第48話「彼らなりのエール」
「春野さん!衣装あわせて!」
「はい!!」
「春野さん次こっち!客席に背中向けない!立ち振る舞いの練習毎日かかさずやってね!大事だから」
「はい!!」
「ハルにょん様!どうですか、服の仕上がりは!...えっ!下手くそ!?いやいやそんなバカな。これは我らオタクが誠心誠意、真心と愛と吐息と劣情を詰め込んだ最高傑作で、あ、痛い!叩かないで!ちゃんとやります!」
「春野!!もっと腹から声出せ!久瀬、そこ半音下げる!佐藤!!テメーはせめて足と手バラバラに動かせ!!スネア持ったオモチャのアホ猿かテメーゴラァ!」
「黒峰先輩声ひっくり返ってる....」
弱音を言わせていただこう。
むちゃくちゃパないヤバい。鼻血が出そうだ。忙しくて。青春とかなんとか言ってる場合じゃない。マジやばい。
「黒峰先輩、あのもう少しスローペースで.....」
「何だ春野。もう弱音か?」
「ぐぅ!」
「このペースでやらねェと本番で恥かくだけだぞ。俺はそんなの御免だ。だせェし情けない。大体お前ボーカルやるとか言いながら恥ずかしがって肝心なところで声出てねーじゃねェか。それに」
「おい、もう止めろ黒峰」
「あ?何だよ久瀬」
「春野の鼻血が止まらねえ」
「うおっっっ!?!?!?どうしたオイ!!!」
「あ.....大丈夫です。ティッシュ詰めたらそのうち治るし.....てかむしろよく今まで出なかったなって感じだし、出たからには天地焼き尽くすまで絶対とめないとまらない...」
「古代兵器か!!.....オイどこ行きやがる!止まれ!」
「これから演劇の練習なので.....ごめんなさい、ボーカルの練習もちゃんと家でやってきますから、明日、.....明日また観てください」
「お、おい春」
「では」
ガチャ、バタン。
「キティ.......何だかとても疲弊していたね。僕の口づけで少しでも気が休まればいいのだけど」
「たぶんぶん殴られるのでやっちゃだめですよ。....でも心配ですね。久瀬君」
「.......そうだな」
**
劇の練習を終えた私はフラフラした足取りで屋上へ向かっていた。
(もうだめだ.....誰か.......誰か人のいないところへ)
結局あの後、劇の練習会でも私はポカをやらかした。焦りからか不安からか私は覚えたセリフをもろもろ頭から手放してしまったのだ。おかげで練習のペースをかなり遅らせてしまった。みんなに迷惑をかけてしまった。はーあ。こんなことなら、こんなことなら――
「どれかひとつにすれば良かったな.....」
屋上へついた。
夕陽は沈み、西の空にはオレンジ色のグラデーションだけが残る。
「.......」
目からボトボトと涙が落ちてきた。
もう全部放り出して逃げ出しちまおうか。絶対やんないけど。でもこのままで文化祭間に合うのかな。あと2週間しかないのに。私やれるかな。
「春野」
エッ!久瀬先輩の声する!ハ!?居たの?!もういいや無視しよ。幸い今私は屋上の床にうつ伏せでさながら死んだセミだ。死んだセミはそっとしておくものだ。
「春野。お前が自分の不出来さに打ちのめされてメソメソ泣いてるところを俺に見つかり恥ずかしくなって死んだセミを演じてることは分かってる」
「そこまで分かってんなら立ち去って欲しい」
「察してなお動く気はねぇ」
「マジ何の用ですか?え?喧嘩売ってる?」
「何言ってんだ。せっかく手伝いに来てやったってのに」
顔を上げると久瀬先輩は私のカバンを漁っていた。中から台本を取り出してパラパラめくりはじめる。
「.......よし。じゃあ演るぞ、シーン15からだ」
「えっ、演るってまさか」
久瀬先輩は台本を投げ出すと、横たわる私の上履きを手に握って屋上のフェンスに投げつけた。エッ!どういうこと!?
フェンスにぶち当たった私の上履きは跳ね返って少し離れたところに転がっている。久瀬先輩は心底苛立ったような舌打ちを一つした。
「チッ.......ウィゴール王国第一王子であるこの俺が、狙った女を逃す日が来ようとはな。苛立たしい」
「あれ.....そんなセリフありました...?無いよね?」
「衛兵!遺留品から指紋を採取し、国のデータベースで持ち主を特定しろ。この靴は恐らく特殊加工を施されている。そうでなけりゃ生成された瞬間からシンデレラの足に誤差なく一致する理由がわからねぇからな」
「魔法の靴だから!魔法のガラスの靴だからですよ!」
「温度上昇によって物体の長さや体積が膨張する割合は熱膨張係数と呼ばれ計算式で導き出すことが出来る。おそらくプラスチックか樹皮加工だろう」
「ガラスの靴だってば!!」
「フ、名も知らぬ異国の姫よ.....待っていろ」
久瀬先輩は私の上履きを握りしめてニヤリと目を細めた。
「地獄の果てまで追いかけて、貴様を俺の妻にする」
ひと息置いて、いい笑顔の久瀬先輩が振り返った。
「で、どうだった?俺の名演技は」
「王子様じゃなくて120%悪党でした。姫にはどうにかして逃げ延びてもらいたいし手助けしたい」
「上出来だ」
「何が!?」
「つまりお前は、俺のパンチのきいた演技を見て感じるものがあったというわけだ」
私はハッとなった。
「シンデレラなんてやり尽くされた人間を演じるなら、お前らしさが何より大事に決まってる。お前のシンデレラで客を納得させてみせろ」
それだけ言って、久瀬先輩はさっさと帰ってしまった。
私は暫くぼんやりして自分も帰り支度をまとめる。泣いたり久瀬先輩の変な王子様を見たりしたら少しだけ、気が楽になった。
(やれるところまで、やってみよう)
外はもうだいぶ暗い。
昇降口を出ると、何故かそこには黒峰先輩が居た。
「おせェ」
「え……待ってたんですか?なんで?」
「うっせえ」
乗れ、というので黒峰先輩の自転車の後ろにまたがる。どうして待っていたのかわからないが、どうやら送ってくれるらしい。
「…………ひ」
「?」
ひ、と言ったきり何も言わなくなってしまった。は?カオナシでももう少し語彙力高いけど。とは思うが、こういうパターンにも少し慣れてきた。彼は「自分らしくないこと」を言おうとするとき大抵こうなる。
少し身を乗り出して顔を覗くと、とても言いにくそうな、気まずげな顔をしていた。
「ああ、なるほど……昼間のことなら気にしないでいいですよ」
「ぐッっ……」
当たったらしい。
彼はどうやら自分が私に鼻血を出させたと思っているようだ。あいかわらず律儀さの塊みたいなメンタルである。
「人前で歌ったことなかったから、尻込みしちゃうところがあるんですよね……はは、それで何でボーカル立候補したんだって感じですけど」
「……どうせお前のことだから、青春したかったとかだろ」
「何でバレている」
「分かるわ。――ほら、降りろ」
「え?まだついてませんけど」
「ついたんだよ」
そこは高架下にある駐車場だった。
「俺のいつもの自主練場所だ」
黒峰先輩はケースからベースを取り出すと、「さあ、演るか」とついさっき聞いたばかりの台詞を吐いた。え、演るってまさか!
「ここで歌えって!?」
「文句あんのか」
「ありますよ!こんなところで.....怒られるでしょ!?」
「大丈夫だ。近所迷惑にならない場所を選んだ」
「いやそういう問題じゃ」
「春野」
黒峰先輩は言う。
「お前は特別になろうとしなくていんだよ。俺だって特別じゃねェ。久瀬も新谷も佐藤もそうだ。じゃあ、ステージに上がる理由は何だと思う」
「.........楽しむため」
「分かってんじゃねェか」
がしがし頭を撫でられた。
「俺は俺で好きにやってるから、お前も入りたくなったら入れ」
その日私は、初めて汗をかくほど歌った。
誰にみせるわけでもない歌を、黒峰先輩の荒っぽいベースに乗せて思い切り。
こんなに気持ちよくて楽しいこと、知らずに終わらなくてよかった。
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