愛と言う名の下に…… D

愛と言う名の下に…… 9

 家に帰ると、アカネの姿が消えていた。

 始めは。


 「出かけたのか?」


 そう軽く考えていたが、机の上をふと見ると、離婚届と一枚の手紙が置かれていた。

 そして……。


 「アカネ……早とちりしやがって……」


 俺は机に両拳を叩きつけた。


 ただ、自分の甘さが悔しくて悔しくて……。

 俺は悔しさのあまり、ポツリポツリと涙をこぼす。

 何で俺はあの時アカネの様子がおかしい事を気にしなかったのか!

 きっとアカネは俺を信じていたんだ、ホントの事を言ってほしかったんだ!

 なのに俺は、驚かす事ばかり考えて嘘をついた、俺は大バカだ……。


 「くそ! 間に合えよ!」


 俺は僅かな理性から急いで外に出る。

 まだアカネが近くにいることを願って……。

 家の近くを走り回った。


 走って走って走って……。

 いつの間にか振っていた霧雨に濡れながらも俺はアカネを探した、だが……。

 だが、いなかった……。


 どこを探しても、影も形も、目撃したと言う話も無かった。


 「アカネ……アカネェェェェェェェェ!」


 俺は周りにいた数人など顧みず、商店街の中心で叫んだ。

 もう、俺は必死だった、冷静に判断が出来ない位に……。

 そんな時だった。


 「どうしたんスか、コータローさん? 傘もささずに?」


 キョトンとした顔のタツヤがいる。

 よく見れば、周りにいた人間の中にタツヤがいた様だ。

 そうだ、タツヤに……いや、色々考えている暇はない!

 アカネの為だ、色々考えている余裕なんて無い!


 「タツヤ、実はアカネが居なくなってしまって……。 どうもノアと一緒にいた所を見られたようでな、アカネが勘違いして離婚届と手紙を置いて出て行ってしまったんだ!」

 「え!? ちょ、ちょっと待って下さい!」


 そしてタツヤは、スマホを取り出し電話をかけ始める。

 画面には『モミジさん』の文字、タツヤはモミジに電話をかけている様だ。

 そして、通話時間が表示されたと同時にタツヤはスピーカーモードを押し、慌てた様子で会話を始める。


 「もしもし、モミジさん!? あの、アカネさんが家出してしまったみたいなんです! ど、どうすれば良いですかね!?」

 「へ? 話が良く分からないのですが!?」

 「その、簡単に言えば、アカネさんが誤解して離婚届書いて家を出てしまったんです! だからどうすればいいかと思いまして!」

 「落ち着きなさい! まず電話すれば良いではありませんか!」


 言われてみればその通りだと思った。

 だが俺は慌てて出てきた為、スマートフォンを家に置きっぱなしだ。

 なので。


 「すまないモミジ、冷静さを欠いていたようだ……。 だが、スマートフォンを忘れてしまってだな、悪いが電話を頼みたい!」

 「……アナタには焼き肉店に連れて行ってもらったりと色々恩がありますから、断る訳にはいきませんわね。 後で掛けなおしますわ、とりあえず家にいらっしゃい!」

 「分かった!」


 そして、電話が切れたと同時に。


 「タツヤ、すまんが走るぞ!」

 「分かりました!」


 俺たちはタツヤとモミジの家へと走っていくのであった。


 …………。


 タツヤの家に着いた俺達に対し、椅子に座るモミジから告げられた内容は……。


 「つながりませんでしたわ……」


 その内容に俺はガクンと膝をつき、そして。


 「アカネ……。 俺は……俺は……お前を思って……」


 そう呟いてしまう。

 あの時嘘をつかなければ……あの時、見られなければ……。

 そう思った時だった。


 バチン!


 俺の顔を誰かの手が上を向けた次の瞬間には、頬に痛みが走っていた。

 モミジがムッとした顔で俺を見ている。

 な、何で?どうして俺をぶったんだ……。


 「冷静さを欠いて、自分を守りたい気持ちは分かりますわ……」

 「…………」

 「ですが、現実をみなさい! アナタの行動が元にこうなったのではありませんの!?」

 「…………」


 俺は何も言い返せなかった。

 そうだ、何を言おうが俺の行動が結果として、こういう現実を作り出したのだから。


 「それで?」

 「ん?」

 「それで、アナタはどうしたいの?」

 「そ、そりゃあアカネを連れ戻したいが……」

 「…………」

 「連れ戻したいが、俺はどうすれば良いか分からないんだ! もう、冷静に判断できないんだ!」


 情けないが、今の俺は連れ戻すためにどうすれば良いか?まったく浮かばない状況だ。

 だが、そんな俺に。


 「仕方ないですわね……。 ワタクシに任せなさい!」


 モミジがそう言って微笑みかけてくれた。

 ホント、ありがたい……今、こんな状況になって初めて思う。

 仲間の有難さと言うモノを……。


 「……借りはいずれ返すぞ」

 「ええ、楽しみにしてますわ!」


 そして、俺に微笑んだモミジは電話をかけ始める。

 その相手は。


 「氷菓先輩、いきなりすみません。 緊急の要件があるので、シンを連れてこの家まで来てもらって良いですか? 先輩の助けが必要ですの!」


 氷菓先輩だった。

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