幼馴染は何年たっても素直でない 3

 トントントントン……。

 ジューーー……。

 ザーーーー……。


 とても美味しそうな匂いが僕の鼻をさそい、僕は体を起こす。


 「お、起きたか?」

 「む?」

 「氷菓先輩から、モミジの旦那のタツヤと二人で来るように!って呼び出し受けてきたら、お前たち二人そろって気絶していたからな。 それでお前たちをそれぞれ連れて帰って来たんだ。 全く喧嘩するのはいいが、もうちょっと場所を考えて頼むぞ……」

 「僕は悪くない、アイツが悪いんだもの……」

 「はぁ……分かった分かった……」


 ここは……、ダイニングキッチンのソファだな。

 そして、コータローが料理を作っていて……は! 今何時!?

 僕がそう思って時計を見た時はもう6時43分、晩御飯を作るには遅かった。


 「……また僕は料理を作れなかったんだな……」


 正直ちょっと落ち込んだ。

 その、思いもよらぬ出来事はあったとは言え、コータローに料理を振舞えなかったから……。

 頑張って作って、美味しいと言ってもらいたかったのに……。

 『作ってくれてありがとう』って言われたかったのに……。

 別にそれは明日でも味わえることだろうが、気分的に今日味わってほしかった訳だ。

 だからこそ……。


 「アカネ、ちょっと来い」

 「ん?」

 「頼むからちょっと来てくれ……」


 何だろう、僕を呼んだりして?

 僕はトコトコとコータローの傍へ行く。


 「肉じゃがの味付けをしてくれないか?」

 「へ?」

 「ちょっと急な仕事の連絡が入ってな、このタブレットに料理の手順がうつっている。 そこの11番の項目をやっておいてくれ」

 「へ? あ、ちょ、ちょっと待ってくれって! 僕は……行ってしまったな……」


 僕の目の前にはタブレット、そして砂糖、しょうゆ、みりんが置かれている。

 全く、味付けは料理で最も重要な事だろう!

 それを料理不慣れな僕にやらせるなんて、ちょっと意地悪だと思うぞ、僕は……。

 でも、こんな時こそ妻として頑張らねばならない時だ!

 コータロー、この僕に任せておいてくれたまえ!


 …………。


 「ええい、砂糖の量はどれくらいで、しょうゆはどれくらい入れればいいのだ! あ、作り方の一番上に量が……あぁぁぁぁぁぁぁぁ、それどころではないな、このままだと具が煮えたぎってしまう!」


 僕は慣れないながらも必死に味付けをし、弱火でじっくり煮込んだ。

 その、言ってしまえば多少パニックを起こしていたのは否定できない。

 まぁそれでも、忙しい夫に代わってと思って頑張ったのだが……。


 「塩辛い……」


 初めては大失敗だったと思う……。

 その、せっかく途中までコータローが上手くやっていた肉じゃがが台無しではないか、これではコータローが怒るのではないか……?

 ホント、我ながら情けない。


 「味付け終わったか?」

 「あ、あぁ。 僕なりに頑張ったけど……」


 はぁ……コータローの顔を見るのがつらい。

 せっかくコータローが途中までうまく作っていたのに……あ。


 「ちょ、ちょっと待ってくれ! その、僕は味付けに失敗したんだ、だからその、食べないで欲しいんだが……」

 「……俺は好きだぞ? うん、美味いな!」

 「へ?」


 予想もしない一言に僕は、驚いたまま固まってしまう。

 もしや、僕に気を使って……?

 それとも、今まで僕の舌に合わせて味を付けていたのだろうか?

 これは一体……。


 「ほらボーっとしてないで食べるぞ!」

 「あ、頭をポンポン叩かないでくれたまえ! 分かったから!」

 「あ~悪かったよ。 ともかくほら、せっかくご飯も炊いているんだし、暖かいうちに食べるぞ、な!」


 そして、コータローは棚から皿を取り出して、自分の分の肉じゃがとご飯を皿へ載せていく。


 僕のドキドキが止まらない。

 だって、僕の味付けを美味しいって言っただけでなく、僕の頭をポンポン叩いてくれたから……。

 その、不思議と愛を身体で感じているような不思議な気持ちで……。


 「ほら、早く注げってアカネ!」

 「せ、せっかちでは無いか、コータロー……」


 全くコータローめ、僕がせっかく君への愛を感じていたと言うのに……。


 …………。


 「「いただきます」」


 低いテーブルに食事を置き、僕とコータローはクッションの上に座ると、ほぼ同時に食事を始めたのだが……。


 「…………」


 塩辛くて箸が進まない。

 あぁ、すまないコータロー、君に気を使わせてしまって。


 「口に合わないのか? 肉じゃが?」


 不意にコータローが僕に尋ねる。

 どうやら顔に出ていたようだ、こうなれば正直に言うしかないか……。


 「実はそうなんだ……」

 「そうか……」


 そして、静かに立ち上がるコータロー、あぁ君はホントはつらかったんじゃないか……ん?

 コータローが箱を持って戻ってくる、へ? ど、どうして僕の後ろに回り込むんだい!?


 「その、お土産だ……」


 そして僕の目の前に置かれる白い箱、その中を開くと。


 「これは……僕の大好きなオルガノのケーキではないか!? 一体どうしたんだい!?」

 「えーっとだな……、昨日の砂のトレジャーハントの収入の2500円を使って買ったんだ……」

 「ふにゃ!?」


 ま、まさか……ほえ!?


 「あのさ、その……お前、寂しかったんだよな。 その……俺はバカで鈍いから察するのが遅れたと言うか……すまん……」

 「……ま、まったく……、もうしばらく、僕を抱きしめてくれたら許してあげよう……」

 「そ、その……今日だけだぞ……」


 ちょっと恥ずかしそうな赤面したコータローの顔を見て僕は思う。


 『


 と……。

 そして僕の身体を覆うようにギュッと抱きしめる、コータローの胸に身を預け、僕はその夜、ケーキよりも甘く幸せな愛を、身体でじっくり味わったのであった。


 …………。


 そして次の日。


 「……と言うように、僕とコータローはラブラブなんだ。 牛乳女の君にはできない事だろう? な、そんなの簡単だって!? しょ、証拠を見せたまえ証拠を!」


 その幸福を自慢してやろうとモミジに電話をかけたのだが、『自分たちの愛が上』だと見栄を張ってきた。

 全く、素直に負けを認めず不愉快な奴め……。

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