・・。
世の中には思い立ったその日のうちに飛行機に飛び乗って、遠い異国に旅立ってしまう自由気ままな人種もいるとは聞きますが、無計画というのは、どうにも性に合いません。
むしろ微に入り細に入り、あらゆる可能性を考慮したうえで旅行計画を立てるのがわたしのスタイル。当然、入念なリサーチは欠かしません。
向かう先の文化、風土、もちろんのこと、歴史だってちゃんと調べ尽くす。
まあ、本来の目的地であるブラジルでなくコロンビアに来てしまったので、そのリサーチの大部分は無駄になってしまったわけですが。
隣国とはいえ、南米最大の国家であるブラジルはほとんどの国と国境を接していますし? 旧ポルトガル領であったブラジルと旧スペイン領であったコロンビアのお国柄は、文化レベルで違うはず・・・・・・ですが、
これまでの死者数は判明しているだけでも20万人。これに行方不明者、麻薬の過剰摂取で亡くなった方まで含めたら、死者がどこまで膨れあがるか検討もつきません。
どうしてこの悲惨な戦争が終わらないのか? その理由は単純明快。ブラジルだけでも国民の半数が一日300円ほどで生活しているなか、そのすぐ横に年484億ドル(約5兆円)にもなる巨大産業があるわけですから。売り物である麻薬以上に、お金の中毒性とは凄まじいものなのです。
GDPにも麻薬産業の売り上げが少なからず貢献している以上、この金のなる木を捨てたいとは誰も思いません。そんな政治の腐敗も、ますます麻薬戦争に拍車をかけている。
ですが麻薬によって国内を侵食されているアメリカからすれば、こんなのたまったものではありません。
南米諸国が自力で対処できないならばと、アメリカが軍・官総出で
武力に訴えかければ、相手もまた武装を強化するのが世の常です。小国のGDP並みの資金力がある麻薬カルテルからすれば、自分たちを一介の犯罪組織から
かくして戦争は泥沼化しました。
アメリカのたび重なる武力介入にも関わらず・・・・・・推定で年484億ドルにのぼる麻薬の売り上げが、上がることはあっても下がることのないというこの現実こそが、戦いの虚しさをこれ以上なく物語っているでしょう。
わたしはコロンビアという国にについて詳しくは知りません。ですが、そんな麻薬ビジネスの発祥の地にして源流だということは知っている。この国はこれまで、幾人もの麻薬王によって翻弄されてきた国ということは。
ちなみに余談ながら、本来の目的地であるブラジルとこのコロンビアは国境を接する隣国ではあるものの、空港の位置関係だけみればざっと4,600kmほど離れてたりします。
離れすぎです。
『あっ、そういえばさテッサ、また荷物が来てたわよ? ミスリルUSAの人事担当から箱でデーンと』
急な話題転換でしたが、ミスリルUSAという単語に眉がピクリと動いてしまう。
「あのですね・・・・・・今はそれどころじゃないと思うんですけど」
『でも生モノだからさ。とりあえずアンタにお伺え立てとかなきゃって思って』
「そういうのは、荷物を受け取るまえに聞いてください」
ジェリーおじさまが立ち上げ、そしてCEO兼社長の座に収まっている民間軍事会社こと、ミスリルUSA。
世界中で違法化されている傭兵業をあの手この手で法律の範囲内に収めてみせた、いわばモダンな傭兵派遣会社なのですが、実はわたし、そこの人事担当からずーーーーーーーーーっと、アプローチを掛けられていたりするのです。
人生に確たる展望もないまま、いたずらに人生を無駄にしているわたしを見かねたジェリーおじさまの親心。それは、痛いほど分かっているんです。
だったら俺の会社に来い。
なんとも豪快なお誘いで、そのお気持ちには感謝の念しかない。ですが世の中には、ありがた迷惑という言葉があるのもまた事実なのです
わたしに対しては、正攻法で攻めても無駄。的確にそんな戦術的判断を下せるあたり、ジェリーおじさまが名将たるゆえんなんでしょうが・・・・・・会社経営で忙しいせいなのか、わたしのスカウトをどうも人事担当に丸投げしたようなのです。
そしてわたしを口説き落とすべく、その人事担当さんが選んだ戦術が――プレゼント攻勢なのでした。
『おっ、いつものカードがあったわ。なになに、あー、もう電話番号しか書いてないわ』
「断られすぎて、文面を考えるのすら嫌になったんですね・・・・・・レモンさん」
諜報機関を辞めるあと行く宛もないということで、そのままジェリーおじさまにくっついてミスリルUSAの立ち上げに関わった知り合いのフランス人の顔を、わたしは思い浮かべてました。
当初こそ、自分の近況やらわたしを気づかう手紙のようなカードがプレゼントに添えられていたものでしたが・・・・・・その数も数百を越えれば、そろそろやってる方も飽きてきたのでしょう。
わたしの頑固さ、レモンさんならよく心得ているでしょうし。
もはや惰性で続けられているプレゼント攻勢。毎週、大量の荷物を運ばなきゃならない宅配業者の方にもご迷惑でしょうし、運び込まれてきたプレゼントで着実に部屋が圧迫されいくわたしだって、もう勘弁してくださいというのが本音なのです。
『ところでこのビール、飲んじゃってもいいわよね?』
「わたしがお酒を飲まないのは知っているでしょう?」
『というかこれ、露骨にあたしへの賄賂よね?』
「ついに外堀を埋めてきましたか・・・・・・」
ポップコーンが山と届き、これで当分つまみに苦労しないわとメリッサがゲハゲハ喜んでいたのは、つい先日のことでした。
正攻法を諦めて搦め手を使いだしてきた。さすがは諜報機関の出だけあります、やり口が汚い。
「昼間っから飲まないでくださいね」
『飲むわけないでしょ? クララもいるんだし。ところでなんか可哀想になってきたからさ、せめて電話ぐらい取ってあげたら?』
「ヤ、です」
早速プレゼントのビールにほだされている友人の提案を、わたしはすげなく跳ね除けました。
久々に会わないかと、懐かしさに任せるまま食事をしてみたら、そこで聞かされた露骨にすぎるミスリルUSAへの誘い文句の数々。
わたしを心配してくれるのは、本当に心の底からありがたいと感じるのですが・・・・・・要りませんよ、美形の秘書官なんて。だいたい副社長ってなんですか、副社長って。地位が高すぎて気後れするだけです。
そもそも、わたしはもう戦争に関わるべきじゃないんです。
民間軍事会社の主な仕事は警備業務ですけど・・・・・・わたしの才能は、あまりに他人に死をもたらすしか能のない代物なのです。ですから、近づいてはいけない。
まあ、そういった事情もあって最近では、着信拒否リストにおじさまの名前が登録されているのです。
その事実におじさま、かなり凹んでいるそうですが・・・・・・ここで情にほだされては、元の木阿弥。とりあえず当面は、心が痛むものの無視する他ないでしょう。
なにかやり口がどんどん巧妙化してきているので、不安ではあるのですが。
「ところで、そろそろ本題に戻りたいんですけど」
『え? なんの話だったけ?』
冷蔵庫を開け締めするかすかな音が電話から。
ビールに気を取られ過ぎ、わたしの額にちょっと青筋が立っているのが分かります。
「南米と麻薬産業は切り離せないとか、割とシリアスな話をしていたはずなんですけどね、わたしたち・・・・・・」
『ああそうそう。どうせ避けられないならいっそのこと逆に利用してやる。そういうハングリー精神をあたしは発揮してやったわけよ!!』
なにやら調子いいこと言ってますが、その結果が、
「ご覧の有り様ですか?」
本当は適当に予約しただけなんじゃ・・・・・・あんまりな事態に、ついついあらぬ疑惑を提起したくなる。
ですがわざわざ飛行機の最後尾にわたしを乗せたのは、いざ墜落という非常事態にあっても統計学的にわたしの生存率を上げられる最善の場所だから。そういうあえて語らない配慮を、わたしは察してました。
だからぐっとこらえて、彼女の出方を待つことにしました。
『大手航空会社が中南米路線を縮小させた矢先に、予約をとりつけたあたしの苦労も考慮してほしいわねえ』
「任しといて、任しといて、とか言って、安請け合いしたのはどこのどなたでしたっけ?」
『なら、創業から1年たらずで8回も航空事故を引き起こした
「もしかして・・・・・・選択肢ってその2つだけですか?」
『有能な悪魔VSただの無能ってやつね』
おぞましい対戦カードでした。
でもよくよく思い出してみますと、熟睡していたとはいえ、わたしが気づかぬほど静かな
もしや福利厚生が整いすぎているせいで、パイロットの皆さんが存分に操縦の腕を振るえるのはいいのですが、その代わり、お客がどうなろうと気にならないという社風が確立されているのかも・・・・・・あのフライト・アテンダントさんの態度から、そんなおぞましい想像が浮かび上がってくる。
だってメリッサの話が真実ならば、お給料の出どころはチケット代だけじゃなさそうですし。殿様商売おそるべし、という感じかしら。
とりあえず、顧客満足度ゼロという評価に偽りはなさそうです。だって掃除の邪魔だからさっさと出ていってと、ご無体な感じで追い出されちゃいましたからね、わたし。
ストレスで三つ編みを弄っちゃいますよ、もう・・・・・・。
『カルテルが経営してるわりに、マネー・ロンダリングに利用されてる形跡もなし。後ろ暗いところがあるとしたらせいぜい会社立ち上げための資金の出本だけってのが、ヤンからの裏情報だからね。信頼できるとは思うわよ?』
「ヤンって・・・・・・まさかヤン=ジュンギュ軍曹のことですか?」
メリッサとおなじくSRT要員の1人にして、わたしの指揮下にいた気の優しすぎる韓国系の男性のことが、久方ぶりに頭に浮かびました。
ヤンさんはなんといいますか、個性豊かにすぎるSRTの隊員たちの中ではとりわけ地味、ではなく目立たない・・・・・・いえいえ!! 決して悪くいうつもりはなくてですね? こう、その、えっと、縁の下の力持ちてきな地味で目立たない仕事を黙々とこなすことに定評がある、それはもう職人気質な・・・・・・地味めな男性でした。
他が濃すぎるせいでどうにも目立たいタイプだったものの、その腕は折り紙つき。
わたしのボディガードとして何度も行動をともにしてきたので、なんなら命を何度も救ってくださった恩人でもあるのです。
そういえば、ヤンさんっていま何をしているのかしら?
故人にばかり気を取られて、存命の隊員のその後についてはあまり詳しくなかったりする。ひょっこり連絡して邪魔になるのもなんですし。
ですが話を聞くかぎり、メリッサは今もヤンさんと連絡を取り合っているみたい・・・・・・でしたらちょうどいい機会です、ここ最近のヤンさんについて聞いてみることにしました
『アメリカで夢だったカーレーサーになろうと一念発起した矢先に、交通事故を起こして右足を骨折。まあその怪我自体は大したことはなかったそうだけど、アメリカの複雑怪奇な保険制度の闇に飲み込まれて、気づけば借金地獄。
んで今は、借金返済のために昔取った杵柄ってやつで、あたしの伝手で
「・・・・・・」
昔からこう、星の巡りが悪い方でしたけど。ちょっと見ぬまにそれを極めているような気が。
そもそもアメリカの市民権とかいつ取ったのですかとか、聞きたいことが山ほど頭に浮かんできます。あわせて、こんな重要情報をなぜわたしは知らないのかという自責の念も駆けめぐる。
これ、お墓参りどころの騒ぎじゃない気が・・・・・・先に、元隊員の追跡調査をすべきなのではないでしょうか? 不安になってくる。
『だからまぁ、信頼できる南米直送の裏情報に基づいて予約を入れたって寸法よ。ん? どしたのテッサ? ちゃんと聞いてる?』
「そ、それよりヤンさんは大丈夫なんですか? さっきから不穏な単語ばかりが飛び交っていてわたしは・・・・・・」
折しも、ヤンさんが赴任しているというコロンビアに居るわけですから、ここは予定を変更して、元隊員と早急に面談したほうがいいのかもしれません。
“ガスボンベ爆弾によって死者多数。ゲリラが犯行声明”なとど題して、先ほどから壁掛けテレビのなかで爆発炎上する車が映し出されてもいましたし。こういうニュースが日常的に流れる国というのは、元SRT隊員でも油断ならないと思うんです。
そんなわたしの心配する声に、急にメリッサは苛立たしげな唸り声をあげる。
『だぁ~もう!! いいテッサ!? あいつらはもういい大人なの!! 自分のケツは自分で拭ける奴らのことを、まだ酒も飲めないアンタが心配したってしょうがないでしょう!?』
「・・・・・・昔、そんな未成年に無理やりアルコール摂取させた悪い大人がいましたよね?」
ついつい反論してしまいましたが、我ながらピントがズレている気もします。
どうにもメリッサは、いまだわたしが16歳の女の子であるとみなしてるフシがあるのです。良き姉貴分として面倒見てやらなければ、そういう配慮の気持ちは一概に責められない。
ジェリーおじさまだって、そう。わたしはみんなに心配をかけながら生きている。それがちょっと苦々しくはある。
『そもそも、もう艦長でも大佐殿でもない小娘になにができるってのよ!?』
やり過ぎた。
そういう後悔の念みたいなものが吐息となって、衛星電話の向こう側から漂ってきました。
ですからお互いにクールダウンしましょうと、わたしは暗黙で示し合わせてみました。もう長い付き合いですから。
『・・・・・・助けて欲しいならさ、向こうからそう言ってくるわよ。それまでは・・・・・・あんたは、自分の人生のほうを心配しなさい。まだ若いんだから』
上っ面だけ見れば、うざったいだけの使い古された説教かもしれない。ですがメリッサの本心が分からぬほど、鈍感ではないつもりです。
「そのお説教の仕方、まるでお母さんみたいですね」
自嘲気味にそんなことを言ってしまう。
『・・・・・・ハイハイ。こちとら一児の母ですからねー』
ちょっと冗談めかして言い方。
メリッサはわたしよりずっと年上ですが、世間からみればまだまだ十分に若手の範疇です。
そんな彼女からすれば、人の心配ばかりして我が身を顧みないわたしの体たらくに、説教の一つや二つ、かましたくもなるでしょう。
申し訳ないと、素直にそう思う。
『・・・・・・ゴメン』
わずかな沈黙のあと、そんな呟きが電話口から聞こえてきました。
「いえ、こちらこそすいません。これはわたしの問題ですから、メリッサが謝ることはありませんよ」
そう、わたしだけの問題なのですから。
本来ならこのお墓参りだってワガママの部類なのです。メリッサが手伝ってあげる義理なんて微塵もない。それでも彼女は、会社設立で忙しい合間を縫って、チケットを予約してくれた。
そう、感謝こそすれ文句をいう筋合いはないのですが・・・・・・それはそれとしてやっぱり腹たちますね、あの会社。もう二度と利用したくありません。
『あぁ〜イヤだ、イヤだ。あたしも説教臭い大人の仲間入りとはねぇ〜。なんか、ドッと年食った気分だわ』
「化粧品の量も、年々ふえてますしねぇ」
いえわたしとしましては、微笑ましいガールズトークのノリだったんですよ? ですがこれは禁句、いえそれどころか、虎の尾を踏むような行為だったのです。
衛星経由で、はるかニューヨークより届けられてきたその笑い声に、わたしの背筋はビクンと反応してしまいました。お肌の曲がり角をとうに通り過ぎて焦る女の執念というやつは、何よりも恐ろしいものなのですよ。
『うふふふ・・・・・・』
無性に、ああ!! 野生の
おそるおそる、電話越しに尋ねてみる。
「あの・・・・・・メリッサ?」
蚊の鳴くようなわたしの問いに返ってきたのは、怪しげな預言者のようなおどろおどろしい声音でして。
『終わりの始まりは唐突に訪れるものよ・・・・・・そう、唐突にね』
怖いですってば。
『若いから大丈夫だなんてタカを括ってると、おや? 目元に見慣れないシワが一本・・・・・・こすっても、こすっても消えるどころかどんどん伸びていって――』
「分かりました、分かりましたから!!」
本当にあった恐ろしい話とはこのことでしょうか。
巷にあふれる怪談話と異なりノンフィクションの可能性があまりに高すぎて、恐怖は8割増しといったところ。
一通り人を怯えさせて満足したのかメリッサの声は一転、明るいものに変わりました。
『思い知ったなら、若さにかまけていられるうちに新しい出会いでも探したらどう?
あっ、ただしむこうから仕掛けてくるようなナンパ男なんぞに慈悲は無用!! 見定めるのはあくまであたしら女の側よ、そんな下心丸出しの輩は叩っ斬っておやりなさい!!』
なにやら話が変な方向に進んでました。
ジェリーおじさまもそうですけど、とりあえず男を充てがっておけばいいなんて、メリッサの発想もマッチョなんですから。これも軍隊生活の弊害かしら?
そのナンパ男の代名詞みたいな人と結婚したのは誰ですかと、ちょっと問い詰めたくなりましたが、自制心が勝りました。カレーの隠し味で離婚するなら、わたしの軽口だっていつ爆弾に変貌することか、知れたものじゃありませんから。
昔の癖がぬけず、今でもついついウェーバーさん呼ばわりしてしまうメリッサの旦那さんは天性の風来坊ぶりを発揮してか、ここ最近はほとんど家に居着いていませんでした。
わたしが荷造りしてる時点ですでに行方不明でしたから、ただでさえメリッサ宅には不穏な空気が漂っていたのです。ここであえて地雷を踏みに行くなど、馬鹿のすることですよ。
ふと気づく。なんてことかしら・・・・・・当人たち以上に、わたしの方が夫婦仲に気を使っています。
『あのむっつりへの字口より良い男は、ごまんと居るはずよ?』
ですがまあ、向こうがこちらの地雷を踏みぬいてくるなら是非もありません。
禁忌のワードを聞かされ、ちょっと自分のこめかみ辺りがヒクついたのがわかりました。
「美容品の効能、その実態について詳細なレポートが欲しいんですね?
なるほど分かりました。
『だぁもう、悪かったわよ!! これはお節介にすぎる老婆心!! 宣戦布告じゃないってば!!』
砕けだ口調からして、どうやらこれで完全に不穏ムードは終わりのようでした。
手痛い失恋を2度も重ねた女に向かって、これはちょっと無遠慮すぎる言い草だと思われます。
この兆候どうにかならないものかしら?
実のところ、この男を充てがってどうこうというのは、週一で
ありがた迷惑もここまで重なると、ため息しか残らない。
『でもさ、これもまた運命ってやつだと思うわよ?
死んだやつはいつまでも待ってくれるんだからさ。墓参りなんか後回しにして、思わぬ旅路で新たな出会いってやつを経験するのも、そう悪くない話だとはあたしは思うわけよ? 最近のあんたを見てるとなおさらにね』
それってつまり、難しいこと考えずに旅行気分で楽しめと。しきりに今のハワイはいいぞとか旅券送りつけてきたジェリーおじさまと発想がまるで同じでした。
メリッサたら、なにも内面までおじさん臭くならずとも。これを言ってしまったら色々とあとが怖いので、胸の奥に鋼でコーティングして沈めておきます。
「そうはいいますけど・・・・・・」
『大丈夫、大丈夫。一時期を思えばコロンビアの情勢も安定したっていうし。
南米でも屈指の風光明媚な土地で、ちょっと羽根を伸ばしてリラックスするって考えれば、ほらアクシデントだって楽しめるってもんよ。
それに、いざって時には頼もしいボディガードもいることだしね』
なんともお気楽な口調にわたしは、ああ、やっぱり気づいてなかったのかと心の中でため息をついてしまう。
女の1人旅というものがいかに危険であるかは、よーく存じてますとも。とくにわたしは、怪しげな組織に狙われる心当たりが多々あるわけで。
ですから、この全世界を舞台にしたこのお墓参りの旅では、いつだって頼れるボディガードを帯同させていたのです。
黒服でサングラス姿の屈強な男性方とか、そういうよくあるボディガードよりもはるかに頼りなる存在。AIであり、わたしの友人でもあるアルによって遠隔操作されている、今のところ世界唯一の歩兵サイズのASたる――アラストル。
まあ、歩兵一個小隊ぐらいならこれ1機でどうにかなるので、わたしも安心してぽこぽこ世界中を出歩いていたのですが・・・・・・
「それが、いないんです」
『はい?』
電話からは、そんな素っ頓狂な声が聞こえてきました。
身長2mを越える長身ながらも、厚手のコートで誤魔化してあげれば、かろうじて寒がりな大男で騙し通せるようなアラストルなのですが・・・・・・やはり、飛行機の乗客席にそのままというのは無理がありました。
だって、金属探知機を通り抜けられませんもの。
よしんば通り抜けられたところであの顔では、座席に
ですからちょっと心苦しいながら、業務用冷蔵庫扱いの木箱に収まってもらい、貨物扱いで運んでもらうのがいつもの手だったのですが・・・・・・。
「ほら、搭乗便を間違えたのはわたしだけですから、貨物扱いのアルは当初の予定通りにブラジルに運ばれてしまって。
実は彼と連絡取れてないんですよね。通信状態が悪いのかしら? 向こうで余計な騒ぎにならないよう、アル本体と今のうちに相談しておきたいのですけど・・・・・・あのメリッサ? 聞こえてます?」
『・・・・・・ごめん、ちょっと待って』
すーはー、すーはー。なにやら深呼吸する音が衛星電話から聞こえてきました。
『つまりこういうこと? 肝心の護衛役だけブラジル入り?』
「そういうことになりますね」
『老舗のカリ・カルテルと新興のモンドラゴン・ファミリアが地獄の縄張り争いしてるコロンビアで、あんた1人きりってわけ?』
「さっきまで情勢が落ち着いたとか言ってませんでしたっけ?」
その返答は、沈黙でした。
しばし間をおいて、すぅと、息を吐くための下準備の音が聞こえたかと思いきや、すぐさま衛星電話が爆発しました。海兵隊仕込みの叫び声のせいで。
『ちょっとどうすんのよそれぇぇッ!!』
耳がキーンとするほどの大声が聞こえ、わたしついつい衛星電話から耳を離してのけぞってしまった。
これまでの余裕綽々なメリッサの態度は、どう転んでも最後はアルがなんとかするでしょ? という、心の余裕あってこそのものだったようです。
こちらの危機的状況にやって気がついて、それはもう分かりやすく動揺していました。
人は変わるものです。特に妊娠したあとのメリッサは、新しく心配性という厄介な属性を会得してしまっていて。
つまりは、彼女も母親になったということなんでしょう。
ですから一概に悪いとは言えないものの・・・・・・ときおり、ひどくウザったく感じられるのもむべなるかな。現に今も、電話の向こう側で分かりやすく壊れてましたし。
『生まれたてのハムスターにも負けるような鈍くさのあんたが、麻薬王国に1人きりでどうするつもりよッ!!』
「さすがにハムスターには勝てると思いますよ?」
幼稚園児以下ですかわたしの戦闘能力。むしろ、どうやったら負けられるのか知りたいものです。
『そういうのは何もない床で蹴躓かなくなってからのたまいなさいッ!! ところで・・・・・・さっきからピーピーいってるこれは何?』
「えっと、お願いですからこれ以上、動揺しないでくださいね? 実は衛星電話のバッテリーがさっきから切れかけでして」
『ちょっとおっ!!』
「ですから・・・・・・」
『うっさいわ!! 黙って聞く!! 残量あとどのくらいよ!?』
「最後の一本が先ほどから点滅しっぱなしです」
慌てふためく彼女に反して、わたしの方はそこそこ余裕がありました。
「心配はご無用ですよメリッサ。空港の受付デスクの対応はアレでしたけど・・・・・・そのあと本社の方に電話を掛けてみたら、わりかしトントン拍子に話が進みまして。
振替便の手配が終わるまで、どうぞホテルでごゆるりとお休みください。お代はすべてこちらで持ちますので、って」
『・・・・・・あのね、そういうことは早く言いなさいよ』
「言ってませんでしたっけ?」
『あんた、ときどき妙な茶目っ気を出すわよね・・・・・・ハァ。
ま、それはいいけどさ。その手配されたホテルの名前は? 訳のわからない安宿とか手配されても、女の一人身じゃ危ないだけよ?』
「グランドハイスト・アギーラカルバとかいう、最寄りのホテルだそうです」
わたしとしても、事前情報まるきり無しにいきなりホテルに直行とかは気が引ける。その理由は、先ほどメリッサが述べたとおりです。あの顧客満足度が低い航空会社の社風からして、訳のわからないホテルを手配されてしまう可能性も多分にありそうでしたから。
いざとなったら自腹を切って、ちゃんとしたホテルに泊まるしかないでしょう。
衛星電話越しに聞こえてくるキータッチとクリック音。ネットとは便利なものです。
『うわ、なによこれ』
字面だけだと勘違いされそうですが、メリッサの口調はどん引きのそれでなく、驚愕の色が強かったのです。
「そんなに・・・・・・良い、ホテルなんですか?」
どうやら画面をスクロールしているらしいメリッサが、わたしの質問に答えていきました。
『良いっていうかさ、本当にここで間違いないの? 写真だけだと宮殿にしか見えないんだけど』
そこまで・・・・・・ですが記憶力に自信のあるわたしです。ホテルの名前程度、間違えるはずもない。
電話に出てきたちょっと機械ぽい――なにかしら? そういう風に社内で教育でもしてるのか? 例のフライト・アテンダントさんとよく似た声音をした航空会社の女性が指定してきたのは、確かにこのグランドハイスト・アギーラカルバなるホテルなのでした。
『ふーん、ヒルトンとかのホテルチェーンとは違って、地元の企業が10年ちょっと前に立ち上げた、わりかし歴史の浅いのホテルみたい。
ただし実績は十分。政府ご用達として、重要な会談の舞台として何度も使われてきたそうよ。
ところで、先方から部屋のグレードとか聞いた?』
「いえ、とにかく手配しておくからの一点張りで」
『そこはちゃんと聞いておきなさい。もうミスリルが建て替えてくれたりしないんだからさ』
「あの、意味深すぎて怖いんですけど・・・・・・」
やっと庶民感覚を手に入れてきたわたしです。聞くかぎりどうもこのグランドハイスト・アギーラカルバ、高級ホテルの部類に入るみたいで・・・・・・もし何らかの手違いがあって、ホテル代を払う羽目になってしまったらどうしましょうかと、セール品という言葉に心ときめくようになってきたわたしは、そんな貧乏くさいことをすでに考え始めていました。
『テッサ、王様の暮らしぶりって想像できる?』
「わたしは1日の締めにおしるこドリンクをくーと煽って、ささやかな幸せに浸るだけでも満足できてしまう、割りかし安上がりな女を自認しています」
『数十億ドルもする潜水艦を作っておいてよく言うわ』
「桁が1つ足りてませんよ」
具体的にはゼロが1つ不足しています。
『・・・・・・なるほどね。ま、泊まる先はここでいいか、どうせタダだし』
メリッサが太鼓判を押してくれるなら、わたしとしても、宿を探す手間がはぶけたと喜ぶべきなんでしょう。
「警備面でも高級ホテルなら安心でしょうしね」
『テッサ、あんたは海戦のプロかもしんないけど、特殊作戦はあたしの領分よ。
だから言わせてもらうけど、本物のプロは場所を選ばない。難易度は上がるでしょうけど、高級ホテルが舞台でもパッと10は誘拐の方法が思いつく』
「・・・・・・ですが、それを言い出したらもう大使館ぐらいしか安心できる場所がありませんよ」
『正直、大使館に泊まり込んでくれた方がよっぽど安心できるんだけどね。
でもそれはテッサだってイヤでしょ? だからこれが妥協点。こっちで護衛を手配してあげる』
「妥協、ですか。そこまで言い切るとなると、譲歩の余地はないってことですね・・・・・・」
『あったりまえでしょ? あたしに迷惑がかかるとか、変な気を回さなくていいからさ。
麻薬カルテルも質悪いけど、コロンビアには誘拐ビジネスで財を成してるゲリラがごまんと居んのよ。だから個人的な護衛は必須。たとえ振替便が見つかるまでの、僅かな期間だとしてもね』
最近は心配性がすぎるメリッサですけど、彼女のプロとしての意見に逆らえるほど自惚れてはいません。
過剰な対応で済めば、むしろそれで良いのです。いざ必要になった時に打つべき手が打てないよりは、ずっとマシ。
「分かりました。とりあえずホテルに向かって、チェックインしたらすぐカギでも掛けて部屋に立て籠もっておきます」
『それで正解。伝手をつかって護衛を手配するつもりだけど、なにせいきなしだからね。そっちと合流するまで時間がかかるかもしんないわ』
「その護衛ですけど・・・・・・どなたに依頼するつもりなんですか?」
『うん? そんなの決まって――』
「あっ」
という肝心なところで、バッテリーがお亡くなりになってしまいました。
教訓は色々あるものの、とりあえず事前にバッテリーの減り具合を確認しておかなかったのは痛恨のミスです。旅慣れたなんて気取っていたせいで、どうやら初歩的なところがおろそかになっていたみたい。反省。
ですがまあ、これで当面の方針は決まりました。
ポシェットにバッテリー切れの衛星電話をしまい込んでから、ついでに充電器の存在も確認しておきます。ここらへんは抜かりなし。ホテルにたどり着けば、充電の機会も訪れることでしょう。
バッテリーが復活したらいの一番にメリッサに電話をすること、そして感謝を伝える。そう心の中のメモ帳に書き記す。
それにアルとも連絡を取らなくちゃ。所詮アラストルは衛星経由で遠隔操作されているだけでの人形みたいなもので、本体たるアルが機体内に詰まっているわけじゃないんですけど・・・・・・それでもブラジルの空港で1機たたずむ業務用冷蔵庫(?)というのも可哀想な話ですし。合流するなり、先にニューヨークに帰ってもらうなり、ちゃんと手を打っておかないと。
まったくやることが多すぎる。アクシデントとはそういうものですが・・・・・・ほんの一便乗りそこねただけでこんな大惨事になるとは。人生、一寸先は闇とはまさにこのことですね。
ポシェットの中をさらに漁る。
電話の収納よし。パスポートもよし。コロンビア・ペソに両替済みの現金が詰まったお財布もよし。空港の中にあった本屋さんで買った、現地の情報盛りだくさんな本も、よし。
残念ながらアラストルと一緒に着替えの詰まったトランクはブラジルに行ってしまったので、当面は着の身着のままです。まあ、どうせそう長く滞在するつもりはありませんし、最悪このままでも構いません。
振替便が見つからず何週間もコロンビアに立ち往生ですとか、まさか起こりえないでしょう。おそらく明日までには、ブラジルにまた迎えるはず。
あとは・・・・・・丸められた帽子と、ポシェットの底のほうでコロコロ転がっているメガネケースもよし、と。
視力は良好なものの、わたしは白色人種ゆえに虹彩の色が薄いため南米のように日差しがとっても強い国に行くときには、サングラスが手放せないのです。
メガネケースからサングラスを取りだしつつ空港から一歩出ますと、途端にむわっとした湿気と熱気のダブルパンチに襲われてしまう。もちろん、肌を焼くような日差しもセットでした。
どうしようもなく童顔だからサングラスってあまり似合わないんですけど・・・・・・やっぱり必要ですよねと、おもむろに装着していく。
まだ朝早いというのに太陽の奴ときたら、やる気満々です。立っているだけなのに燃え尽きてしまいそう。
四季がちゃんとあるアメリカや日本と異なって、コロンビアの気候はなんでも一年を通してほぼ一定なのだとか。
高地ではつねに冬着姿でなければ耐えられないほどに寒々しく、海がすぐそばにあるような低地、すなわちこの空港周辺ですとかは、まさに南米の名に偽りなしな暑さが年中つづいていくのだとか。
わたしはサングラスのフィルター越しに、コロンビアの町並みを眺めてみました。そこには、異国らしい風景が広がっていた。
平べったい市街地を巨大なジャングルが取り囲んでいます。
ギンギラギンの近代的なビルのすぐ横には、100年前からそこにあったに違いないコロニアル様式の赤レンガでできた建物がどこまで伸びている。その一方、目を凝らして遠くを睨んでみれば、丘陵地帯には重なり合うようにトタン板でつくられたスラム街が目にとまる。
わたしは土地には特有の色があると考えているのですが・・・・・・そこにくるとニューヨークが寒色だとしたら、ここはどこまでもオレンジがかって、どこか陽気に見えました。
不思議なものです。貧富の差がここまで分かりやすく同居している街並みは世界広しといえどそうはない筈なのに、社会の歪さよりも、先に強かさを感じてしまうなんて・・・・・・これが土地柄というものなのかしら?
あっ、いけない、いけない。いつまでも感慨にふけってもいられない。
景色を眺めるのを一旦やめにして、わたしは最寄りのタクシー乗り場へとえっちら歩いていきました。すると、強い日差しにくらっと頭が茹で上がりかけてしまう。
サングラス姿だけでも割と怪しげなのに、ここに帽子までという躊躇は大間違いでした。これは危ない。
わたしは慌てて、ポシェットから思い出の品である帽子を取りだして、頭に被せていきました。今は亡きトゥアハー・デ・ダナンからかろうじて持ち出せた、数少ない品のひとつ。TDD-1と印字された、潜水艦のキャップを。
サングラスで目元を隠し、およそ女物らしくないキャップを被る、ちょっと不審者チックな女。お気に入りの白いワンピースがそのイメージを弱めてくれると良いのですがと祈りつつ、わたしは再びタクシー乗り場めざして歩いていきました。
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