第16話「在りたい自分」

 春野の繰り出す技は、それはもうどれも見事なもんだった。ガタイの良い男達の攻撃を蝶のようにひらひらかわしながら、そいつは高らかと声を上げる。


「ヤンキーの嫌なところその①自分が世界で一番最強だと思っている愚かなところー!」


 春野の上段蹴りが男の顎をとらえた。


「その②全員ズボンがダルダルなところー!

 その③よく弱者をいたぶるところー!!」


 俺が「あっ」と声を上げたのは、春野の背後から飛び掛かってきた男の拳が、見事真っ白い頬にヒットしたためだ。

 しかし春野は動じない。

 殴られた反動を咄嗟に利用し、半回転して拳を男のこめかみに叩き込んだ。そうとう場慣れ……というか喧嘩慣れしているのが分かる。「そのよーん!」春野は続けた。


「全員もれなく首が座ってないところー!!ハァ!?お前ら一歳児未満かー!?しっかり自立しろバカタレェ!!」

「そのメンタル攻撃もう止めねェか。こっちにも刺さる」

「そのごー!」

「無視か」

「いいんですって。この場にいる全ヤンキーのメンタル殺しにかかってんだから。そのごー!髪型がダサイー」

「止めろ!」

「あ、クロ先輩かがんで」


 言われた通り咄嗟にかがむと、俺の頭の上を春野の脚が薙いだ。グエッと蛙のつぶれたような声を上げて、背後でバッドを構えていた男が倒れる。

 こてんと尻もちを着いた春野。

 その近くにいた最後の一人は、俺が拳で沈めた。


 死屍累々のありさまの中で、スカートの土ぼこりを払った春野が俺に向き直る。


「呆れ返っちゃうほどいつも通りの私です、黒峰先輩。

本当は変わりたかったけど変われなかった。

.....なのに今まででで一番、ちゃんと胸を張ってられる」


 ぱっと、諦めたように微笑んだ春野。


「これが私です」

「...春野」

「あ、ちょっと、勘違いしないで下さいよね。私は自分の意思でここを選んだんです。


 人も自分も偽らず騙さない。向こう見ずに突っ走っていける、あなたみたいな人になりたいと思ったから」


 ――黒峰先輩。

 私また屋上へ行っていいですか。


 そうクソ真面目に尋ねてくる春野の頭を、俺は乱暴に掻き混ぜた。


「......ダメなわけねェだろ、アホが」

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