アカネの里帰り 4

 「イツカ、母さんへのプレゼント、お前は何が良いと思うんだ?」

 「そりゃ愛でしょ! ラブラブビックバンでしょ! そして『愛してる〜』って抱きしめてあげる事でしょ!」

 「よし、仕事中のコータロー君に迷惑をかけてはいけないな、切るぞ!」

 「ちょ、パパ! ちょ、待てよ! ちょ、ストップ、ストーップ!」


 まったく、コイツに少しでも相談しようと思った俺がバカだった……。

 ホント、一体何を考えているんだかイツカの奴は……。


 「切っちゃっていいのパパ? 切っちゃったら赤い糸が切れるかもしれないし、もしかしたら『切れてないですよ』なんてママが言ってくるかもしれないし〜。 あ、そう言えば『赤い』って付く曲って何か印象薄い気がするんだけどどう思う〜?」

 「……切るぞ……」

 「ちょ、ちょっと待ってパーパ! 大切な話があるからさ~」

 「……何だ?」

 「私、コーちゃんの事、大好きな……」

 「切る!」

 「うわわわわ! パパ、待ってってば! 今のは冗談、冗談だって! 真面目に言うから!」


 まったくコイツめ、何を考えているんだ……。

 しかし、真面目にって一体何を言う気だ?


 「私、実はアカネちゃんと結婚したいと思ってます!」


 俺は静かに電話を切った。

 少しでもアイツの話を聞こうと思った俺がバカだった……。


 だがまぁ元気ではある様で良かったと俺は思う。

 贅沢を言えば、老後一人は寂しいだろう。

 だから新たなパートナーを見つけてくれれば尚更なのだが……。

 なのだが……。


 「やっぴ〜パパ〜!」

 「あ、どうも……」


 何でコータロー君とイツカの二人はココにいるんだ……?


 …………。


 「二人はどうしてここにいるんだ?」


 さて、喫茶店の中に座りなおして、俺は目の前に座る二人にそう尋ねる。

 すると。


 「当然、不倫旅行よ!」

 「お義姉さん! 嘘をつかないで下さい!」

 「ごめんごめん。 ホントは浮気は文化って言葉の実践を……」

 「だからお義姉さん、嘘は止めてください! ホントは明日の分の仕事まで必死に終わらせて、急いできた次第でして……」


 グッドサインを俺に突き出すイツカの馬鹿タレはさておいて、コータロー君からその様な話を聞かされる。

 しかし、こうやって来てくれたのはとてもありがたい!

 コータロー君にはとても感謝しきれないな。


 「すまないね、コータロー君。 君が来てくれて良かったよ」

 「いえいえお義父さん。 こちらこそ、ドッキリを仕掛けて申し訳ないですよ」

 「そんなコーちゃんと一緒に来た娘もここにいるよ!」

 「いやいや、嬉しいドッキリだったよ。 本当にありがとう」

 「そう言っていただけると大変助かります、お義父さん」

 「そんなドッキリを一緒に仕掛けた娘がここにいるよ!」


 あぁ、やはりコータロー君は良い子だな。

 不思議と自分の息子の様に感じてしまう。

 いや、今は息子と堂々と言って良いのだろうな、きっと……。


 「お父さん……。 私、ここに来るまでの間、コーちゃんと一夜の過ちを犯してしまって……。 今、私のお腹には新しい命が……うっうっう……」

 「お義姉さん! 洒落にならない嘘は勘弁してください!」

 「イツカ! お前、嘘にも程があるぞ!」

 「だって〜、パパもコーちゃんもスルーするんだもの。 だから、どの程度の嘘までスルーするのか試してみたと言うか〜」

 「お義姉さん、いきなりフルスイングでアウトですからね!」

 「そうだ、コータロー君の言う通りだ! まったくお前は昔からそうだ! 少しは反省してだな……」


 まったくコイツは昔っから何を考えているのか分からないぞ、ホント……。

 ただまぁ、こういう時間もいつまで過ごせるか?

 そう思うと、今こうやってイツカと話す時間も宝の様に感じてしまう。


 ……人生50代の道に差し掛かり、いつ死ぬか分からないと最近思い始めたからだろう。

 俺は人生の価値を深く感じ、そしてその人生が無限に続くように願ってしまっている。


 だからこそ、最近死と言うモノが恐ろしくてたまらない。

 昔は父や母が死んでも、それは生物として仕方のない事だと思っていた。

 だが、この年になると、どうもそれでは割り切れず、この人生を彩る家族が掛けるだけでも、この料理はダメになってしまう。


 皿だけでも料理はダメだ。

 料理器具だけでも料理はダメだ。

 食材だけでも料理はダメだ。


 だから神がいるなら是非願いたい。

 この完成された料理を永遠に保ってほしいと。

 そう、永遠に腐敗する事もない、俺の人生と言う究極の料理を……。


 「あ、パパ! 深刻な顔をするより、ママへのプレゼントを買わなきゃ!」

 「む!? そうだったな、イツカ……」

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