愛と言う名の下に…… 5

 「もしもし? アカネか?」

 「う、うん! ど、どうしたんだい?」

 「お前、何だか様子が変だが大丈夫か?」

 「いや、大丈夫さ! 今日も元気いっぱいさ!」

 「それなら良いんだが……。 ちょっと帰りが遅くなりそうでな、連絡しておこうと思ったんだ!」


 電話に出た僕は明るかった、声だけは。

 それ以外は暗い、顔にも力も入らず、心も曇っている。

 だけど、だからと言って証拠がある訳でもないんだ、だから……、だからコータロー、正直に答えてくれ……。


 「コータロー、とすると残業かい?」

 「あ、あぁ〜、そんな所だ。 だから変えるのが遅くなるので、料理を作るのは遅くなるが大丈夫だろうか?と思って電話したんだ」

 「な、なるほど〜……。 そ、それなら大丈夫さ~。 心配ない、心配ないよ僕は!」

 「挙動不審な声で心配だぞ……」

 「あははははははは……。 まぁ仕事を頑張ってくれたまえコータロー、それじゃ!」


 僕は愛想笑いを零し、電話を切った。


 「……浮気だよね、コレは……」


 僕はそう呟くと共に、無意識に手の力が抜け、スマホが宙を舞い、ベットへ沈み込む。

 それはまるで、ドラマの世界の中にいるかのようなスローモーション。

 それほど僕は、時間がとても遅く感じていた。

 

 それほどショックだった、長い付き合いをしてきて、長い間好きだった人と結婚できたのに、こんな裏切られ方をするなんて……。

 ……ふふ、やっぱりダメだな僕は……、コータローに怒りをぶつける事はできなそうだ。

 やっぱりそれだけコータローの事を愛しているんだろうなぁ……、恨み言を言えそうもないや。

 なら僕は、彼の妻として最後に良い事をしておくとしよう。



 それまでは、自分を誤魔化さなきゃ……。


 「出来るだろう僕……。 だって僕は生徒会長だったんだ、多くの人が幸福になる為に犠牲になるのはつきものだろう?」


 …………。


 次の日の朝。

 僕は、離婚届を取りに市役所へと向かい、そして今、家のテーブルの前に静かに座っている。


 正直、昨日より空気が重く、そして胸を締め付けられる感覚が強くなった気がする。

 だけど、だけど僕は、コータローを愛する妻として、最後くらい頑張らないと……。

 でも、つらいな、ちょっと……。


 「名前……書きたくないな……」


 つい、そんな思いを呟いた時、僕の右手に握られるボールペンの動きは止まった。

 いや、そんなワガママは言ってられないな。


 僕……いや、アカネ、落ち着いて考えるんだ。

 僕は、彼の妻として、何かしてきたのか?

 僕は、彼の妻として、何を渡す事が出来た?

 僕は、彼の妻として、何を貰ってきたのか?

 答えは、僕が提供できたものは……無いかも……しれない……。

 だから……だから……最後位……最後位……。


 「うう……」


 僕は我慢できず、机の上にある、目線の先にある離婚届に、しょっぱい水しぶきを零してしまう。


 「やっぱり嫌だ! コータローと離婚したくない!」


 そして、僕は両手を机に叩きつける。


 「……気持ちを落ち着かせよう」


 そう思うと僕はスマホを取り出し、適当に動画を見ることにした。


 


 僕の目に、そんなおススメの動画が目に飛び込んでくる。

 そして、僕の指は無意識にその動画を触っていた。


 …………。


 不思議と所々歌詞が頭に残る歌だった。

 ただ僕は、この歌に背中を押された気がした。

 その、歌の中に。


 


 と言う歌詞があったから。

 ……その言葉が、今の僕に訴えかけているように感じてしまった。

 そうだ……、悩んでいても、どんどん苦しくなるだけだ。


 そう思った僕は再び筆を動かす、先ほどまで止まっていたのが嘘のように……。

 そして。


 「出来た……」


 僕は複雑な感情を胸にしまいつつ、書き終えたのだった。

 それは、離婚届と一枚の手紙だった。

 その手紙の内容は……。

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