II “ハウダニット――2”
〈主な登場人物〉
ノル
元カリ・カルテルの
レオン・マクダヴィッシュ
探偵役。殺人の前科あり。
エドワルド・“スレッジ”・ジャクソン
探偵助手。殺人の前科あり。
イスラエリー
護衛隊の指揮官。殺人の前科あり。
ハイメ・モンドラゴン
麻薬カルテルのボス。殺人、密輸、違法薬物の売買、誘拐、恐喝、マネーロンダリング、違法な武器の売買など422件の重罪で国際指名手配中。犠牲者。
テオフィラ=モンドラゴン
ハイメの愛妻。違法売春の前科あり。
ドクトル
モンドラゴンの客員医師。
エル・リセンシアード
モンドラゴン家の顧問弁護士。詐欺の前科あり。
署長
警察署長。贈収賄の嫌疑あり。
カロリナ
ノルとテッサが保護している孤児。窃盗の前科あり。
マリア
ノルとテッサが保護している孤児。窃盗の前科あり。
テレサ・テスタロッサ
元潜水艦の艦長にして傭兵部隊の指揮官。犯人
*
【“ノル”――カンポ内、通路】
「事件は、昨晩起こった」
レオンの切り出し方は、さながらB級ミステリーの出だしのようで、ずっと求めてきた答えを得たはずなのに、どうにも真剣になれない自分が居た。
どこに連れて行くつもりか知らないが、足の動かない俺に選択肢なんてない。白人至上主義者の巨漢男に押されるがまま車椅子は、廊下をただ進んでいく。
「現場は、ドン・ハイメの私室だ。そこで開かれた夕食会はいつもなら、和やかに終わるはずだった・・・・・・」
「で、死因は?」
演技がかったナレーションをぶち切り、いきなり本題に入りたがった俺を冷ややかにレオンが見下ろしてくる。
「・・・・・・ミステリーを読んだことは?」
「ある。読んだこともあるし、その本の角で標的を殴り殺したこともある」
「・・・・・・なら知ってるだろうけど、ミステリーで大切なのは導入部分だ。最初は素っ気なく感じられる登場人物一覧が、読み進めていくにつれて様々な思惑が絡み合う人間模様がその行間から溢れだし、最後には真相という名のエクスタシーへと結実していく!!」
「そうか・・・・・・で、死因は?」
「なんでそこにこだわるよ!?」
「プロの暗殺者として言わせてもらうなら、死因が分かれば、殺し方も逆算できる」
ターゲットをどう処理するか? それにいつも頭を悩ませてきた人生だった。
殺し方を問うたりはしない。だがそんなの相手だって同じことで、殺されないようありとあらゆる防衛手段を講じてくるのが通常だった。
警報装置があるならまずそれを切る。護衛は排除するのか? だが音を立てたら隣人に気づかれる。なら偽の電話をかけて誘い出そう。パトカーの巡回エリアが近いから時間的制約もある。
撃つにせよ、刺し殺すにせよ、たった1人を殺すために百の計画を立てて、その殆どを廃棄した先にやっとすべて上手くいく完璧な計画が見えてくるものだ。
だから言ったろう? 死因が分かれば、殺し方も逆算できるって。
「被害者はあのハイメ=モンドラゴンなんだろ? ましてここは、そのドン・ハイメが築いた要塞の中だ。そうそう選択肢があるとは思えない」
例えば、爆弾を使ったなら設置された場所に近づける人間をリストアップして、その背景を調べればいい。料理に毒が盛られたら、誰だってまずコックを疑う。それと同じことだ。
「ナチュラルに暗殺説を推すねぇ」
探偵気取りの物言いに俺としては、
「むしろ他にあるのか?」
と、返すほかない。
「想像力を働かせろよ。ミステリー小説だと大抵、痴情のもつれとか、遺産目当てとか、実はかつてひき逃げをしていて、家族の死の真相を知っている遺族から命を狙われてたとか、独創的な動機があるもんだ」
「現実とフィクションの区別をつけろ」
このレオンなる
俺の知るハイメ=モンドラゴンという男は、こういう奴だった。
「全世界の犯罪組織やら法執行機関に命を狙われてる麻薬カルテルのボスが死んだ。むしろどうやったらミステリーに話を紐付けられる?」
「密室殺人だから」
確かに、ちょっとそれっぽいな。
「密室で撃ち殺されていたのさ」
「死因は、銃か・・・・・・なんとも独創性に欠けるな」
悪辣な麻薬王の最期としては、ありふれすぎてる。
「だけど密室だぜ? 隠し扉なんて都合のいいものはない。入り口は常に監視されて、限られた人物しか出入りできなかった。例えば――夕食会に招待された7人の犯人候補とかね」
その時のレオンのしてやったり顔きたら酷いものだった。
「さあ、気になってきたろう? 密室に集った、7人のまるで異なる立ち位置の男女。いったいあの日、あの場所でどのような会話がなされ、それがなぜ殺人事件に発展していったのか? おっと分かるぞ・・・・・・好奇心が刺激されて、長ったるくて単調な人物紹介が面白く感じられる気配が――」
「どこを撃たれたんだ?」
「性格が悪いって言われない?」
「愛想は、スカート履いてる時にしか振りまかないタイプなんだ」
「・・・・・・それどういう意味?」
「どこを撃たれたんだ?」
「・・・・・・頭部への銃撃」
なるほど、暗殺の常套手段だな。
防弾チョッキというものが世に生まれ落ちてから長い。胴体は狙いやすいし、重要な臓器が詰まってるから、即死を狙うのはちょっと難しいが高確率で殺傷できる。
だがらちゃんとした腕があるなら、頭を狙うほうがずっと手っ取り早いのだ。もちろん単純に的が小さいから当てづらいが、当たったらほぼ即死という利点は見逃せない。
「現実は、ミステリーじゃない」
そう、俺はこのオタクな白人至上主義者に宣告していった。
「登場人物一覧に載ってない外部犯が真犯人でも、現実ではアンフェアだどうとか叫ばれやしない。なんというか、世の中はやったモン勝ちだからな」
「密室にどうやって侵入するんだ? 言っとくけど、隠し扉はなかった」
「麻薬王にしては、珍しい」
「だからいの一番に調べた」
だが俺は知っている。この世には、常識ってやつを鼻で笑う、魔法のような科学技術が実在しているのだと。
「壁抜けできるなら、どんな密室だって簡単に成立するだろうさ」
なんたって相手は、超技術を有するハイテク傭兵派遣会社なのだから。
どうやらテッサが最有力の犯人候補として疑われているらしい。そのことで得するのは、誰か? テッサの最大の庇護者を殺すことの意義とは? こんなの出来すぎにもほどがある。
俺はこの目で、分厚いコンテナ船にいっさい傷つけることなく貫く、ASの巨腕を目撃したんだ。あんな横紙破りができるなら、いくら密室殺人事件だろうとミステリーなんて成立し得ない。もし俺が今いるこの現実がフィクションならば、ジャンルはきっとSFに違いないのだから。
透明化できる
それからのシナリオは、二通りの展開が考えられる。テッサが犯人とされたら、カルテルのことだ処刑を躊躇するはずがない。外に引き出し、頭に2発ほど撃ち込もうとするだろう。誘拐を画策する側としては、その方が施設内に籠もられるよりずっとやりやすいに違いない。
もうひとつの展開については、考えるまでもない。犯人ではないが、厄介な客人であるテッサはじめとした俺たちをこれでモンドラゴン・ファミリアは、堂々と追放できるわけだ。ジャングルで途方に暮れている俺たちの後頭部をぶん殴って、ゆうゆうと連れ去ればいい。
そうとも、下手人はミスリルUSAしか考えられない。
「殺人事件が起きたら、その事件で利益を得るものが犯人だ・・・・・・だったか? なら外部の犯行という線が一番、納得できるだろ」
いっそ相手は超能力者集団とでも考えろ。そこまで言うと、ちょっと事情通すぎて逆に疑われそうだからやめておく。
それに・・・・・・いきなりだが、3つ目の仮説が頭に浮かんできたのだ。
あの日、すべてがいきなり崩壊していったあの時、俺は壁抜け以外にも奇妙な光景を目撃していた。あれだ、まるで他人に取り憑かれてしまったようなテッサの姿をだ。
あれからテッサとちゃんと話し合うことは、出来ずにいた。こっちは2週間も昏睡状態で、正直なところまだ全ての事態は飲み込めていないほど。だが
おそらく敵は、他人の精神を乗っ取ることができる? そんな馬鹿なと鼻で笑いたいところだが、一ヶ月前の俺に壁抜けうんぬん話して聞かせたところで、バカを見る目をされるだけだろう。
この世には、想像もつかない世界の理というやつが潜んでいるらしい。なんとなくだが・・・・・・それにテッサが一枚噛んでいる気がしてならないのだ。
口調だけでなく、顔つきまで変わっていた。あの現象がもう一度、テッサの身に起きたのだとしたら・・・・・・動機がないというただ一点で否定してきたテッサ犯人説が、急に信憑性を持ちはじめる。
いや、これは早合点がすぎるだろう。あの現象がなんなのかまるでよく分かっていないんだし、理論の穴を妄想で埋めた、仮説と呼ぶのもおこがましい単なる想像だ。そう――俺は希望的観測で誤魔化すことにした。
やることは、変わらない。とにかく俺たちはこの殺人事件に関係ないとカルテルに信じ込ませる。目の前の危険を回避しないことには、次の一手も打てないのだから。
「ないね」
だが、レオンはあっさり外部犯説を否定する。そんなことありえないと、確信しているような口ぶりだった。
「絶対にない」
「願望以外に、その説を推せる根拠ってやつが、お前にはあるのか?」
「あるよ? あるけど・・・・・・まずは夕食会の詳細について、最初は単調だけどいずれ大きな意味を持つに違いない、長ったるしい解説をだね」
「納得できるよう話せ」
「・・・・・・」
「その根拠とやらをな」
「・・・・・・分かったよ」
自信なさげに戸惑ったり、一転して熱っぽくミステリーについて語りだしたり、なんとも情緒不安定気味な白人至上主義者ではあるが、こればっかりはえらく断定的な口調だった。
「絶対に、何があろうとも、外部からの侵入の線はない――なぜならば」
*
【“クルツ”――ジャングル、ミスリルUSAの
「不可能だからさ」
俺は、ジャングルのど真ん中に作られた作戦基地内、柔らかい地面に足先が埋まってる簡易テーブルを取り囲む、ミスリルUSAのお歴々に向けてそう言い放っていった。
「あの施設に潜入するのは、絶っっっっっっっ対に不可能だ。断言してやるよ、さんざん世界中で地獄を見てきたプロの傭兵様としてな」
作戦基地つってもピンきりだがこのFOBは、設備は整ってるもののほかは最低という、典型的な福利厚生なにそれ?って貧乏スタイルをしていた。
岩壁と岩壁に挟まれた、ちょっとした渓谷の底。いい感じに天井を木々が遮ってるお陰で上空からは見つかりづらく、膝立ちならって条件こそつくがASをまるまる隠せるスペースもある。
だが人間が寝泊まりする場所としては、ここは最低極まりない空間だった。どうも洞窟が近場にあるらしく、そこら中にコウモリのフンが巻き散らかされている。そもそも簡易ベッドを運び込むほどの余裕はないから、ゴツゴツした岩肌に直に寝袋敷いてみんな眠っている。もちろん、翌朝にぁ背中はバキバキだ。
まあ事情は分かるんだ。なにせここは、敵の勢力圏内なんだから。
これがミスリルや天下の米軍様だったら、作戦基地が展開するのは、まず確実に自軍の勢力圏内になる。だから安心して目立つところに陣地を構えることもできるんだが・・・・・・あいにくと俺たちはそうもいかない。
定期的に飛び交うカルテル所有のヘリにビビりながら、息を殺して隠れ潜む毎日。もちろん焚き火なんて論外だ。火の明かりはもちろん、煙だって見つかりかねない。
個人用のガスコンロを総動員して濡れた靴下を乾かし、冷めきったレーションをボソボソと食う。塹壕足になるよきゃマシだが、あのコンロで飯を温められたらなあというのが皆の本音だろう。
コロンビアの虫の貪欲さときたらこれまた堪らないレベルで、プラスチックを溶かすほど強力な虫よけを全身に塗りたくっても、堂々と肌に噛み付いてきやがる。お陰でみんな全身虫刺されでデコボコ、掻きすぎて出血してる奴だって少なくない。
政府にナシをつけて合法的な作戦ってことにした筈だったのに、いざ蓋を開けてみりゃあカルテルの方が一枚上手で、地元の警察はおろかコロンビア政府すら信用できないときた。その末路がこれだった。
俺は、衛星写真をつなぎ合わせてた作られたカンポ周辺の地図の上に、
スナイパーって兵種は、実際には狙撃よりもこういう偵察業務のほうがずっと多いんだ。茂みをいい感じに加工して、自分が入り込めるだけのスペースを確保したらあとは持久戦。ひたすら双眼鏡を覗き込みながら身動き一つせず、ずっと敵の陣地とにらめっこ。それを2週間もやってた。
苦労した甲斐あって、集めてきた情報の質と量には自信があった。カモフラージュ用に張られたタープの下、光量を限界まで下げられたランタンの明かりが、そんな情報たちを照らし出していく。
「まずこのカンポ・・・・・・まあ、どこからどうみても
防御力はまず皆無。ガラス張りは見た目はいいが、防弾ガラスを使っててもコンクリート壁ほどの強度は期待できない。
「一応、屋上にスナイパーが陣取っちゃいるが、まあ敵への示威行為が本音だろうな。1km先の標的を危なげなく撃ち抜けるスナイパーが何人かいれば、向こうに気づかれることもなく排除できる。
もちろん派手にやるならロケット弾でぶっ飛ばすのも、手っ取り早くていいだろさ。だがこのカンポを囲ってる花畑は、大問題だぜ」
どうしてマリー・ゴールドなんて植えたのか理解に苦しむぜ。
そりゃ見かけはいい。すぐ枯れるがすぐ生えてくるって特性のお陰で、風がちょっと吹くたびに花びらが舞い散って、俺みたいな男でもちょっとその美しさに息を呑んだりもした。
だけどな、異臭があんまりにも酷い。虫すら近寄らないその匂いのせいで、昔は毒草扱いすらされてたらしい。まあ、そんな雑学はどうでもいいんだ。問題は、そんな見晴らしのいい花畑が施設を囲っていることにある。
「気づかれずに標的に接敵したいなら、花畑ってのは最悪の環境だぜ。あんな派手な色合いに対応できる迷彩服なんて世界中のどこを探しても存在しないし、そこまで背が高くないから単純に隠れづらく、遮蔽物だってもちろんない」
「こっちには、
そう口を挟んできたのは、ミスリルUSAの指揮官の1人、なんとかってアメリカ人だった。
「埠頭でやった手だ。フェイス・レスの手のひらに人員を載せて、堂々と花畑を横切ればいい。透明化してれば誰にも気づかれん。いとも簡単に部隊を潜入させられる」
「いかにも理屈は知ってても、実際にはECSを運用したことのない奴の意見だな」
「なんだと?」
喧嘩になる前に、その理由ってやつを相手に畳み掛けていった。
「透明化しても痕跡をすべて隠せるわけじゃない。あんなデカブツが花畑を歩いてみろ、どでかい足跡が点々と刻まれることになるんだぞ?」
言われてみればと、アメリカ人がむっつり考え込みだす。
ASレベルの巨人すらすっぽり隠せるECSが、夢の技術であることは間違いない。だけどどんな便利な技術だって、いざ使ってみると色々と欠点が目につくもんだ。
その点、ミスリル時代にさんざんECSを実戦で運用してきた俺と、会議の出席者である口数少ない大男ことサンダラプタは、その限界ってやつを肌身で感じてきた。
ネイティブ・アメリカンの血を引くサンダラプタがのっそりと口を開く。
「・・・・・・ECSの代表的な欠点に、水に弱いという点がある」
てっきりもうちょっと話が続くかと思ったが、こんな中途半端なところで言葉を切るあたりコイツはまったく変わらないな。仕方なく、自分で補足説明することにする。
「ジャングルときたら気まぐれな大雨がお約束だ。ECSは水に弱い。雨そのものはもちろんのこと、水たまりだって要注意だ。ひっ被った途端、火花がこうバチバチと飛び散りやがる。
ついでに匂いもひどいからな。人間はともかく、犬の嗅覚だとあの特徴的なイオン臭は、まあ一発でバレるな」
俺は、広げられた写真のうち1枚を指し示した。銃をもったいかにも兵士然としているカルテルの構成員と、その足元で舌を出しているジャーマン・シェパードの写真だった。
きっと犬にとっちゃ幸せな世界なんだろう、呑気な顔をしてる。だがパトロールに同行してる間中、吠えるどころかむしろ存在感を完璧に消し去って、決してハンドラーの傍らを離れないその忠犬ぶりを目にした俺は、この犬がおっかなくてならない。
まず確実に軍用犬レベルの調教がされている犬。偵察要員としてはもちろんのこと、躊躇なくこちらの喉笛に噛み付いてくるに違いない。
「他にも夜には、花畑はライトアップされる。すぐ近くに飛行場があるからそこまで派手派手しくはないけどな、巨人の足跡をつい見逃しちまうほど控えめってほどじゃない」
「・・・・・・それに、ECSが使えるのは現状ではフェイス・レスだけだ」
ポツリとサンダラプタが告げ、会議に出席していた面々が一斉に、この前哨基地の片隅に置かれている身体はM9、だが頭はサベージから移植されてきたカエル頭って異形の機体を見つめていった。
「・・・・・・ECSレンズは問題なく稼働しているそうだが、いかんせん頭が設計より倍のサイズになっているからな。ボディはきちんと透明化するものの、傍から見れば、頭だけが宙に浮いているように見えるんだそうだ」
そりゃビビるだろうな、空飛ぶサベージの生首に襲撃されたら。まあ、そういう心理効果を別にすれば、せっかくの透明化が台無しになってるだけなんだが。
ともかく結論は変わらない。俺は頭を掻きながら、お歴々に向かって最初に発した言葉を丁寧に繰り返していった。
「あの施設に潜入するのは、絶対に不可能だ」
*
【“ノル”――カンポ内、通路】
「素人ほど、“絶対”とか強い言葉を使いたがるものだ」
*
【“クルツ”――ジャングル、ミスリルUSAの
「あっ? 誰が素人だって?」
*
【“ノル”――カンポ内、通路】
「いいか、俺はボコタにある警戒厳重な高級ホテルにすら侵入してみせた。俺の
一見不可能に見えても、抜け道というのはどこにでもあるものだ」
*
【“クルツ”――ジャングル、ミスリルUSAの
「抜け道だと? んな都合のいいもんがあってたまるかッ!!」
ついつい議論がヒートアップして、バン!!と、テーブルを叩いちまった。その拍子にキャンプ用品にありがちな金属製のカップが揺れ、持ち主であるミスリルUSAの傭兵連中が慌てて、手のなかにそのカップを避難させていった。
「なんだアイツ、いきなりブチ切れたぞ?」
ヒソヒソと、こっちに聞こえないと思いこんでるモブ兵士どもの会話が耳に届いてきた。
「あんな叫ぶ必要がある会話の内容だったか?」
「ヤクだな、間違いない。金髪ロン毛の男はみんなヤクをやってるって高校の友達が言ってた」
とんでもねえ偏見が横行している気がしたが、確かにちょっと大人気なかったか気もする。咳払いして、体制を立て直すことにする。
「なら説明してやる。軍事の専門家として微に入り細に入り、たっぷり時間をかけてだな――」
*
【“ノル”――カンポ内、通路】
「短く纏めろ」
*
【“クルツ”――ジャングル、ミスリルUSAの
「・・・・・・っ、分かった」
くそっ、これが西太平戦隊時代だったら微細な情報ほど重宝がられたってのに。プロフェッショナリズムどころか、言葉が通じない奴が半分以上ってごった煮編成の傭兵部隊じゃこんなもんか・・・・・・まあ、真剣にやりすぎるのもあれだしな。
敵でも味方でもない第三の男。言葉にすりゃちょっとはカッコいいかもしれねえが、実際その立場になると情けなくて泣けてくる。結局、決断を先延ばしにしてるだけじゃねえか。
家族を取るか、親愛なる元上官を取るか・・・・・・自己嫌悪に陥ってる暇があったら、安易にカンポへは手が出せない理由を理路整然と解説したほうが、まだなんぼかマシってもんだろう。
「カンポを囲むように四方に丘が見えるな? こいつの正体は堡塁なんだ」
衛星写真にもしっかり写り込んでいる。草こそ生い茂ってるが木は一本も生えていない、ジャングルのど真ん中にあるにしては不自然すぎる丘だ。
いかにも人工物。実際、設計事務所から仕入れてきた情報によれば、カンポ建設の際に生まれた土砂を再利用したものであるらしい。
「巧妙に隠されちゃいるが、中身はバリバリの要塞そのものだ。この防御陣地に
すかさずサンダラプタが口を挟んできた。
「・・・・・・絶妙な高さだ。内と外、どちらの敵もこの丘からなら狙える」
「ご明察。それに配備されてる兵器もたちが悪いぜ」
カメラの望遠レンズを絞りに絞って、やっとの思いで撮影した写真をテーブルに放る。丘に同化するよう配備されてたが、よく見れば四角形の車体が見えるはずだ。軍人なら一発で分かる、戦車の輪郭だった。
だが普通の戦車と違って、コイツには大砲なんて装備されていなかった。代わりに砲塔から生えているのは、4本の短い鉄パイプだった。
「・・・・・・“ゼウス”か」
米軍上がりのサンダラプタらしい表現だった。
単に名前をもじったのか、それとも神の雷よろしく絶え間ない弾幕を放つ姿から連想されたのか、ともかくこの対空戦車ZSU-23-4のことを米軍は、“ゼウス”とあだ名していた。
あの4本の鉄パイプの正体は、4連装の23mm機関砲だ。
「おうとも、中東戦争で猛威を振るった対空戦車さ。コイツにイスラエル軍のパイロットがどれだけ食われたことか」
カルテルが想定している仮想敵は、まず第一にコロンビア軍なんだろう。
ジャングルって僻地に軍隊を送り込みたいなら、徒歩かあるいはヘリの二者択一しかない。鈍足のヘリが相手なら対空ミサイルよかは射程は劣るが、間断なく撃ちまくれる対空砲のほうがよっぽど役に立つんだろう。
それに、機関砲にはミサイルにはない汎用性ってもんがあるしな。
「コイツが丘の数にあわせて計4台ほど配備されてやがる。飛行機を落とすために設計された機関銃だからな。射程は軽くキロ単位だ」
先ほど俺に噛みついてきた米軍上がりの指揮官が言った。
「つまり対空および対地攻撃用ということか」
「だろうな。これとは別のモデルだが、朝鮮戦争の時代にも対空機関砲が陸戦に駆り出された事例があったそうでな。その時つけられたあだ名は“ミート・チョッパー”・・・・・・まあ、由来がどっから来たかは聞かないでくれ」
口径23mmの機関砲。それが具体的にどういう意味を持つかっていえば、毎分4000発の鉄の嵐に晒されるってことになる。対空戦車ってだけあって普通の戦車よりずっと広い俯角がとれるし、飛び回る航空機を追いかけるために砲塔の回転速度も馬鹿早い。
人間なんて一瞬でミンチになる。木に隠れても無駄だ、コイツなら森ごと薙ぎ払える。ASなら安心って言いたいところだが、位置取りからしてどう考えても地上戦闘も視野に入れてるとなれば、徹甲弾ぐらい装備してるだろう。
1、2発なら屁でもない。だがコイツは、ほっとくと何千発も撃ち込んでくるわけだから、ASに乗ってても舐めてかかれる相手じゃねえ。
対処法は撃たれる前にやれ、それだけだ。
「いいニュースもある。ZSU-23はそもそも前線の後方に配置される支援車両だ。だから装甲は薄い。対戦車って名前がついてる兵器なら、なんでも撃破できるはずだ」
「・・・・・・ただし、見つかったらお陀仏か」
サンダラプタの奴、水を差すのが自分の役割だと考えている節があるな。たく。
「索敵用の装備は、対空レーダーがせいぜいだ。それ以外の装備は、せいぜい昔ながらの
何やってるんだろうな俺は。コイツらの味方してるのか? 足を引っ張ってテッサから遠ざけるほうがいいんじゃないか? だが、あのままカルテルにテッサを預けとくのもな・・・・・・。
「ちょっといいかな?」
そう軽く手を挙げてわざわざ断りを入れてきたのは、なんてーか今だにどう反応すべきか困るミスリルUSA南米支部の支社長こと、自称傭兵の眼帯じいちゃんクルーガーだった。
「この丘そのものが、“ゼウス”のスペックを最大限に活かすために作られた防御陣地である。それは理解したが、裏を返せばこの丘さえ最初に叩けば、カンポは無防備になるということにはならないか?」
「まあ、そうだな」
「こちらには、M9とフェイス・レスがある。オプション装備が一部無力化されているとはいえ、対空戦車だけならなんてことはあるまい」
なんとなく、この爺ちゃんもそうは問屋がおろさないと理解してそうだった。話を促すためにわざわざこんな事を言ったのだろう。
まずさんざん危険視してきてなんだが、このZSU-23-4は半世紀もまえに作られた遺物だ。開発はなんと60年代、民間のマニアの間でも出回っている中古品だ。そりゃ嫌らしい配置だったが、第3世代ASの敵じゃない。
クルーガーが言った。
「敵の兵力もそこまで多くないと聞いている。
サンダラプタが頷く。
「・・・・・・はい。護衛隊が確認できただけで120名。その他、施設を運営するための非戦闘員が2、300名ほどです」
あわせて400ちょいか。ちょっとした村ぐらいの規模だな。とくに実戦部隊にあたる護衛隊は、朝番と夜番のローテーションで人員を交代しながら24時間の警戒業務にあたっているから、丘に詰めてる実数はさらに少なくなる。
歴戦の傭兵らしい風格を漂わせる、とにかく見た目についてだけは文句のつけようがないクルーガーが、顎に手を当ててしばし考え込む。
「その非戦闘員が癖者だな」
言いたいことは分かる。戦場じゃよくあることだが、明らかに戦闘に向いてない奴らまで銃を抱えて襲いかかってくるなんてシチュエーションは、ざらにあるんだ。
女子ども、この場合だと庭師とか使用人になるだろうが・・・・・・このそこらのおっちゃんとかおばちゃんがどこまでカルテルに忠誠を尽くすかは、実際に攻めてみるまで分からないだろう。
仕掛ける側としちゃあ、頼むから銃声に怯えて隅で縮こまっていてくれと、祈るしかない。
サンダラプタが、順繰りに衛星写真を指差していった。
最初は上空からだとでっかい箱にしか見えない、中央に配されてるカンポ。つづいてそのすぐ横に併設されている滑走路、4つの丘は無視して、最後に水源にもなっている川に並んで建てられた、怪しげなコンクリート製の工場で褐色のぶっとい指が止まる。
「・・・・・・使用人は、この際は除外するしかありません。裏を取りましたが、ほとんどは中南米生まれのただの一般人でしたので。
問題は、この工場の方でしょう。定期的に川をさかのぼってきた農民がコカペーストを納品していることからして、
コカインの作り方その1、まず農家がコカの葉を育てる。収穫したそいつをガソリンとかヤバめの劇薬を混ぜ込みながら白いボール状に仕立てて、そうして完成したまだ水気のあるコカペーストを工場で精製することによって、いわゆる黄金より価値のある白い粉ってやつが生まれる。
例の停戦条約によれば、平和にコカインを製造するだけなら、政府はカルテルに不干渉を貫くとされている。つまりはだ、モンドラゴン・ファミリアがこの土地で平穏に生活していく上には、条約をちゃんと遵守してますよってアピールする必要があったんだろう。
でなきゃ、有害廃棄物を巻き散らかす麻薬製造工場なんて近所に欲しがる奴はいない。実際、景観を損ねてるなんてもんじゃないしな。建物の造形も実用本位で、どうにもやる気が感じられねえし。
なんど聞いても無茶な条約だぜ。だけどな・・・・・・じゃあ、武装組織同士が街中で派手にドンパチやらかす方がいいかって聞かれたら、まあ腕組んで一晩中、考え込んじまうよな。
悪魔と戦って死ぬか、それか手を結んで後ろめたさ全開で生きるか。ほんのちょっと話しただけなのに、俺があの警察署長のおっちゃんを忘れられない理由がこれだった。
誇り高い生き様ってやつは、他人からすりゃカッコいい。だが当事者は少なくない犠牲を払わされる。
彼は英雄だったと葬式で褒め称えられるよりかは、俺だって後ろ指さされても、クララを遊園地に連れていくほうを選んじまうだろうな。だから手ひどく裏切られても、あのおっちゃんが責められずにいた。
「・・・・・・この工場に詰めている者たち。それと、定期的にASや航空機が行き来していることからも、この滑走路のすぐ横からカンポの地下へと続いているトンネル内には、敵の整備施設があると考えられます。
このふたつの施設に詰めている作業員は、どちらも抵抗してくる可能性が高いでしょう」
普通の軍隊でだって、後方の作業員も最低限は戦えるよう訓練してるもんだ。報告をひと通り聞き終えたクルーガーがうめく。
「最悪、300前後とことを構えることになるか。こちらは総勢60人・・・・・・人員の差は、如何ともし難いか」
埠頭でのテッサの大暴れが響いた形だった。ミスリルUSA社の実戦要員のほとんが今は病院暮らしだからな、むしろ60人もよく残ったもんだ。
「ここは、なんとか兵器の質で人数差を覆したいところかだが・・・・・・」
そろそろ俺の出番が戻ってきたらしい。
「そいつは、向こうも同じ考えみたいだぜ? 兵力不足を兵器で補おうとしてる」
「ふむ、具体的に聞きたいな若いの」
「まずこの丘の周辺には、これでもかって地雷が敷き詰められてる。対人、対戦車、どっちもな。それに地下に埋められるようにしてトーチカも隠されてやがる」
「まるで旧日本軍か、ベトコンのようだな」
「歴史に学んだんだろうな。それに主力はやっぱ、ASだろうよ」
そう、この丘にはどうも隠しAS格納庫まで備わっているらしい。
「サベージ、ブッシュネル、ミストラル2。まあメジャーどころは、とりあえず全部ってところか。さっきサンダラプタが指摘したみたいに、律儀に半日ごとに整備に回してるみたいだから、久々に起動しても動かないってB級犯罪組織にありがちな宝の持ち腐れじゃなさそうだぜ」
第2世代機が頑丈さが取り柄のトラクターだとするなら、第3世代機はいわばパソコンだ。同じASでも手間のかかり具合のジャンルがまるで違う。
ミスリルは、別に道楽でトゥアハー・デ・ダナンを建造したわけじゃないってことだ。第3世代機ってのは、高性能な分だけ手間がかかるって評判だからな。ちゃんとした整備施設ごと持ち運ばないとまず動かない。
そんな精密機械がジャングルに野ざらしだもんな。整備班の連中が頑張っちゃいたが、この前なんでメーカーは加湿器を標準装備にしなかったんだとゴネてたから限界は近そうだ。
その点、カルテル側は万全だろう。多少ほっておいても、いわゆる枯れた技術が多用されてる第2世代機ならいついかなる時でも完璧に動作できる。そういう信頼性も第2世代機の売りだしな。
「むしろ、機体を野ざらしにしてバッテリーを週イチで、それも徒歩で運び込んでくるこっちの方がよほど稼働状況に不安があるぜ」
以前なら
今だって一応、機体そのものはあるわけで、やろうと思えば出来るだろう。だがやらない。というか出来ねえ。なぜならば、M9の最大作戦行動時間はほんの150時間足らずに過ぎないからだ。
こちらのまともな戦力は、実質的にM9のみ。いざって時にコイツが動かないと全滅だって余裕でありうる。だからこそ必死こいて整備されてるわけだが、更に不安を煽るのはその燃費の悪さだった。
M9ってのは、その運用思想的には短期決戦をしてなんぼの機体だ。それを敵の襲撃を警戒して、常に待機状態で放置してる。それだけでも意外とバッテリーを食うのだ。
繰り返しになるが、M9の最大作戦行動時間は150時間。それも戦闘巡航、ようはフルパワーで機体をぶん回せば、この時間はもっと短くなるわけで・・・・・・ってあたりで、ふと疑問が脳裏に浮かぶ。
なにせ元愛機だからM9についたちゃなんでも知ってる自信はある。だが、同じ第3世代機でもあの
なんでも一応、あれはCIAから提供された支援用の機体という形式になっているらしい。だからミスリルUSAの整備員が手でも触れれば、それだけでもアメリカの国家機密を侵犯したことになるんだそうだ。
誰だって逮捕されたくない。だが実際問題、ノーメンテでちゃんと動くのか?
まるで石像のようにうずくまって微動だにしない怪物じみた巨人。M9は週イチでバッテリーを取り替えてるが、触っただけで犯罪者扱いされるなら交換なんて出来やしない。だがどうにもガス欠してるように見えないしな・・・・・・かといって、事情に通じてるルークがそう簡単に俺に手の内を明かすとも思えない。
まあ、あの壁抜けといい不気味さが増したってことで、今は自分を納得させるほかなさそうだ。ともかく、俺は話を続けることにした。
「カルテル側のASがざっと12機。トンネルの奥にある謎めいた整備施設の規模によっちゃ、予備機がもうちょっとあるかもな。それが例によって4つの丘に分散して配置されてる」
クルーガーが頷く。
「なるほど、確かに人員に比べて兵器は多すぎるぐらいあるな」
攻撃、防御、索敵、とりあえず全部。そういったマルチな活躍させたらやっぱASの右に出る兵器はない。それが分かってるからモンドラゴン側もこうして大量配備してるんだろう。
あの対空戦車が砲台代わりなら、ASはさしずめ遊撃要員ってところか。俺は言った。
「とまあ、この時点でもかなり厳しい情勢なんだがな・・・・・・トドメは、こいつだ。俺たちが揃いも揃って、毎日、不安そうな顔して空を見上げなきゃならない原因ってやつさ」
ここ最近、撮りためた写真で個展を開くとしたら、俺はまあコイツを目玉に据えるだろうな。それぐらい決定的な瞬間をおさえた自信があった。
「丘の中央には、溝のように小型の滑走路が掘られていてな。どうもそこからこの戦闘ヘリコプターは出撃するらしい」
サンダラプタが噛みしめるように呟いた。
「・・・・・・ハインドか」
Mi-24“ハインド”は、おそらく世界でもっとも売れた戦闘用ヘリコプターだろう。
原型は輸送ヘリだったとかで、いわゆるアメリカ製のスリムな今どきな戦闘ヘリに比べると、えらくマッチョな印象を覚える。それもその筈、なにせこのハインド、戦闘ヘリの癖して兵員輸送能力があるんだから。
なんでもコンセプトとしては、空飛ぶ兵員輸送車であったらしい。機体に搭載されたミニガンと対戦車ロケットで地上を一掃してから、すぐさま着陸姿勢をとって地上に完全武装の一個分隊を降下させ、目標を制圧する。
もちろん専門の輸送ヘリに比べたら、その輸送効率は格段に下がる。というか実際、ハインドの生みの親であるソ連ものちに輸送機能をオミットして、戦闘ヘリは戦闘だけに特化させ、輸送は輸送で専門部隊に任せるという方向にシフトしていった訳だから、いまいち上手くはまらなかったのだろう。
だが予算が潤沢な軍と異なり、専門部隊を増設するほど余裕のない麻薬カルテルからすると、これ1機でだいだい全部こなせるハインドってのは、便利だったんだろうな。
コンセプト的には中途半端つっても、その戦闘力は折り紙付きなわけだし。
「どうもコイツ、お定まりの冷戦崩壊後の放出品ってわけじゃなさそうだ。
その写真にゃ写っちゃないけどな、どの機体にも機首に最先端のセンサータレットが増設されてる。正確な型番で言うなら、南アフリカが独自に改修したMi-24 Mk3、いわゆるスーパーハインドってやつに違いない。これが丘に各1機ずつ配備されてる」
本当にハイメ=モンドラゴンって男は、抜け目がない。この土地に掃いて捨てるほどいる麻薬王どもの中で、この男だけが頭ひとつ抜きん出た存在にしているその理由ってやつが、日に日に両肩にのしかかってくる気分だぜ。
どれもが定石どおりの配置だった。ASが正面に展開して、その脇を歩兵が固めつつ、上空からは戦闘ヘリが援護する。敵の航空機は、後方に控えた対空戦車が追い払う。こうまで基本を忠実に守られると、かえって付け入る隙がない。
「こっちの対空兵器は?」
俺が尋ねると、クルーガーが悔しげに唸りながら答えてきた。
「ソ連製の地対空ミサイルを買い付けたが・・・・・・スエズ運河に網を張ってたインターポールに没収されてしまった。どのみち命中率の低さで、悪い意味で評判だったからなあ。どこまで活躍できたものか」
「となると頼みは、M9だけか」
M9は高性能な
「・・・・・・昔、M9を使ってハインドを素手で叩き落とした奴が居たな」
どこか懐かしむようにサンダラプタが言うと、ちょっとしたどよめきが会議の出席者たちに広がっていった。
実績ゼロの旗揚げしたばかりのPMCにとって、M9ってのはもはや信仰の対象といっていもいい。あれだけは、規格外の戦力すぎて、連中の中でなんとなく過大評価されすぎている気がする。
俺は警告の意味をこめて、らしくもなく真面目くさった口調で言った。
「その素手でハインドを叩き落とした奴と同じ隊にいた身として言わせてもらうがな、当人もあんなこと2度とやりたくないってぼやいてたぜ?
敵さんが追ってた標的を確保するためにわざわざ低空飛行してくれたこそ実現できた、かなり特殊なシチュエーションだったからな。参考にもならねえよ。
AS、対空戦車、そしてこのハインド。この3つの壁を抜くだけでも大変だが、攻める時以上に退くときの方がリスキーだろうな。ハインドが
それこそが、俺たちが渓谷を覆うように張られたカモフラージュ・ネットの下に何もかも隠さなきゃいけない理由だった。
迷彩柄だからシンプルに見えづらい。それもあるが、このネットはちょっとしたすぐれもので熱感知を避けることも出来るんだそうだ。
まあ、実のところ専用品でなくてもいけるんだけどな。例えば、厚手の毛布を被るだけでも十分な効果がある。
ローターが高速回転するあの特徴的な羽音を耳にするたびに、分厚い毛布に包まる俺の気持ちを考えてくれ。何が悲しくて、この灼熱のジャングルでセルフ我慢大会を開かなくちゃならないんだ?
だが毛布に包まるのを怠れば、即座にこの世の終わりが訪れるのもまた事実。機銃の雨が振りそそぎ、地形ごと耕されて、意識する暇もなく一瞬で身体がバラバラに引き裂かれちまう。それに陣地に籠もっている時ならまだしも、攻撃に打って出るというタイミングで毛布を全身に巻いて出撃するわけにも行かないだろうし。
空と陸、とにかくどちらも抜け目がない。そのうえ護衛隊の練度もまた馬鹿にできないレベルに達していた。
警備業務ほどつまらない仕事もない。毎日、毎日、ルーチンを繰り返していくうちにどんな精鋭部隊だって普通は、緩みってやつが出でくる。なのにこの護衛隊の奴らときたら訓練された犬のようにどこまでも従順に、ただひたすら黙々と任務をこなしていく。
半日ごとに監視業務につき、時間が来たら交代。銃を整備して眠りにつく。これを飽きることもなく延々と続けていた。
この交代するタイミングが分かれば・・・・・・そういう希望的観測を抱いてずっと監視を続けてきたが、奴らときたらまるでパターンが見えてこないんだ。
それぞれランダムな時間帯に人員を交代させる。丘Aから順繰りにB、C、D。だがある時には、Bから始まってDだけは交代させないとかザラにある。こうなると警備が交代する隙をついてとかは、難しいだろうな。
ついでに言えば、この計画的な気まぐれ具合はハインドもご同様らしく、一斉に飛び立ったかと思いきや、今度はまるで動きを見せない。かと思いきや、空中給油まで受けながら上空を旋回しずつけたりする。
「結論はこうだ」
俺は、ちゃんと全員に聞こえるようハッキリ声を出していった。
「強襲作戦ならワンチャンある。丘に各2機ずつ配備されている前衛のASを一瞬で叩き、“ゼウス”が火を吹くまえに破壊する。ハインドにも欠点があってコイツはな、爆装状態だとヘリコプターの癖して垂直離陸が出来ないんだ。だからこの丘に掘られた短い滑走路を走っていくわずかなタイミングは隙になって、簡単に撃破できるはずだ・・・・・・」
もちろんこの会議に参加してる奴らは、すぶのド素人じゃない。これがどれだけ無
理難題かは、百も承知だった。俺の出したこの条件は、裏を返せばひとつでも失敗すればすべてが御破算となる、リスキー極まりないプランだった。
よしんば、ハインドを飛び立つまえに3機ほど潰したとしよう。だがほんの1機でも生き残れば、こっちの虎の子であるM9の生存率は30%を切るに違いない。
どんなに優れた機体つっても、後方支援もない単騎で出来ることなんて限られてる。あのフェイス・レスも計算に入れたいところだが、スペックが不明すぎてなんとも言えないのが現状だ。だがこっちのASが2機とも完璧な連携を発揮したとしても、数の差はどうやっても覆らない。
歩兵部隊については、言わずもながだ。ASが潰されたらあっさり皆殺しにされるのは、目に見えてる。
「・・・・・・自分も異論はありません」
淡々と、サンダラプタは言ってのける。
「・・・・・・敵の全戦力、すなわち4つに分散して要塞化された陣地に立てこもっている敵勢力を一気に叩けば、カンポへの突入ルートが開けると考えます。
ですがこれを実現するためには、我が方の戦力はあまりに不足しすぎています」
そうとも無茶ぶりにもほどがある。戦力分散ってのは、普通は各個撃破されちまうだけの愚策なんだが、この場合だとリスク分散にしか見えてこないのがいやらしい。
ミスリルUSAの戦力は、第3世代のASが2機。それも片方は現地改修でなんとか動かしている有様のキメラときてる。歩兵は60とそこそこいるが、相手は正規部隊だけでも120人で、全体だと下手すりゃ400を超える。
1箇所だけなら正直なところ余裕だろう。だか丘を1個ずつ攻略していく戦法は時間がかかりすぎる。かといって全部いっぺんに襲いかかるとなると、頭数が絶対的に足りなくなる。
俺はとっくに出していた結論をあえてゆっくりと、またしても言い聞かせるように会議に参加した面々に聞かせていった。
「正面からやり合うよかは、潜入をオススメするぜ? もちろん連中のヘリと歩兵による哨戒網にいっさいかからず、隠れようもない広い花畑をどうにかスナイパーに見つからないようくぐり抜けて、かつ内部の状態がまったく分からない施設に入り込んで
とりあえず増援が来ないことには、どうにもならねえ。それが俺の結論だった。
もしテッサだったらどうしたろうか? あの名将ぷりを考えるとあるいは・・・・・・そんな気持ちにもなるが、その一方で“面倒ですからいっぺんにやっちゃいましょう”とか、平然と巡航ミサイルで施設ごとぶっ飛ばしそうな気もする。
思い返すと、やっぱわりと二面性あったよなテッサって・・・・・・。
なんやかんやとクルーガーは、部下から信頼されているらしい。ツッコミようもない完ぺきに調べ尽くされた調査結果を、こうまで大量の資料と一緒に提出してやったんだ。ミスリルUSA連中はぐうの根も出ないようで、みんなして一斉にクルーガーの顔を見つめ、指揮官がどのような結論を出すのか待っていた。
ここで小心者な指揮官だったら、部下からの眼差しにビビって冷や汗でもかいてたろうが、かつてのウォール街のやり手は、表面上は冷静なままだった。
眼帯に覆われた眼差しが、会議を遠巻きに観察していたパナマ帽の男に向けられていく。
「とのことですが・・・・・・クライアントのご意見は如何ですかな?」
「方針は変わらない」
言葉少なだが、何が言いたいのかは明らかだ。つまり何がなんでもテッサを捕まえろ、ってことらしい。
クルーガーは、少しばかり言葉を選びながら会話を続けていった。
「我々も正式に契約を結んだ以上、最大限の努力はいたしましょう。ですが自分たちの手には負えないと素直に認めるのも、またプロとしての矜持であると考えます」
面と向かってハッキリ言い切るもんだ。ちょっとこの傭兵気取りの爺さんを信じたくなったが、如何せん相手はあのルークだ。この野郎にかかると、無茶、無謀、無意味と3点揃ったバンザイ突撃を平然とした顔して命じそうで怖いんだよな。
引くか、あるいは進むのか? 俺と、たぶんミスリルUSAの連中にとって今は、そういう分水嶺って認識なんだが・・・・・・ルークはそんなこと微塵も考えていなさそうだな。
ゆっくりとした足取りでテーブルに近づいてきたルークは、その爬虫類じみた瞳で冷ややかにテーブル上の写真たちを見下ろしていく。
面構えのせいもあるだろうが、コイツの内から湧き上がるなんともいえない・・・・・・狂気ってやつのせいで、演技がかったその仕草を馬鹿にできない雰囲気が場にあった。
ルークが言う。
「作戦の続行、その可否は・・・・・・まず上と相談してから決める」
*
【“ノル”――カンポ内、通路】
「とまあ、こういう次第なわけだ」
どうしてカンポに何者も侵入できないのか、長ったらしい説明を終えてどこか得意げなレオンに俺は、感想を漏らしていった。
「・・・・・・そのトンネルとやらの奥には、一体何があるんだ?」
「変なとこに興味を持つね君も。他に感想はないのか?」
「なんでトンネルなんだ? 雨が降ったら水が入り込んで大変だろうに」
「・・・・・・本当に変なとこに興味持つな」
「あと長々と聞いたが、結局は潜入できない理由になってない」
「どうしてだよ?」
「俺なら警備がどうのは全部無視して、使用人に化ける」
「そこはモンドラゴン・ファミリアの調査力を見くびっちゃいけないな。ケチな使用ひとりひとりまで身辺調査は完ぺきになされてる。
だって愛しの我が家から遠く離れて、このジャングルの奥地で単身赴任するんだ。魔が差しても踏みとどまれるよう能力はもちろんのこと、忠誠心だって評価対象になってるって話だ」
「メイド服を着れば、問題ない」
「・・・・・・どこかで、話が異次元に飛んだ気が・・・・・・なんでメイド服?」
「男というのは、スカートからはみ出た生足しか見ない」
「・・・・・・意味がわかるのに、会話が成立しないこのゾワゾワ感」
「だから顔が多少、書類と違っていても誰も気づかないものだ」
「・・・・・・どうしてかな? 見る側じゃなく、どうにも見られる側の感想に聞こえてならないんだけど」
「経験があるからな」
すると、ずっと車椅子を押すばかりで死んだように黙りこくっていたハンマーなるスキンヘッドの大男が、いきなり会話に割り込んできた。
「分かるわそれ」
人生というのは、ほとほと一寸先は闇だ。いきなり乗り込んできた見た目12歳ほどの銀髪娘にこき使われたかと思えば、次の瞬間には、白人至上主義的なプリズンギャングのメンバーから、女装癖について共感を覚えられもする。
「そう・・・・・・か」
表情こそどうにか保てたが、流石の俺も内心、ちょっと戸惑いを隠せずにいた。一方ハンマーなるスキンヘッドの方は、お気楽な調子で衝撃の告白をぶっこんでくる始末。
「ほら刑務所って万年、女日照りだからよう。塀の向こうにずっと監禁されてると、もう自分でなるしかないよなって、ある日唐突に悟りが開ける日が来るんだよな」
言葉の意味は、すべて理解できるのに・・・・・・頭がその理解を拒否してる奇妙な感覚に俺は陥っていた。そうか、さっきレオンが言ってたのはこれか。
「でもすね毛の処理が面倒でよう」
かと思いきや、急に親近感を覚える話題が飛び出てきた。
「ああ、それは分かる。永久脱毛しても、あれって生えにくくなるだけでほんとうの意味での永久脱毛にならないからな」
「マジかよ。なら予約キャンセルしないと」
メトロノームを三倍速ぐらいした勢いで目線をさまよわせていたレオンが、唐突に声を張り上げた。
「ほら見給え!! エレベーターが見えてきたぞ諸君!!」
急に探偵らしいというか、不自然なほど時代がかった口調で大声を発したレオンの言うとおり、エレベーター乗り場が見えてきた。
そこがどうやら、奴が言うところの殺人現場への入り口であるらしかった。
銀髪艦長とおとぎの国のトイ・ソルジャーズ 野寺308 @177
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