第50話「トリック×パフォーマンス」

 暗幕で窓を覆われたその教室では今、ある人物による実験が行われていた。黒魔術、というのが正しい。


「さあ甦れ.....かつて西洋を恐怖の海に沈めた魔界の王よ」


 彼の名前はブリリアント・ゴリラ。

 全人類の滅殺を願う殺戮者の一人。

 彼の前には今、人間の頭ほどあるガラスの球体と、その中に揺らめく緑色の炎がある。


 呪文を唱えながら彼が一粒、二粒、邪悪なる石つぶてを落とすと、球体の底からみるみる造形しがたい生き物が、そのおぞましい腕を伸ばして天を掴もうとあがき始めた。


「さあ、最後はこの“龍の涙”を加えれば.......ふ、ふははは!!魔界の王よ、人間共に恐怖を...!」


 その時だ。


「そこまでよ!!!」


 教室の扉が開き、廊下の灯りが女子生徒のシルエットを映し出す。

「ここは神聖なる学問の世界.....あなたのような邪悪な者は、さっさとおうちに帰りなさい !」

「お前は.......!!」


 扉が閉まり、室内は再び闇の世界へ。

 次の瞬間。ブリリアント・ゴリラの「ぐわああああ!!」という叫びが教室に響いた。

 彼の両腕には緑の炎がまとわりついている。


「無い!無い!!“龍の涙”を奪われた...!小癪な小娘め、どこへ行った!!?」


 いつの間にか空けられていた窓から秋の風が吹き込んでくる。ブリリアント・ゴリラガカーテンを開け放つと――

「私はここよ!!」

 対にある校舎の屋上で仁王立ちになるのは、変身後の衣服をまとった、紛れもない、等身大の聖闘士★ハルにょんだった。

 彼女は奪った赤い宝石を手に、いつもの制裁ポーズを決める。


「正義の戦士・聖闘士★ハルにょん!学園にはびこる悪は 私が絶対見逃さない!

にょん★」


 彼女がポーズを決め終わった、その直後。

 教室中で一連の流れを見つめていた多くの.....多くの「聖ハル」ファン達が、文字通り、湧き、躍った。


「うおおおおおおお!!!!ハルにょん様ァァ」

「一瞬でどうしてあんなところに――空だ!やっぱり空を飛んだんだ!!」

「実在した!実在した!!」

「俺達を救ってくれてありがとうー!!!」


 気が狂ったかのように叫び出すものもいれば、号泣して話すこともままならない者や、すっと意識を手放す者まで現れた。

 その狂乱に背を向け、颯爽と立ち去るハルにょん.....改め春野深月は思ったという。


(うん。文化祭終わったら転校しよう)


**


「ある有名なマジシャンが言った。トリックに最も必要なものは大胆なパフォーマンスだと。―――ということで黒峰。お前燃えろ」

「珍しいな。お前が精神論なんて」

「肉体の話だが」

「精神論であれよ!フザケんな死ぬわ!!」

「大丈夫だ。何のために春野に許可を取りに行かせたと思ってる」


「久瀬先輩!谷岡先生から許可下りましたよ!化学室の薬品の使用許可」


 許可証を渡すと、久瀬先輩はそれを一瞥して「これだけか。ケチりやがって」と呟いた。

 理由を聞こうと口を開くと、新たに新谷先輩が入ってきた。


「久瀬君!タイム測ってきました!いけそうですよ!」


 よし、と頷いた久瀬先輩はホワイトボードを私達の前に設置すると、藤宮高校のざっくりとした見取り図を書いた。


「各イベントと開催場所の位置関係はこうだ」


▲ 第1体育館(シンデレラ)

■ 東棟校舎

■ 西棟校舎(3Fにてクラブイベント)

▼ 第2体育館(バンド)


「シンデレラがボロ服からドレスに変えるために与えられた衣装替え時間――この十分が勝負になる」


 久瀬先輩から新谷先輩が説明を引き継ぐ。


「いいですか、春野さん。第一体育館から西棟の3階まで行くのにかかる時間は8分。これだと劇に間に合いません。そこで春野さんには西棟ではなく、向かいの東棟の屋上に来て、最も大切なラストシーンのみに出演してもらいます」

「いけるかな……実ははるにょんの服、結構着るのに時間がかかるんです」


 不安になって尋ねると、久瀬先輩が「安心しろ」と眼鏡を押し上げた。


「お前の衣装替えの時間は用意してある」

「さすが!!.....え、でもどこで」

「教材貨物エレベーターを使う」


 教材貨物エレベーターとは、各棟の校舎にひとつずつ設置されているもので、普段は重い荷物の運搬に用いられている。たしかに人一人くらいは十分乗れるだろう。


「お前はそこでシンデレラのボロ服からハルにょんコスプレに着替え、下に降りる時はさらにそこからドレスに着替えることになる。1階から3階の踊り場までのエレベーター所要時間は1分20秒.....いけるか?」

「.....やります!」


 衣装替えは難しい作業だ。でも、これだけみんなに協力してもらってやらないわけにはいかない。


「よし。じゃあお前は屋上へ来たら、この赤いゴムボールを空に突き上げて立ってろ」

「え!これが龍の涙...???ちょっとイメージがちが」

「大丈夫だ。向こうの校舎からじゃ何持っても見えやしねぇからな」

「.....」


 私は黙って目を閉じた。

 元ヤンJKがぶりっぶりの魔法少女コスプレをして屋上で赤いゴムボールをかかげ持つ姿は、控えめに言って、全然大丈夫ではなかったけれど。


「黒峰。お前はブリリアント・ゴリラだ。巨大フラスコに銅を入れて燃やすから、その緑色の炎にこの黒い粒を落とせ」

「何だこれ。鼻クソか?」

「殺すぞ。これは重曹と砂糖を混ぜて固形化させたものだ。火にくべると化学反応を起こして黒い犬のフン的な魔物を生成する」

「やっぱりクソじゃねェか」

「その後ポリアクリル酸ナトリウムの入ったバケツに手を突っ込めば、火はお前の腕に引火する」

「.....一応聞くが、俺は生きて帰れるよな」

「俺を信じろ。ボヤ峰」

「ボヤ騒ぎも起こしたくねェんだけど」


 黒峰先輩が久瀬先輩の胸ぐらを掴んだところで「あれ?」と新谷先輩が首を傾げた。手には「ハルにょん」の出し物の進行台本がある。


「イベントでの春野さんの声は全てレコーダーで流すからいいとして、ここの“ハルにょん制服ver.登場”っていうのは一体どうやって...」

「お待たせ諸君!」


 ガラッとドアを開けて現れた佐藤さんはJKだった。

 女子生徒用の制服をそれはもう見事に着こなし.....うん。着こなせてはいなかった。肩がごつごつだ。私は泣いた。


(まあ逆光だしどうにかなるだろ)

(女子の制服すら似合ってしまう.....ああ、なんて優美で罪な、ボク)

(ちょっと佐藤君!スカートが!後ろ、パンツに入っ、パンツ丸見えですよもう!)(おや)

((不安だ……))

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