XIV “戦争の犬たちを放て”

【“アンサー”――埠頭、コンテナヤード上】


 フェイス・レスの光学カメラは普段、機体内部に格納されています。


 そもそも無人機として開発がスタートした当機は、その当初から人間的な要素ヒューマンファクターが蔑ろにされてきた、とも表現できるでしょう。AIからすれば広い視界より、0と1で書かれたコードのほうがよほど理解しやすいのですから。


 とはいえ、それではあまりにユーザーフレンドリーで無さすぎる。誰よりも――私たちにとって。


 フェイス・レスの望遠レンズを通して、私たちはずっとテレサ=テスタロッサの動向を観測していました。ASがこさえた大穴の縁に立って、こちらをまっすぐに見据えてくる顔をアップで眺める・・・・・・かなり精神的なショックを受けてる様子。


 ですが、闘志はまるで失われていないのも同時に見て取れる。まったく困ったものです。これでちょっと突いた程度で精神の均衡が崩れるようなか弱い女性であったなら、話はもっと単純だったものを。ふむと、人知れずため息のひとつぐらいつきたくなる。


「作戦は失敗ですかな?」


 しゃがれた老人の声が、背後から掛けられました。年相応の渋い声。ですがその声の裏に潜んでいる確固たる自信が、老人に若々しいイメージを与えていた。


 ヘッドギアの音声認識にささやきかけて、フェイス・レスからの映像を中断。自分自身の目で、今立っているコンテナの山の頂をながめました。それから、つい先ほど私たちへと話しかけてきた眼帯姿の老人――ミスリルUSA社の南米支社長たるMr.クルーガーへと向き直る。


「ご迷惑をおかけします」


「いやはや、新CEOにそう畏まられては、部下としての面目が立ちませんな」


 右目を覆う眼帯もそうですが、軍服の代わりでしょうか? 使い古されたレザージャケットが盛り上がるほどの屈強な肉体もあいまって、伝説の傭兵なんて、ステレオタイプをイメージしてしまう。


 60代の始めでこれとは・・・・・・古強者、こんな表現がこれほど似合う人物もそうはいないでしょう。


「どうやら、こちらの潜入工作員スリーパーが先走ってしまったようです」


「ふむ。それでASが暴走したと?」


 確かに関連性が見えづらい話でしょうが、ちゃんと説明すると不利益のほうが多くなる。それとなく話を先に進めることで、はぐらかすことにしました。


「ですがハイ・バリュー・ターゲット高価値目標――の姿は確認しました。あの船に確かに居る・・・・・・それが分かっただけでも上出来でしょう」


 いつものように、もっともらしい嘘を吐く。


 嘘というのは、常に綻びをうちに秘めているもの。ちょっと視点を変えるだけでアリバイは崩れ去り、真相へとたどり着かれてしまう。だからこそ、私たち姉妹は力を合わせる必要があったのです。


 私たちの手によって大掛かりな改修が施されたこのフェイス・レスには、複数の役割がありました。単純な護衛役、今回のような特殊作戦用の機材・・・・・・ですがフェイス・レスの本来の役割は、通信デバイスだったのです。


 あの大柄すぎる頭部に収められていた、無意味にオーバースペックすぎたイージス艦クラスの対空レーダーを外し、変わって搭載された9姉妹ナイン・シスターズ印の通信デバイス。


 ミスリルに習って、カッコいい名前のひとつでも付けておけば良かったかも知れませんが、名前というのは他者に伝えるために付けるもの。私たちが9人で1人の生を生きる限り、そんなものは不要でしょう。だからただ通信デバイスとだけ呼びましょう。


 “共振”には、有効範囲があります。ですから私たち姉妹が人格を共有したい時には、互いに目に見える範囲内に居る必要があった。ですがそれでは、あまりに不便にすぎる。


 世界中の組織に私たちが浸透していくにつれて、その面倒臭さは死活問題へと変わっていった。ですからこの通信デバイスが誕生したのです。


 かつて手に入れたTAROS設計図を基に、“共振”の出力をあげる増幅器。1機だけでは出力不足でも、9機が互いにネットワークを形成すれば、なんとか世界全体に“共振”の有効範囲を広げることができる。


 9人に1機ずつで、計9機・・・・・・別に狙った数字ではありませんでしたが、このニアミスは、喜ばしいものでしょう。


 この通信デバイスのお陰で、すでに記憶の共有は終わっている。仮にクルーガー隊長が命令の真贋を疑って探りを入れたとしても、すでにインターポールに努めている私たちの1人が、それに対応する偽の報告書を作成している。


 ひとつひとつの嘘は稚拙でも、それが国境をまたいでグローバルかつ有機的に展開されれば・・・・・・一個人の力では到底、暴くことはかなわない。


 まして私たちの通信方法はけっして痕跡を残さず、誰にも探知できないのですから。秘密結社を作るのに、これほど理想的な通信方法もないでしょう。


「クルーガー隊長。あなたに、このフェイス・レスをお貸ししたいのは山々なのですが」


 ですが、それはそれで不都合なのです。正直に申しますと――この作戦が上手く行き過ぎても困るのです。


「これはそもそも無人機でして。大量破壊ならまだしも、細かい作業は苦手なのです。ですから目標HVTの確保に関しては・・・・・・」


「ご心配なく、そのためのミスリルUSAです。ご依頼どおりに必ずや、テオフィラ=モンドラゴンを生け捕りにしてみせましょう」


 頼もしい限り。ちょっと足を引っ張っておく必要があるかもしれませんね。


 クルーガー隊長が片目で、フェイス・レスの巨体を見上げました。


「この機体もまた、ミスリルの置き土産ですかな?」


 好奇心は猫を殺す。そういう物騒な言い回しされても、この古強者はきっと笑って受け止めるに違いない。とはいえこちらは、あのコッファー=ホワイトすら手玉に取ったのですから、素知らぬ顔をして答えていく。


「あまりご詮索なさらず。そこら辺をほじくり出すと、あちらのM9“ガーンズバック”だって、厳密には違法な品なのですから」


 かつて南米を根城に活動していたミスリル南大西洋戦隊、通称“ネヴェズ”は、なかなかに慎重な部隊であったようです。いざという時のためにこのM9と予備パーツ一式を、ボゴタ市内のさる車庫の中にずっとひた隠しにしていた。もっとも、そのいざっという時にちゃんと活用できなかったあたり、底が見えていますが。


 そんな死蔵された機体を再発見したのは、誰あろうミスリルUSA社の前CEOだったジェローム=ボーダ元提督でした。


 思い返せば、憐れなお人です。


 みずからの理想を追い求めるべく、住み慣れた軍を離れてミスリルの創設に関わった人物。そして今またミスリルUSA社なんて会社を立ち上げて、過ぎ去った過去の理想を追い求めたひとりの男。


 彼に誤算があったとすれば、資本主義社会キャピタリズムという怪物は、高邁な理想にすら値札をつける存在だった、その一語に尽きるでしょう。


 ゆくゆくはこの会社を足がかりにして、国際救助隊としてのミスリルを復興する。そんな夢は、金勘定にしか興味のない投資家たちからすれば、毛ほどの興味も惹かないものでした。


 “ママ”の教えは、まだ生きている。敵の欲望を見定めてそれを利用する。


 私たちはボーダ元提督の欲望に寄生して、失われてしまった直轄の暗殺シカリオ部隊に変わる、新たな実働部隊を作り上げさせた。そして成果が出揃ったころで投資家たちの耳元にささやきかけて、より多く儲けられる人材へと社長の座を譲らせた。つまり私たちに。


 カネMONEY・・・・・・まさに欲望の王道ですね。


「どうですクルーガー隊長?」


「何がですかな?」


「正直な感想をうかがいたいのです。このCEOの交代劇はクーデター同然、社員のなかには、私たちに反感を覚えている者も居るのでは?」


「ゼロとは言いますまい。ですが、前CEOはしょうしょう理想主義が過ぎましたからな」


「放蕩経営ではなかった筈ですが?」


「ですが何を勘違いしてたのか、今だに星条旗を背負った制服軍人気どりだったのには、困り果てたものですよ。

 我々は傭兵マーセナリーなのであって、国家に忠誠を誓った兵士ソルジャーではない」


「おや? 意外と不満を抱いていたようですねクルーガー隊長?」


「我が社の財源は無限ではない。最高品質でなくとも、有用であれば使うべきだ。なのにあの人ときたら・・・・・・せっかく出物のヘリがブラックマーケットで売りに出されたというのに、西側製じゃないからと拒否されたときには、正直なところ腸が煮えくり返りましたよ。

 あの調子では、いずれ理想のために兵を飢えさせていたでしょうな。空中戦力があればあのようなコンテナ船、とうに落としていたものを・・・・・・」


 世界最大の軍隊から、無限の財源をゆうする秘密組織へと移動したボーダ元提督にとって、金勘定はいつだって二の次だったのでしょう。それが不満を生んだ。


 結局これが、ボーダ元提督の限界だったのでしょう。優れた戦士でしたが、骨の髄までアメリカ合衆国の軍人という型にはめられ、そこから抜けだす術を知らなかった。


 だから悪意ある第三者に、いいように利用されてしまう。例えば――私たちに。


「ですがこのM9だけは例外ですな。ボーダCEOには、ずいぶんと振り回されましたが、その帳尻もこれなら合うというもの」


 そう言いながら眼帯の老兵が、誇らしげに鋼鉄の巨人を見上げました。


「たった1機だけですが?」


「これ1機で、並のAS100機分の働きができますとも。まあ、とくとご覧ください――新生ミスリルUASの、初陣というやつをね」


「頼もしい限り」


 ヘッドギアが急に、警告表示を私たちの網膜へ投影しました。


 あらかじめ設定していた通りの反応。どうやら私たちにとってのジョーカーであり、と同時に大いなる不安材料でもあるクルツ=ウェーバー氏が騒ぎを起こしたようです。


 フェイス・レスにマークさせていて大正解。フェイスレスの頭部に隠された光学カメラが一斉に鋼鉄製のまぶたを開き、コンテナの裏側でなにやら騒いでいるウェーバー元曹長の姿を映しました。


 コンテナの屋根に溜まっている水たまりの微かな振動から声だけでなく、推定される人物の姿までもシミュレーションする、国防高等研究計画局DARPAでも先ごろプロトタイプが完成したばかりの一品。


 まさかそんなハイテク機器でコンテナ越しに盗聴されているともつゆ知らずに、3D化されたクルツ=ウェーバー氏が別の人影に食って掛かります。


 仮想集音マイクの音声が、ヘッドギアを越しに耳へと届く。彼がネイティブ・アメリカンの血筋を引いているうちの社員とどのような口論をしているのか? そのすべてに聞き耳を立てていく。


『よう、サンダラプタ。お前さんもこの会社に入ってたなんてな』


 昔なじみへ話しかけるにしては、ウェーバー元曹長の口調はやや刺々しいものでした。


 ロジャー=サンダラプタ。すぐさまフェイス・レスが、個人データを網膜に投影してくれる。


 かつてウェーバー元曹長とおなじくミスリル西太平洋戦隊に属し、コールサイン“ウルズ5”の名のもとで北朝鮮での人質救出作戦をはじめ、さまざまな戦いを歴戦。ついには、ミスリルが完全に消滅するまでテレサ=テスタロッサに付き従った、忠臣中の忠臣とも呼べる人物でした。


 もっとも現在の肩書は、ミスリルUAS南米支社のチーフ・マネージャーへと変わっていましたが。


『・・・・・・久しぶりだな』


 Mr.サンダラプタが、無愛想な巨漢という見た目そのものな言葉づかいで返します。


『それだけか? 戦友との再会について、もっと他に思うところがあるんじゃないのか?』


 ウェーバー元曹長は、不満と疑念を隠しきれていませんでした。


『テオフィラ=モンドラゴンを拘束しろ、ねえ。それが真っ赤なウソだってことぐらい、アフガンくんだりまで出向いて核ミサイルの発射を阻止したあんたなら、分かりそうなもんだけどな』


『・・・・・・あれは、マオ少尉の功績だ』


『そういう話じゃねえよ。ギャラなんて貰ってない、それどころかリスクしかねえってのにテッサに従って、好き好んで世界の果てまでついて行ったあんたが、てめえの上官の顔を見間違えるはずがない。違うか?』


『・・・・・・他人の空似ではないと、そう言いたいのか?』


『実際そうだろ』


『・・・・・・そうだな』


『ならどうして!!』


『・・・・・・カネのためだ』


『はっ!! 馬鹿言うなよ・・・・・・お前がそんなくだらない理由のために、テッサを売るわけがねぇ』


『・・・・・・ウェーバー、人生は続いていく。その時、その時に、守るべきものも変わっていく。お前にも家族ができたんだろう?』


『・・・・・・その家族があの船に乗ってんだよ』


『・・・・・・そうかもしれん。だが、俺の家族ではない』


 まるでピクセルアートのようにあやふやな3D映像が、コンテナの陰からMr.サンダラプタが姿を現した途端、ハッキリとした高解像度のカメラ映像へと切り替わる。


 もうフェイス・レスで盗み聞きをする必要もないでしょう。自らの頭からヘッドギアを取り外して一振り、鳥籠の形に戻してから、コンソールを兼ねた底面へと静かにおろしていく。


「・・・・・・指揮官CO


 そうMr.サンダラプタが、クルーガー隊長へ呼びかけました。


「ふむ、副官XO。どうした?」


 民間軍事会社は法的に、軍服の着用を禁じられています。ですがどれほど法律で縛ろうとも、やってることは軍隊そのもの。実態は傭兵集団に過ぎませんから、このように内部では当たり前のように軍事用語が使われていました。


「・・・・・・編成終了、全隊いつでも出られます」


「相変わらず見事な手際だな。そつが無い」


「・・・・・・ありがとうございます。ですが」


「みなまで言うな」


 そう言いつつ、クルーガー隊長はAS用のパイロットスーツに付属するヘルメットを足元から拾い上げました。


「若いものにばかり矢面に立たせられない、そんな老兵の我儘なんだ。若人はやれやれと肩をすくめるぐらいが調度いい」


「・・・・・・あのM9はそもそも、ミスリル用に作られた先行量産型です。万人向けに調節された現行機に比べて、操作の難易度は格段に高い」


「儂には扱えん、か?」


「・・・・・・そうは言いません。自分は指揮官COのことを、誰よりも尊敬しているつもりです」


「ならば、それに応えなくてはならないな」


 M9へ搭乗すべく歩み去ろうとするクルーガー隊長が、ポンと自分よりも一回り大きい巨漢の肩を叩きました。


「全隊の指揮は任せる。いずれは、お前が背負って立つ隊なんだ、今のうちに慣れておかんとな」


「・・・・・・はっ」


 多くは尋ねず、与えられた職務だけはキチンとこなす。彼らの存在意義であるプロフェッショナリズムというものは、私たちの目的にとってこれ以上なく好都合な存在でした。


 ですが、その前にちょっとした注意事項を伝えないと。


「クルーガー隊長、言い忘れてましたが」


「何でしょうかCEO?」


「こちらの潜入工作員からの情報で、どうやらテオフィラ=モンドラゴンの周囲は、護衛部隊によって固められているらしいのです」


「ボスの奥方なのです、当然の対応でしょうな。それが噂に聞くモンドラゴン・ファミリアの尖兵、護衛隊エスコルタというやつですかな?」


「まさしく・・・・・・ですが問題は、その年齢層です」


「年齢層?」


 あまり演技は得意ではないのですが、憂いた表情という奴をすこしばかり作ってみました。


「少年兵問題は、麻薬戦争にも付き纏っているということですよクルーガー隊長。なんでもテオフィラ=モンドラゴンの個人的な意向もあって、護衛にはかなりの数の少年少女が含まれているとか」


「・・・・・・あまり楽しい想像ではありませんが、部下たちに子どもを殺すぐらいなら死ねと、命ずるわけにもいきますまい」


「無論です。ですがたちの悪いことにあるDEAの報告書によれば、敵は、子どもだからこそ取れる戦術を多様してくるのだとか・・・・・・助けてくれと相手が泣き叫んでも容赦は無用。引きつけた上で自爆するぐらいの芸当、平気でやりかねません」


「それがカルテルのやり口ですか」


「まさしく。ですが、くれぐれもテオフィラ=モンドラゴンだけは傷つけないように。すべてが台無しになってしまいますので」


 正規軍ではとても選択できない戦い方も、合法と非合法の狭間にいる新世代の傭兵たちであれば、実行することができる。


 クルーガー隊長は自分の道徳感情を押し込めてから、こう言いました。


見敵必殺サーチ・アンド・デストロイ、ですか」


 気の進まなさそうな口調でしたが、それでもプロらしく、クルーガー隊長ならばキチンと仕事を果たしてくれるでしょう。


見敵必殺サーチ・アンド・デストロイで、お願いします」


 さて・・・・・・Ms.テスタロッサの鋼の意志もどこまで通用するでしょうか? 命懸けで守ろうとした子どもたちが目の前で、それもかつての戦友たちの手で鏖殺されれば、その心も多少なりと砕けるに違いない。









【“テッサ”――デ・ダナンⅡ、ブリッジ】


「配置はどうですか?」


 目を離すわけにもいきませんから、一緒にブリッジまで連れてきた鳥籠の少女の手足をノルさんがダクトテープで拘束していくのを横目で眺めつつ、わたしは手元の無線機にそう呼びかけました。


『ウルズ9、配置につきました』


『ベリンダですわ。そのウルズなんちゃらって、カッコいい名前は貰っていませんけど、ケティねえと一緒にいま、サーバールームに移動しました』


『こちらハスミン、変わらずみな機関室に。ここなら安全かと』


 鳥籠の少女の拘束を終えて合流してきたノルさんが言いました。


「いつでもぶっ放せるか、ていう意味なら俺もだ。本当にそんな堂々と姿を晒して大丈夫なのか?」


「敵の狙いはわたしですから」


 ノルさんからすれば、聞きたいことがたくさんあるでしょう。わたしには、その疑問に向き合う責務がある。ですがそのためにも、今を生き延びなくてはなりません。


「心配は無用です。むしろわたしを盾にして、自分の安全を確保するぐらいしてください」


「・・・・・・一応、命の恩人なんだ。そんなことできるか」


「なら命令します。わたしを盾にして、狙撃ポジションを確保しなさい」


 自虐的ですか・・・・・・9姉妹のくだした人物評価を笑えそうにありませんね。


 ですが現実問題、わたしが撃たれることはありえないでしょう。わたしに死なれては元も子もないのですから。ですから堂々とブリッジを出て、夜のコロンビアへと我が身を晒していきました。


 ブリッジの横にはウィングと呼ばれる、見晴らしのいい出っ張りがあります。本来は接岸作業や荷役作業を監督するための場所なのですが、今回はここから作戦指揮を執ることにする。


 わたしは堂々と、ノルさんは、おあつらえ向きに安全柵に施された風よけに慎重に隠れながら先端まで移動していきました。高さ的には、ちょっとしたビルの屋上レベルです。風が強くて、前髪どころか自慢の三編みまでも煽られて目にかかる。


 その髪を手で払うと、埠頭が一望できました。


 無数に積み上げられたコンテナ。船を覆うほど巨大なガントリークレーンたち。豆粒大の人影がたくさん行き来して、先ほど海の中へと消えたフェイスレスの同型機と――M9“ガーンズバック”が、こちらを見据えている。


「ノルさん」


「ん?」


 命じた通り、わたしの身体を盾にしてライフルの銃身だけを突き出し、いつでも撃てる姿勢を整えていたノルさんが拡大鏡から目を離し、こちらを見上げてきました。


「あそこのコンテナヤードのてっぺんに見える人影、狙撃することは可能ですか」


 わたしが指差した方向をライフル越しに確認したノルさんでしたが、すぐに首を振る。


「試してもいいが、ガリルはマッチグレード弾を使っても1.5MOAしかでない。そんな射撃精度で当てる自信は、この距離だと正直ないな。そもそも狙撃はあまり得意分野じゃないし」


「そうですか・・・・・・いえ、気にしないで。ちょっと尋ねてみただけですから」


 それにこの場でアンサーを射殺したところで、別の“アンサー”が出てくるだけでしょう。あくまで彼女の言葉を信じるならですけど・・・・・・9人のウィスパード、9つ子の謎、まだわたしの知らないことはまだ無数にある。


 わたしは無線機を口元まで掲げました。


「みなさん、聞いてきください」


 これが最後の機会になるかもしれない。そう皆が感づいているはず。だからこそ冷静に呼びかける必要がありました。


「慌てないで。楽な状況ではありませんけど、もっと大変な目に遭っても、わたしたちはこれまでなんとか乗り越えてきたじゃありませんか」


 大丈夫と、空虚な言葉をもっともらしくくり返す。


「わたしの指示に従えば、全員助かります」


 本音では、そんな自信はありません。ただ最善を尽くすだけ。でもそんなの、別に今に始まったわけじゃありません。


 自信はない、確信だって微塵もありません。なのに不安はまるで覚えていない・・・・・・だってわたしの頭ときたら自分の意志と関係なく、つぎつぎと新しい戦術を吐き出しては、勝利の方程式を模索していたのですから。


 戦争ボケですか。あの言いぐさを笑えなくなってきた自分が居ました。そうです、この時わたしの心は――確かに戦いの気配に高揚していた。そのことに吐き気がする。


「では、はじめましょう」


 ですが長年培ってきた経験が、心の葛藤を覆いつくして、自信たっぷりな指揮官の表情の裏へと覆い隠していく。


「来たぞ」


 ノルさんの言うとおり、コンテナの隙間からつぎつぎにと発煙弾が港中にばら撒かれていきました。おそらく連装式のグレネードランチャーを使ったのでしょう。あれでは、ノルさんも攻撃しようがない。


 つづいて煙幕の向こう側から、雄々しいエンジン音がいくつも重なって聞こえてきました。あの隠れ蓑のなかを古代の騎士たちよろしく、はしご車へと改造された四輪駆動車の群れが駆け抜けているはずでした。

 

「ベリンダちゃん」


『は、はい』


「緊張しないで。素早さよりも正確さを優先して、わたしの言った通りのナンバーをケティさんにちゃんと伝えてくださいね」


 煙幕はかなりの広範囲を覆っていましたが、海風からすれば大した量じゃなかったみたい。風が吹くたびにほんの少しだけ、煙幕の間に切れ目が生まれるのです。それが照準の目安となりました。


B12ブラボー・ワン・ツー


 相手はプロの軍人ではなく幼い子どもたち。不安にさせたくありませんからつとめて声は張り上げず、ハッキリとした発音で無線機に指示を吹き込んでいきました。


 ノルさんとケティさん。正規軍とはかけ離れているものの、戦闘について裏の裏まで知り尽くしているお二人は、わたしやヤンさんではとても思いつくことのできない警備システムをいくつも考案してました。


 例えば、船に積み上げられたコンテナに発射装置を仕込んで即席のロケット弾とするなんて、わたしではとても思いつけなかったでしょう。


 中になにも詰まっていないとはいえ、ひとつに付き2.4トンもある鉄の塊なのです。あんなものが空から降り注いできたら、たまったものじゃないでしょう。


 わたしが指示した通りに、B12と数字を割り振られたコンテナが水蒸気の尾を引きながら、埠頭へと打ち出されていきました。


 発射のタイミングは我ながら絶妙・・・・・・目の前に墜落してきたコンテナを避けるべく、はしご車に改造されたハンヴィーの1台があわてて急ハンドルを切りました。

 

 ああしなければ、コンテナと正面衝突していた。それは分かりますが、なまじ突入のために密集していたせいでハンヴィーはそのまま、並走していた味方の車両へ横から突っ込んでいく。


 あとはまあ、説明するまでもないでしょう。たったひとつのコンテナが交通事故を誘発して・・・・・・思いのほかあっさりと、ミスリルUSAの車列は混乱していきました。


「つづいてB4ブラボー・フォーA11アルファ・ワン・ワンA12アルファ・ワン・ツーE9エコー・ナイン


 リアルタイムで射程距離を調節したりとかはできませんが、なにせこの船には数千ものコンテナが積載されているのです。


 コンテナごとに短距離、中距離、長距離用と射程を分けたり、ものによって炸薬を埋め込んで爆発力を強化してみたり、それとは逆に中身を抜いて殺傷力を下げたりと、これまで大変な苦労をして仕込んできた甲斐がありました。


 記憶にあるコンテナの位置とスペックを照らし合わせてわたしは、的確な位置へとコンテナ製のロケット弾つぎつぎ撃ち込んでいきました。


 わたしが指示すると、ベリンダちゃんを経由してサーバールームに設けられた火器管制装置をケティさんが操り、コンテナの発射音が鳴りひびいていく。


 落下音、急ブレーキ、連打されるクラクション。最初のひとつを除けば玉突き事故そのものな光景を、わたしとノルさんは高所から見守っていました。

 

「テッサ」


「なんですかノルさん?」


 今だに1発も発砲していないノルさんが言いました。


「もしかして殺さないよう、手加減してるのか?」


 ・・・・・・遅かれ早かれ、気づかれていたでしょう。だってちょっと露骨すぎましたから。


 素直に車を直撃するコースを取っていれば、もっと簡単に無力化できたはず。それよりもプロパンガスのボンベをばら撒くようにケティさんが改造を施した、いわば即席のクラスター爆弾を使えば、ああも密集隊形をとっていたのです。ほんの1、2発でケリがついていたに違いない。


 ですがわたしは、あくまで空っぽのコンテナを使い続けていました。ミスリルUSAの社員に犠牲が出ないように、と。


 かつてのミスリルOBを大勢、取りこんだ会社なのです。あの豆粒大の人影の中には、もしかしたらわたしの下で戦っていた隊員たちも含まれているかもしれない。それがわたしを躊躇させていました。


「・・・・・・自分が嫌になるわ」


「うん?」


 ノルさんはよく聞こえなかったみたい。なのに甘ったれのわたしは、つい本音を吐露してしまった。


「助けるですとか、殺さないでおいてあげるですとか、好きなように人の命を弄んで・・・・・・何様なのかしら。結局どれも自分のエゴなのに」


「よく分からないんだが・・・・・・なんでも1人で背負い込むな。もとを辿れば、俺がお前を誘拐したのが始まりなんだ。だから責任は俺にある」


「いえ、そうじゃないんですノルさん・・・・・・そうじゃなくて」


 わたしが何に葛藤しているのか訳が分からず、ノルさんは戸惑っていました。その目を見ることがわたしにはできない。忌々しいほどに自分に腹が立って、爪がめり込みそうなほど拳を握り込む。


 これが9姉妹ナイン・シスターズの策略なのです。


 もし、今ここでTAROSの設計図と引き換えにノルさんたちを助けましょうと相手が申し出てきたら・・・・・・駄目だと分かっていても、わたしは悩まずにいられないでしょう。


 設計図を渡せば、兄の例を挙げずとも、かならずや未来に災厄をもたらすでしょう。ですが人の心というのは、単純なものです。3ヶ月間ともに過ごしてきた子どもたちの死のほうが、わたしには恐ろしく感じられてならない。


 いま目の前で起こっているすべての出来事は、わたしへの大掛かりな拷問みたいなもの。わたしをただ苦しませるためだけに、9姉妹は戦争を引き起こそうとしている。


「甘いかもしれません・・・・・・ですけど、ギリギリまで命中はさせないで」


 卑怯な言い方でした。ここに至って、命令口調ではなくお願いのように語りかけてしまうなんて。自分が情けなくなる。


「分かった」


 ですがノルさんは淡々と、わたしの望みどおりに牽制射撃をはじめました。


 横転した車からはい出してきたミスリルUSAの社員たちは、車を盾にしながらチームの再集結を図っていました。そこに彼らを釘付けするように、狙いすましたノルさんの狙撃が飛び込んでいくのです。


 これまで防御は上手くいってました。ほとんどの車両は、埠頭のど真ん中で足止め状態。ですがそれでもコンテナ・ロケット弾の攻撃をすり抜けて、3台ほどの改造ハンヴィーがはしごを伸ばしながら、船の右舷へと取り付いてきました。


 でも、まだ慌てる段階ではありません。あのロケット弾はセキュリティシステムの本命でしたが、すべてという訳じゃありませんから。


 ここからは、船本来の装備の出番です。


「放水開始!!」


 足元でくり返されるノルさんのガリルARMの点射に負けぬよう、無線機へ声を張り上げました。


 船の安全柵にハシゴを引っ掛けて乗り込もうとするのは、PMCも海賊も一緒。その対策としてコンテナ船には、元から放水用のホースから備えつけられていたのです。


 ちょっと当たるだけで吹き飛ばされてしまうほどの強力な水流が、船をぐるりと取り巻いているホースから勢いよく噴出しました。


 海水を汲み上げて利用しているので、弾切れの心配はまったくない非致死性の防御兵器。ですが、ミスリルUSA側はこの装備について百も承知であったみたい。ハシゴの先頭に立っている隊員はわざわざ安全帯なんて取り付けながら踏ん張り、本来は暴動用でしょうポリカーボネート製の盾でもってうまい具合に水流を弾きながら、一歩また一歩と、船へと迫ってくるのです。


 かなりのスローペースでしたけど、このままではいずれ、乗り込まれてしまう。


「ハスミンちゃん!!」


『聞こえています』


 わたしよりずっと冷静な感じで、ハスミンちゃんが返してきました。


 あの放水システムは船本来の装備、つまり操作はブリッジか機関室からしかできません。さらに言うなら、組み上げ用のポンプがあるのは機関室なのでした。


「非常防衛用と書かれた棚に、放水と書かれたマニュアルがあると思います!!」


 子どもにでも操作できるようにと、わたしが特別に書き上げたマニュアルです。表紙を赤色で統一したりと、工夫をこらした甲斐あってか、


『ありました』


 と、すぐさま発見の報告が届く。


「ではその手順に従って、汲み上げポンプに液体を混入してください!! 大丈夫、ボタンひとつで出来るよう、ケティさんに頼んで機械を弄ってもらいましたから」


『押し、ましたけど・・・・・・』


 果たして成果は?


 首を傾げてわたしは、左舷の甲板を見やりました。すると――いきなり目を抑えて悶え苦しみだす、ハシゴ上の兵士たち。


 こんな事もあろうかと、なんてしたり顔で言えるのは良いものです。あの水流はかなり勢いがありますが、それでも栄養失調気味なソマリアの海賊たちにすら乗り越えられてしまい、船がジャックされてしまった事例がいくつもあるのです。


 ですからわたしは小改良を加えることにしたのです。海洋汚染を気にするよりも安全優先。流石は原産地だけあり、唐辛子ハバネロがたくさん、それも安く手に入って助かりました。


 そもそも催涙スプレーの原料として、唐辛子は一般的に使われています。人体実験をすすんで志願したノルさんをして、「にゃ、にゃんてことないにゃ・・・・・・」なんて、目と口をパンパンに腫らさせながら言い張るほどの威力なのです。並の兵士では、とても太刀打ちできないでしょう。


 撃たれてしまった兵士の悲鳴を、わたしは知っている。ですがハシゴ上の兵士たちの叫び声ときたら、それを上回る悲痛なものでして・・・・・・安全帯のせいでつぎつぎにハシゴに宙吊りになっていく。


 とりあえず第一波は凌げたみたい。ですが安心するのもつかの間、煙幕を切り裂くように巨人が船へ走り寄ってきました。


 恐れていた事態が現実になりました。もしかしたらわたしは、フェイス・レスの異形よりも、M9のスマートな姿形のほうが怖いのかもしれません。


 だって謎めいた無貌のASと違って、わたしはM9がどこまで出来るのか? その裏の裏まで把握しているのですから。


F3フォックス・スリー!!」


 迫りくるM9を迎撃すべく、これまで通りにタイミングを合わせてコンテナ・ロケット弾を打ち出しました。


 熟練の潜水艦乗りを相手にして魚雷を撃ち合うことに比べれば、こっちの方がずっと読みやすい。狙ったとおりにロケット弾はM9めがけて飛んでいきましたが・・・・・・ですがM9の運動性能をもってすれば、迫りくるコンテナに飛び乗って、そのまま地面へ蹴落とすぐらい造作もないのです。


 無傷のM9がコンテナを足蹴にしながら、堂々と仁王立ちを決めました。その姿を見て、ミスリルUSA側の士気があがったように見えたのは、わたしの気の所為でしょうか?


 あんなトリックを決めずとも、M9にはたくさんの兵装が積まれています。殺傷兵器だけでなく、M9には非殺傷式の対人用電子銃テーザーも搭載されています。ですが、M9はこちらを見つめたまま微動だにしない。


 やはりわたしを殺すなと厳命されているのでしょう。テーザーは便利ですが、時に成人男性すら死に至らしめてしまう扱いの難しい装備です。こうして堂々と身を晒しているせいで、逆に戦いづらいみたい。


 とはいえM9が最大の脅威であることは変わりありません。フェイス・レスも油断なりませんけど・・・・・・M9の海中作戦能力は、わたしの秘策を思えば、脅威そのものなのです。


 と、なると・・・・・・やるしかありませんか。わたしがそんな風に悩んでいると、狙いすましたようにベリンダちゃんから連絡が届きました。


『ケティねえよりテレサさんに伝言。“主はその塔に向けて大風を送って、これを地面に転覆せしめられた”』


 ケティさんがエノク書を引用ですって? 何が言いたいのかは・・・・・・ちゃんと伝わりましたけど。


「どうにもベリンダちゃんの独自解釈がたぶんに含まれてそうですが、その方針そのものは正しいと思います。許可します、やっちゃってください」


 今頃、ケティさんは喜々として幾重もの安全装置を解除して、必殺のボタンに指を添えているに違いない。その狂喜乱舞ぶりが目に浮かんできます。


「みなさん衝撃に備えて!!」


 無線機で全員にそう警告してから、自分自身も緑色の床に伏せました。


 バベルの塔ほど高くはありませんが、それでも・・・・・・コンテナ船の巨体をうえから見下ろせる程度には、港に備えられたガントリークレーンは圧巻の巨大さを誇っているのです。


 あれに比べたらM9なんて小人みたいなもの。以前、別のクレーンがメリッサ操る空挺仕様のM6を踏み潰しましたから、その威力についても保証付き。


 ケティさんが仕掛けた発破が一斉に炸裂して、目論見どおりの方角に向けてクレーンが倒壊していきました。そうです。今ちょうどM9が立っている方角めがけて、巨塔が崩れ落ちていったのです。




 

 

 


 

【“クルーガー”――埠頭、M9機内】


 ふっ・・・・・・長生きはしてみるものだな。この儂が直々に鍛えあげた精鋭部隊が、こうも容易く手玉に取られるとはな。


 近代特殊部隊の母たるSASの出身にして、武闘派路線をひた走ってきたハイメ=モンドラゴン。それほどの傑物がくだらない女の色香に惑わされた、そんな世間の噂はどうも間違いであったらしい。


 大した指揮センスだな、セニョーラ・。彼女がもし軍に属していたらば、今ごろは一軍を任せられる将軍ぐらいになっていたかもしれない。運命とは気まぐれで、そして残酷なものだな。


 あらかじめ演習場を確保して、突入の準備はすでに済んでいた。隊員の誰もがあのコンテナ船について熟知しており、目隠ししたまま内部の地図が書けるレベルに達していた。それでも、コンテナ製のロケット弾などという兵器は想定外にすぎた。


 突入部隊の大半は、コンテナ・ロケット弾によって引き起こされた事故によって行動不能。ハンヴィーを盾にしながら体勢を整えようとしていた。


 あの狙撃も地味に厄介だな。撃ち返したくとも、姑息な狙撃手はウィングで陣頭指揮をとっているテオフィラ=モンドラゴンに隠れるようにして、銃撃を繰り返している。


 だから防戦一方、無線機は先ほどより、混乱した部下たちのわめき声で溢れかえっていた。


「うろたえるな!!」


 すべての回線に向けて、儂はそう喝破した。すると嘘のように静けさが無線通信に広がっていく。


 やはり多国籍ゆえに意思統一が難しいな。部下たちは、誰もが誇らしい軍歴の持ち主ばかりだ。だがちょっとした言語の問題のせいで、細かなニュアンスが伝わりづらいのだ。


 そのせいで当初の計画からちょっとでもズレると、途端に混乱に支配されてしまう。こういう時には、先ほどのようなシンプルな方法が1番効果的なのだ。


「スクルド・アクチュアルから全ユニットへ、状況を報告しろ」


 狙いどおりに、部下たちは冷静さを取り戻して、報告を返してきた。


『こちらスクルド2-1』


 スクルド2-1を指揮しているのは、ルティエテスだった。38歳の元スペイン軍の空挺隊員であり、英語とスペイン語に堪能。指揮官としてのスキルだけでなく、通訳としても優秀だ。


『やられました。隊を掌握している最中ですが、ほとんどの車両が破損。敵からの狙撃で足止めを食らっています。幸い死者は出ていないものの、負傷者はかなりの人数に昇っています。自分も右手首が折れました』


『こちらスクルド3-2・・・・・・クソッFUCK!!』


「リチャードソン、報告は正確にしろ」


 ルシアス=リチャードソンは、かつて米国の第75レンジャー部隊に属していた43歳。高校生のまま感情の進化が止まったような子供っぽい男だが、それでも下士官としては非常に優れている。


 だからこそ英語の発音にまだ難はあるが、人格者として知られる元メキシコ海軍特殊部隊の大尉であったデラクルスの補佐に付けたのだが、そのデラクルスはなぜ無線に出てこない?


「スクルド3-2、3-1はどうした?」


『こちらスクルド3-2。3-1は、ああー、このクソったれ唐辛子水を真っ向から浴びて、口中が腫れ上がってうまく話せません。うちの部隊は船に取り付けはしたんですが・・・・・・俺も、さっきから目が見えなくて現状がどうなっているのか、正確に把握できていません!!』


 まったく・・・・・・なんというザマだ。精兵たちが麻薬王の妻に手玉に取られている。


「スクルド4-1はどうだ? ・・・・・・スクルド4-1」


 まさか全滅か? ありえない可能性が脳裏をよぎるが、ギリシャ軍の最精鋭として知られる第1奇襲空挺旅の中でも、さらに選ばれた者だけが入れるイプシロン奇襲大隊のエース、アントニオ=ペペス元大佐が答えてきた。


『ミーは英語、ペラペラね!!』


 ・・・・・・クソッ。この男、また英語の授業をサボったな。


「そうかペペス。貴様の有能さは誰もが認めるところだ。だが兵士としての能力がどれほど高くとも、英語が喋れないのではこの先ミスリルUAS社ではやっていけないぞ」


『ミーは英語、ペラペラね!!』


「ならそれ以外の英語を話してみろ貴様ッ!! そんな小賢しい言い回し、一体誰に教わった!?」


『すみませんアンジェロ二等兵です!!』


「Ms.アンジェロか。スクルド4はどうなっている?」


『ええと、ご存知でしょうがクルーガー隊長。ペペス隊長が話せるのはギリシャ語だけで、トルコ人のスレイマンはギリシャ語が話せますが英語は話せませんから、そこからトルコ語の分かるイタリア人のフィリッペがイタリア語に直して、最後にイタリア系イギリス人の私が英語に再翻訳するという、たいへん複雑な工程を踏む必要がありまして――』


『ミーは英語、ペラペラね!!』


『ペペス隊長!! 気持ちは分かりますけど!! そんな意味不明な英語でまくし立てたって状況を伝えるにはほど遠くて――』


『ノンノン、ミーは中国人じゃないね!!』


『冗談でしょ!! 隊員総出で一週間も英語の特訓して、学んだ単語がそれだけですか!? あなた、これ以上ないぐらいに彫りの深いギリシャ系の目鼻立ちしておいて、どうやったら中国系に間違われるっていうんですか!? 差別ですよ!! 差別!!』


『こちらスクルド5-1!! 部下のミャンマー人が母国語で何やらまくし立ててるが、何を言ってるのか皆目検討がつかない!! 誰か通訳できないか!?』


『スクルド6-1、こういう時、祖国のインドで~は・・・・・・えー、英語では難しくて、あ〜ヒンドゥー語だと****って』


『インド語なんて誰が分かる!! デンマーク語で話せ、デンマーク語でッ!!』


『勝手に無線に割り込むな!!』


 ふむ・・・・・・慌てず騒がず、コクピットのなかで儂は顎に手を当てて考え込んだ。これはもう、収拾がつかないんじゃないのかな?









【“クルツ”――埠頭、コンテナヤード上】


「あー」


 サンダラプタの握っている無線機から流れてくる、なんだ? 阿鼻叫喚つうか、新手のコントに、立場の怪しい俺でさえ頭を抱えたくなった。


「いいのかおい、ほっといて?」


 コイツらは良いように乗せられているだけとはいえ、テッサを捕まえようとしてる敵みたいなもんだ。だけどな、あんまりにも酷すぎて一言二言、文句が言いたくて仕方がなかった。


「サンダラプタお前、指揮官代行として隊を掌握する必要があるんじゃないのか?」


「・・・・・・アレを掌握できると思うか?」


「いきなり匙を投げるなよ・・・・・・たく、なんで俺がこんな説教しなくちゃならないんだ」


「・・・・・・実は、財政的に以前のミスリルほどギャラが払えなくなってな。それで上は致し方なく、人員の応募要件を下げたんだそうだ」


「そうか、んで?」


「・・・・・・実技試験だけは万全を期している。だから兵士としては、一級品の奴らばかりなのだ。ただ英語を喋れることを必須条件から外したのは、今も失策だったと思っている」


「おいおい。つまり何か? 言語統一できてないのかあんたら?」


「・・・・・・ああ。英語話者よりスペイン語話者の方が正直なところ多いぐらいなんだが、それでも全体の3割に過ぎない」


 頭痛がしてきた。よくまあそれで今日までやってこれたな。


「・・・・・・通訳の通訳が通訳して、はじめて何を要求してるのか判明するなど日常茶飯事だったものだ。トイレットペーパーをくれ、それが分かるまで半日かかっていた。だが元のスペックは高いから会話をせずとも、阿吽の呼吸で実戦形式の演習をこなすことは出来ていたんだ」


「机上の訓練ならこれまで上手くいってたのか。てことはつまり」


「・・・・・・ありふれた警備業務を除けば、これが正真正銘の初陣だ。やはり訓練は訓練、実戦だと思うようにいかないな」


「マジで頭痛くなってきた」


 口数が少ないうえに、顔面の表情筋すら滅多に働かせないサンダラプタが、微かに眉を上げた。


「・・・・・・西太平洋戦隊時代、口下手だからと昇進を見送られた俺が副官XOに押し上げられているのだ。少しは察しろ」


 呆れ果ててもう言葉を失くしてる俺に変わって、サンダラプタに負けず劣らず表情ってもんが欠けているアンサーと名乗った女が、淡々とした口調で言った。


「1頭の羊に率いられた100頭の狼の群れは、1頭の狼に率いられた羊の群れに敗れるとは言いますが・・・・・・実例をこうまでまざまざと見せつけられると、思わず絶句してしまいますね」


 “有能すぎても困りものでしたが、流石にこれは”とか、わけのわからない独り言を女はくっちゃべていた。


「サンダラプタお前、こんな有様でよくもまあ誰よりも尊敬してるなんて嘘八百を吐けたもんだなぁ?」


「・・・・・・ん? クルーガー隊長のことか?」


「そうあの謎の南アフリカ人さ。こてっこての伝説の傭兵風味なツラ構えしてたがな。実情がこれじゃ、指揮官失格だろありゃ」


「・・・・・・口を慎め。あの人のお陰で、今のミスリルUSAがある」


の間違いだろ?」


「・・・・・・あの人が来る前の南米支社は、それはもう酷いものだった。汚職が蔓延し、その日の食料すら満足に支給されない。給料のネコババすら堂々となされていた。

 そんな反乱一歩手前だった惨状にさっそうと現れて、無能を越えて害悪ですらあった管理職たちを即座に追放。財政状態を見直し、乏しい資金を元手に巧みな交渉術で装備を買い集めて、ボーナスと福利厚生の改善によって隊の士気を高め、みずから仕事を取りつけてついには、黒字回復をみごと成し遂げた。鮮やかなものだったよ」


「お前さんがそんなに喋るとこ、はじめて見たぜ?」


「・・・・・・クルーガー隊長は素晴らしいお方だ。さすがは元ウォール街のやり手。あの人の手にかかれば、どんな零細企業ですら一晩で大企業に化けること疑いない」


「ちょっと待て。なんだ元ウォール街のやり手って? あのおっさん、まさか軍隊上がりじゃないのか!?」


 俺だってべつに軍隊で訓練を受けたわけじゃないが、自分のことを棚に上げても不安な雲行きだぜ。


「・・・・・・傭兵に憧れるあまり、一流証券会社を脱サラして専門のインストラクターから個人的に軍事訓練を施されたんだそうだ。軍隊と名のつく機関には、一度も属したことがない」


「どこから突っ込みゃいいんだ俺りゃあ? じゃあ、あの眼帯はなんだよ?」


「・・・・・・はやり目だ。お可哀想に」


 もういっそ、自分で自分の頭を撃ち抜きてぇ。なんだそりゃ? あのミスリルが落ちるとこまで落ちたもんだな、おい。


「・・・・・・ウェーバー、確かにお前がクルーガー隊長の技量に不安を抱くのは無理はない。だがあの人の個人資産は、軽く億の単位に達してる」


「成金自慢なんか聞きたかねえよ」

 

「・・・・・・だがカネは力だ。見ろ」


 テッサときたら大したもんで、大金を与えたら世界最高の潜水艦を作り出し、無いならないで、コンテナをロケット弾に見立てた即席の投射兵器なんて作る始末。本当の頭の良さってのは、こういう発想力を指すんだろうな。


 あのコンテナ船そのものが、昔ながらの多連装ロケット砲ってわけだ。細かな照準は効かないだろうが、なにせ数千単位でコンテナを積載してるわけだから、適切な角度にあるコンテナを選んで発射ボタンを押しゃあ、意外な命中率を発揮できそうだ。


 もっともその数千単位のコンテナをどのタイミングで撃ち出すべきかって、度胸と高度な記憶力のあわせ技が必須だろうから、テッサでなきゃ使いこなせなかったろうが。


 墜落して砕けたコンテナと、横転したあげく空に向かってクルクルむなしくタイヤを空転させてるハンヴィーの群れ。そんなカオス真っただ中の渦中にまたしても、コンテナ製のロケット弾が撃ち込まれた。


 今回のターゲットは、味方を助けるために勇んで飛び込んでいった、ウォール街出身のクルーガーとやらが乗り込んでるM9だった。


 ついさっき、やんわりとサンダラプタが自分が乗ろうかって提案したのには、理由がある。単純にサンダラプタは俺と同じく元SRT・・・・・・M9をどう操るべきか完ぺきに訓練されているベテランだからだ。


 先行量産型だから扱いづらいってのは、湾曲表現ってやつだった。実態としては、あのタイプのM9を操縦するのはクソ難しい。


 なんでも出来る高性能機ってのは、裏を返せば操作が煩雑で、扱いづらいって意味になる。しいて例えるならマニュアル車とオートマ車の関係だな。ある程度の制約があったほうが、気楽に乗れるもんだ。


 別に自慢じゃないが、あれは普通の操縦兵が乗るような機体じゃない。ましてや趣味で傭兵になった野郎なんかに乗りこなされてたまるか・・・・・・そう思ってたんだが。


「・・・・・・へぇ」


 斜に構えていた俺がついつい声を漏らしてしまうほど、クルーガーの手綱さばきならぬ、ASさばきときたら大したもんだった。


 そりゃ、正規品のミサイルに比べりゃ発射速度は鈍亀そのものだったが、それでも義経の八艘飛びじゃあるまいに、飛んでくるコンテナを足蹴にして回避するなんて、そうそう出来る機動マニューバじゃない。


 スペック的にはM9能なら、あれぐらいお茶の子さいさいだろうさ。だが、実戦であれをやる度胸は相当なもんだし、キチンとこなしてみせる操縦技量も並大抵じゃない。


「ありゃあれか? 金にあかせて、よほど腕の良い教官を雇い入れたってことか」


「・・・・・・元ミスリルの操縦兵だったそうだ」


「どうりで。第3世代機の操縦ノウハウを持ってるの、元ミスリル関係者しか居ねえもんな」


「・・・・・・個人所有しているASで日頃から鍛錬してきたそうだ。操縦時間だけなら当に6000時間を越えている」


 予算がどうの、燃料代がこうので、天下のミスリルですらおいそれと実機での演習は出来てなかった。そこを金持ちパワーで打破したわけか。6000時間ていやあ、米軍でも一線級の操縦兵ぐらいしか達成できてないだろう。


「好きなものこそ上手なれ、か。よくやるもんだぜ」


 凄いっちゃ凄いが、それでもやっぱり呆れのほうが先にくる。あの歳でなんだかなー。


『見よ!! これが老兵の意地だ!!』


「ところであの芝居がかった態度、どうにかならねえのかよ?」


 無線機からは、調子こいた爺さまの雄叫びがさっきから轟いていて、俺としては頭を掻くしかなかった。正体が知れたせいでますます恥ずかしい。


「・・・・・・心の師はマイク=ホアー中佐だそうだ。以前、中佐のサインが入ったワイルド・ギースのDVDを見せてもらったことがある」


「単なるオタク野郎じゃねえか」


 とはいえ、M9が参戦しても状況は芳しくなかった。いやサンダラプタら、ミスリルUSAにとってはだけどな。


 心のなかではテッサを応援している俺としては、ざまみろと言ってやりたいシチュエーション。だけどコイツらだってやられっぱなしじゃない。なんやかんやとプロなのだろう。


「・・・・・・はい。一旦、仕切り直すべきかと」


 サンダラプタが無線機越しにそう提案すると、クルーガーも即座に同意。部隊全体で一時的な撤退がはじまった。


 いちど方針が決まれば、ミスリルUSAの連中の動きときたら見事なもんで、完ぺきに秩序だった後退を始めた。練度はある、ただ連携がとれないだけらしい。


 そんな矢先のことだった。


「「あっ」」


 パッと、コンテナ船の横に立ち並んでいたガントリークレーンのひとつ、その基部で光が瞬いた。


 よく知ってる光だ。軍隊って組織と関わっていると、誰でも大なり小なり建築会社の真似事をする日がやっていくる。建物を爆破解体するときに発破へ点火すると、あんな光が生まれるんだ。


 どうりでガントリークレーンが一個、埠頭のうえで意味深に横倒しになってたわけだ。ありゃあ予行演習のつもりだったのかな?


 巨大クレーンは、ある意味で究極の兵器と化していた。撤退準備をしてて大正解、ハンヴィーに満載になったミスリルUSAの傭兵連中が、コンテナとは比べ物にならない大質量で倒れてくるクレーンの影から、泡を食って逃げだしていった。


 そうともあんな物量、誰にも止められやしない。だがM9のコクピットに収まるクルーガー隊長殿だけは、別の考えを抱いていたようだ。


『ふっ・・・・・・たかが鉄塊ごときにやらせるものか!!』


 部下を守るつもりなのか――その部下はとうに退避してることはともかく――クルーガーは逃げるどころか、M9で堂々とガントリークレーンを迎え討つつもりのようだった。


 エリコンの40mmで? いやいや、じゃあ多目的ロケットランチャーでか? まさか・・・・・・あの爺さま、信じられないことで徒手空拳でクレーンを受け止めるつもりのようだった。


「いや無茶だろう」


 英雄志願にもほどがある勇姿を遠くから見守りながら、俺は過去最高に白けきった顔をしていたに違いない。淡々と、来るべき大惨事を眺めていく。


 M9って機体は、すべてにおいて従来のアーム・スレイヴを凌駕してる究極の兵器だ。それにケチはつけない。だけどな、何にだって出来ることと出来ないことってのはあるもんで――M9の設計者の誰に尋ねたって、ガントリークレーンを真っ向から受け止められるはずがないと応えるに違いない。


 だって無理だもん。あのサイズ差を見ろよ。


 ゴゴゴって、地響きを鳴らしながらこう、人間の足に踏み潰されたアリよろしく天下のM9はあっさり踏み潰されて・・・・・・埠頭全体を覆っていく大量の粉塵ですぐ見えなくなった。


「・・・・・・クルーガー隊長、そこは退避されたほうがよろしいのでは?」


「遅いって」


 これからどうすんだ?


 まだ事態が飲み込めてない俺だが、あの亜麻色の髪をしたロボット女が黒幕ってことだけは、なんとなく察してはいた。


 ミスリルUSA社を顎で使ってるのはもちろん――あのパナマ帽を目深にかぶってコンテナに背を向けたまま黙りこくっているルークの野郎が、あの女の言うことだけは唯々諾々と従うんだ。


 CIAとPMC、どちらも従えている女をボスと呼ばずして、なんと呼ぶ。

 

「Mr.ルーク」


 アンサーってこの女的にも、目のまえの醜態に思うところがあったらしい。俺が撃ち込んでやった弾丸に頬を割かれ、その傷を医療用のホチキスで乱暴に留めているルークが、その呼びかけに顔をあげた。


「・・・・・・お呼びで?」


 帽子を脱いでから、そいつを胸のまえに置いて頭を垂れるルークの仕草ときたら、まるで敬虔な宗教家を思わせた。単純な上司と部下、そういう間柄じゃなさそうだった。


「予想していたよりミスリルUSAは、使えませんね。ですがこれまでクルーガー隊長から提出された資料が正しのであれば、ポテンシャルそのものはあるはず。あなたならそれを引き出せますか?」


「ご要望とあれば」


 サンダラプタの体格は、AS乗りの身長制限にギリギリ引っかからないほどの長身だ。SRTたるもの万能たれとはいっても、誰にでも得意分野ってやつがある。そこにくるとサンダラプタの場合は、追跡術トラッキングと近接格闘術ってことになる。


 殺しの術を心得ている筋肉ダルマ。俺はもちろん、あのカリーニン少佐に一本も取らせなかったのはコイツだけだ。そんな威圧感たっぷりのネイティブ・アメリカンの巨漢に向けてルークは、手を差し出した。


 そのジェスチャーが意味するところはひとつ、無線機を寄越せだ。


 カネのためって言い訳が、どこまで本当か分からない。だが俺の知っているサンダラプタは、本物の戦士だった。仲間のためなら弾丸を食らう覚悟がある男。いきなりどこの馬の骨とも知らない野郎に指揮権を寄越せといわれて、おいそれと渡すはずがねえ。


 だが人ってのは、変わっちまうもんらしい。


「・・・・・・」


 わずかに逡巡こそしていたが、それでもサンダラプタは最後には、無線機をルークへと手渡していった。


 認めるさ、サンダラプタは絡みづらい相手だ。それでも狭い島のなかで缶詰になって、何年も一緒に死線をかいくぐってきたんだ。俺は自分がこの場では部外者なのだと、今さらながらに思い知らされた気分になった。


 皮肉のひとつすら、思い浮かばねえ。


「ウェーバー、出番だ」


 淡々と、新しい指揮官に就任したルークの野郎が言った。 


「嫌だって言ったら、どうすんだ? もう片方の頬も引き裂いてやろうか?」


「12分前に撮影された写真だ」


 ルークの野郎が見せつけてきたのは、携帯電話の画面だった。


 写真の背景は、見覚えのあるモーテル。そんなホテルの扉を支えている俺の女房と、その足元でおっかなびっくり扉をくぐるろうとしている愛娘の姿が、その写真には写っていた。


「警察、ヒットマン、何ならこのフェイス・レスの兄弟機を投入してもいい」


「・・・・・・アメリカ国内で戦争をやらかすつもりかよアンタら? 言っとくが、俺の女房は凶暴だぜ」


「人は事実でなく、最初に聞いた声を信じるものだ。丹念に調べていけば無実の親子であるのは明らかだとしても、事件発生から1時間以内にホワイトハウスが公式声明を出せば、誰もがこの親子をテロリストだと思い込む」


「ハッ・・・・・・影の政府シャドーガバメント気取りかよ? そんな大それた真似できるはずがねえ」


「なら試すか?」


「・・・・・・」


「狙撃の準備をしろ。そのためにお前を飼っている」


 反論しようがねえ。どんなに屈辱を感じようと、唇を噛みしめる以外に何ができる?


 テッサと、妻と娘を天秤にかける。いや、それだけじゃねえクララにラナ、それにロニー、その誰がひとりでも欠けるなんて想像すらしたくねえ。


 このまま従い続ければあるいは、一発逆転のチャンスが生まれるかもしれない。だがここで逆らえば、それで終わり。俺の頭をぶち抜いて、コイツにはただ次の段階に進むだけだろう。


 俺が単なる駒のひとつに過ぎないってことは、さんざん思い知らされてるからな。


「各員へ。以後は、スクルド・アクチュアルに代わって司令部HQが指揮を執る」


 ルークの声が無線機を通じて、戦場全域に伝わっていった。


 その前任者よりずっと冷徹な声にミスリルUSAの連中がどういった反応を示すか? それはまだ分からないが・・・・・・少なくとも今の俺には、CIAの贈り物であるMk12 SPRを掴み上げる以外の選択肢は、なさそうだった。




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