平穏に生きたい元ヤンJ Kの話

岡田遥@書籍発売中

第1話「平穏に暮らしたい」

 誰しも秘密にしておきたい過去の一つや二つや三つや四つ、あるはずだ。それが若気わかげの至り系笑い話になるか黒歴史になるかは人それぞれ――。私の場合、中学時代近隣の学校に通うヤンキー達を軒並のきなみ平伏へいふくさせ「森中の阿修羅あしゅら」と恐れられたことを考えると、言うまでもなく黒歴史。メーター振り切れる勢いで黒歴史なのだ。


「誰にでも笑顔で優しく、むやみやたらとすごまない。」


 腰元まであった黒髪は短く切って栗色に染めた。優しそうなイメージの女の子になりたいと思ったから。

 周囲の関係をまっさらにするため家から遠く離れたこの学校を選んだ。

 だからそう。高校時代は一人慎ましく大人しく平凡に生きていきたかったのに。


「君かわいいねぇ。新入生?」

「怯えちゃってかーわいい」

「ね?この後予定ある?ないなら俺らがこの辺案内してあげるけど」


 入学式終了後間もなく、引っ張りこまれた校舎裏。

 チャラ男 A.B.C が現れた。


「イエ.....いいです.....」


 こんなのちょっと前の私なら「闘う」コマンド一択のワンパンKOで即サヨナラ勝ちだったけど今回はそうはいかない。だって彼氏が欲しいから。間違えた。入学早々乱暴者のレッテルを貼られるわけにはいかないからである。


「私友達が待ってますので……」


「えー!いいじゃんいいじゃん」

「友達も誘っていいからさ」

「っていうかそれ女?」


「家族も家で待ってるし...」


「ちょっとくらいハメ外した方がいいって」

「せっかくの高校生活なんだからさぁ!エンジョイエンジョイ」

「あ、そーだLINE教えて?」


「.....」


 し、しつけ〜〜!何なのこの人達。三日連続で食卓に上がってくるもつ煮くらいしつこい。挙句両サイドから腕をぎゅっと掴まれて――そこからはもう反射だった。

 気付いたら三人共足元で目を回していた。


 私は即座に走った。

 (あああ神様、どうか彼らの脳みそが全て夢だったと勘違いしてくれるご機嫌ブレインでありますように!)

 そう願うのに夢中だった私はさっぱり気付かなかったのである。


「.....へェ」

「.....面白ェもん見つけちまったな」


 屋上からこちらを覗き見る影が二つ。こっそりと笑みを深めたことには.......。


 ***


「うわ、黒峰のやつ学校来てんじゃん。珍しー」

「今日入学式で授業ないからでしょ……」

「てかあのキズなに……?怖」


 普段通り、膨れきった風船を避けるように道が開く。腫れ物扱いも周囲の反応も慣れたはずだったが、やはり舌打ちのひとつくらいせずにはいられない。

 ここへ来るといつもこうだ。

 けど今日はいつも以上に、来るんじゃなかったと思った。


(祝いの日に、俺だけ白黒みてェだな)


 足は知らずと人の居ない方へ進み、気が付けば屋上の扉の前に立っていた。

 荒っぽく扉を蹴り開ければ、嗅ぎ馴れた香りが一瞬鼻を掠める。


「あー、黒峰くろみねか?お前もっと丁寧に入ってこいよ」


 .....ここにも居たな。俺と似たようなバカヤローが。


 声を無視して後ろ足で扉を閉める。

 タンクの裏に回れば、大の字で転がっているそいつの姿が目に入った。放り出された学ランの胸には「久瀬くぜ」の名札がある。


「何やってんだテメーは」

「光合成」

「日影だここは」

「細けぇ奴だな」


 そう言ってメガネを頭の上に押し上げた久瀬は、眠たげな目を擦って大欠伸をした。そういえば、と先日こいつがボヤいていた言葉を思い出す。


「お前、入学式で挨拶するっつってなかったか?在校生代表の。どうだった」


 在校生代表挨拶は毎年、学年の成績優秀者、つまり前年の主席が行う決まりだ。


「どうって...可愛い子が少ねェ」

「聞いてねーよ」

「挨拶か?もちろん二百点満点だ。俺だぞ」


 久瀬はにやりとした。


「新入生の誰もが憧れ、保護者達が有無を言わさず信頼するような好青年を演じてきた。ふふ、ふふふ、何が面白ェってなァ、普段の俺の素行を知ってる教師陣が、もう最高に『世も末...人間不信になりそう』って感じの顔をしてたのが最高に最高で最高だった」

「俺は常々、お前が学年首席なのが不思議でならねェよ」

「世も末だろ」


 紙パックの牛乳にストローをさす。

 こいつと話してるのが楽かと言われれば、しょっちゅう腹立たしいことを言いやがるので別に楽ではない。むしろ九割むかつく。

 それでもクラスにいる他の奴らと話している時よりは、まだマシな気がした。



「ん?何か騒がしいな」

「.....校舎裏だ」


 二人揃って下を覗くと学ラン姿の男が三人、女子に寄ってたかっているのが見えた。女の胸には小さな花のブローチがついている。


「お。あの女子新入生だな。ガキ共ん中じゃ圧倒的に顔が良かった」

「それはどうでもいいが、助けに行ってやんねェのか」

「俺はインテリ派だ。無駄な殺生はしない」

「殺せとは言ってねェよ」


 その後は、二人揃って続きの言葉を飲み込んだ。

 ほんの瞬き三回分だった。


 まるで演舞のように、そいつは無駄のない動きで的確に男達の急所を捉えた。

 眠るように折り重なったそいつらを一瞥。

 女は軽やかにその場から走り去って行った。


 久しぶりに、自分の中でクツクツ疼くものを覚える。


 あいつは誰だ。

 あの強さの理由は何だ。


 隣で久瀬も同じ顔をしているのが分かる。


「.....面白ェもん見つけちまったな」


 不思議と口角が上がった。この日を境に俺のつまらない高校生活にほんの少し、色彩が生まれることとなるが、それはまだ先の話。

 ともかくこの瞬間、ここに俺達が居合せちまったことが、あいつにとっての不運となるのはまず間違いなかった。

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