第49話「波乱の文化祭、幕開け」
音楽室。最後の一音を弾き終えたベースの余韻を残して静けさが戻る。
その直後、新谷先輩が歓声を上げた。
「すごい!!いい感じじゃないですか!」
文化祭前日。バンドはかなり完成された仕上がりをみせていた。
「佐藤君も久瀬君も、もう初心者とは思えませんね!」
「そうはしゃぐな、新谷。当然だ」
「僕はもともと器用なんだ。王子たるゆえんかな」
「それに春野さん!―――正直、聴き入ってキーボードが止まるところでした。一体何があったんですか?」
私は肩で息をしながら、何と言っていいのかわからず、呻くように頷いた。自分でもまさかここまでやれるようになるとは思わなかった。今確かな手ごたえを感じている。あと褒められるのは慣れてない。
この学園祭期間を通して一つ、分かったことがある。
それは、はるにょんしかり、シンデレラしかり、やるからには恥じらいを捨ててそれらの「スター」になりきらなければならないということ。
「なんかもう、色々吹っ切れました」
そう言うと、久瀬先輩がこっそり吹き出すのが分かった。
「楽しめそうで良かったな」
そう言った黒峰先輩にも親指を立ててみせる。
その時だ。
チャイムが鳴り、校内放送のアナウンスが入った。なんでも学園祭の実行委員から各催し物の代表に連絡事項があるらしい。呼び出されていった新谷先輩は十分後、青ざめた顔で帰ってきた。
「……まずいことになったかもしれません」
私達の前に広げられたのは当日の演目表。私はそれを見て、「ほげー!!」と乙女らしからぬ声を上げ、ることもできなかった。絶句した。
12時00分 第一体育館 演劇・シンデレラ
:
12時15分 多目的室 「聖闘士★はるにょんファンクラブ」
:
12時40分 第二体育館 バンド大合戦
私が無謀にもはるにょんのファンクラブイベントに参加することは、いつしか皆の耳にも入っていた。そのためこの沈黙だ。
「シンデレラの演目は………40分間です………」
そもそも運動部の少ない我が校にどうして体育館が二つもあるのかと言うと、それはよくここが全国模試や学力コンテストの会場になるからだ。
ふたつの体育館の距離は徒歩10分。
つまりどう頑張ってもファンクラブイベントに参加することは出来ないし、なんならバンドも間に合わない。
(やっぱり、全部やろうなんて無茶だったんだ)
何をとっても結果色んな人に迷惑をかけてしまう。どうすることも出来ず途方に暮れていると、両肩にバン!と手が置かれた。
「春野さん、諦めたらダメだ」
「.....新谷さん」
「これだけ頑張ってきたんです。きっと何か手が見つかるはず……。考えましょう!一緒に」
「そうだ!キティ!!」
佐藤さんも力強く頷いた。
「俺に策がある。乗るか?」
演目を眺めていた久瀬先輩が私達に投げつけた策は、作戦と言うにはあまりに雑で荒っぽく、しかし、これしかないと思えるほどの良案だった。
「よし!じゃあ春野さんは職員室へ、僕と佐藤君は体育館に行ってきます!」
慌ただしく楽器の片付けを始めた私たちの横で、黒峰先輩が難しい顔をしている。
「クロ先輩、どうかしたんですか?」
「.....いや」
私は知らなかった。
私たちの去った後の音楽室で、黒峰先輩が思案の種を久瀬先輩に告げたのを。
「――オイ、普通、文化祭前日に演目なんて変わらねぇだろ」
「.....ああ。普通はな」
「放っといて大丈夫なんだろうな」
「まあ平気だろ.....。何か起こるなら、この“あと”だ」
この時、私の全く知らない所で、不穏の影はひっそり動き出していたのだった。
そして迎えた文化祭当日。
ばっくん、
ばっくん、
ばっくん、
ばっくん…
「…………あのー、春野さ「へうッ!!!!!!(超高音)」
舞台袖。驚きの衝撃で飛び上がった私の声は「へうっへう…へう…う………」と舞台中に反響し、私の口を押さえた監督の小松田さんは額を寄せて静かにキレた。
「ちょっと……緊張しすぎだね!?」
「ご、ごめんね」
「顔青いというか白いんだけど」
「大丈夫これただの美白効果だから。あ、そういえば小松田さんゲボ袋持ってる??」
「吐きそうな程には緊張してるじゃん!!」
「深月」
振り返ると、イケ&メンな王子に変身したサトコちゃんがいた。
「びっくりした……!サトコちゃん麗しすぎない?一瞬本物のラスカル来たかと思ったよ」
「オスカルな?誰がアライグマだ。あとベル薔薇語らせたら長いけど覚悟できてんの?」
「ごめんなさいできてないです」
「はいはい二人ともじゃれてないで配置について。もうすぐ幕開けよ!」
(いよいよだ……!)
心臓が飛び出そうだ。
そんな私の肩を叩いたのはサトコちゃんと馬の着ぐるみを着た柳田君だった。どうしてクラス屈指のイケメンがこんなことになったのかは分からないけど、彼は彼で楽しそうだったのでまあ良いか。
「楽しもうぜ、春野」
「あんなに練習頑張ったんだから、もう怖いもんないわよ!」
二人のエールに緊張がややほぐれる。
頷くと、上演開始の合図が響いた。
真っ暗な舞台の上で、私一人が立っている。
周りが静かになると自分の息遣いだけが聞こえた。
(……あ、この沈黙、知ってる)
それは頭の中で何度もイメージを繰り返した、私がヒーローになる瞬間の景色。
ぱっと照明が世界を照らした。
もう何も怖くなかった。
『私の名前はシンデレラ
……ではなくて、彼女に生まれ変わった闇の魔法使いアリゾナ。物語の結末のさらに向こう側で、あの王子に殺されてしまったの』
今回の脚本のアレンジはこの冒頭部分のみ。
あとは原作通りの台詞に描写がラストシーンまで続くので、演技だけでアリゾナの復讐劇を魅せなければならない。
ボロを着た私、シンデレラは、舞台に座り込み木の椅子に頬杖をついて微笑んだ。
薄い月明かりの下。少女がほんのりと、王子を想って笑うように。
『明日はお城で舞踏会…………。
会いたいわ、王子様』
物語はまだ始まったばかりだ。
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