第51話「駆けろ、シンデレラ」
「よし、これでクラブイベントは片付いたな。お前は先に下へ降りろ」
「.....」
「?どうした」
「いや.....そのー」
春野に珍しく何やらまごついている。次の出番まではもう五分ほどしかないはずだ。エレベーターの前に着いたがまだ乗ろうとしない。
「おい何してる。もう時間が」
ぐいっと腕を掴まれ、エレベーターに引っ張りこまれた。春野はそのまま階下に降りるボタンを押し、ドアが閉まる。
もともと教材を運ぶ用のエレベーターだ。
二人乗るとさすがに狭い。
春野は薄暗いエレベーターの箱の中で、突然半泣きで喚きだした。
「こ、っこここに新谷先輩が居たら新谷先輩に頼むけど!」
「は?」
「絶対そうするけど!!新谷先輩はクロ先輩の所でもしもの時の消火器係やってるし!!王子はJKだし!クロ先輩はゴリラだから!!仕方なく!!消去法で!.....久瀬先輩にっ、頼みたいことが……」
「何だ」
「.....ドレスの、背中のファスナーが、.....」
春野が屈辱と羞恥をこらえる様子で、どうにか、チラリとこちらを見上げた。そして――
「っっゥ嫌だァ――!!!笑ってるよおお!!!お母さ―――ん!!!」
「そういうことなら早く言えよ。着脱は初めから見てていいんだよな?」
「いいわけないでしょ!?!?!?OK出す前に見たらしばきますからね!」
「おやおや。それが人にものを頼む態度かな?」
「ぐぐぐ………お、ねがい、します」
「フフ、仕方ねぇな。さあ脱げ」
「言い方!!」
「まあ急を要するから今回は大人しく見ないでおいてやるが、俺が心の目で見ていることは忘れるなよ」
「ならせめて口には出さないで欲しかったよ...........はい!いいですよ」
「早いな」
振り返ると、なるほど。背中のファスナーが腰の真ん中あたりで止まっている。下からも上からも丁度届かない位置だ。
「良い景色だ」
「見んな!!はい!早くチャック閉めてください。今すぐ即座に可及的速やかに!はい!ほら!ヤー!」
「そんなに急ぐと背中の贅肉挟むぞ」
「はぁ(ブチギレ)!?そんなんないし!!」
「ほら」(つん)
「ひぁっ!!」
「.........」
「.........」
チ――――っ、とファスナーを上げると同時に、チン、と音がして扉が開いた。
その瞬間、春野の飛び蹴りをくらい外へ吹っ飛ぶ。ちょうど合流しに来ていた黒峰達が「うお!」と飛び退いた。
「こンのっ、セクハラジジイ!!!」
真っ赤な顔のシンデレラが走り去る。
目の前には青々と広がる秋の空。
俺はフッと微笑んだ。
「いとをかし」
「どうでもいいけどお前鼻血。」
**
スポットライトが王子と彼女に当たる。シンデレラは血にまみれた短剣を手にしていた。
目を見開いた王子は、震える手を、シンデレラに向かって伸ばした。
「ああ.....どうして、シンデレラ.....」
そして崩れ落ちる彼女の細い
心臓から真っ赤な血を流して倒れたのは王子ではなくシンデレラだった。
シンデレラ.......否、アリゾナは復讐を果たせなかった。
自らも王子を愛してしまったために―――。
「あいしています、王子様」
最後まで原作通りの台詞で締めて、舞台は幕を下ろした。
会場の割れんばかりの拍手が、まだ耳の奥で鳴り響いている。
「深月...!」
私の身体を抱きしめる王子.....サトコちゃんは目を潤ませてもう一度、死ぬほど私をぎゅっとした。
「春野!!」
舞台袖で黒峰先輩が呼んでいる。
「深月、行って」
「サトコちゃん」
「知ってるよ。アンタがずっと頑張ってたの」
微笑んだサトコちゃん。
頷いて立ち上がり、驚き顔のクラスメイト達の間を縫って先輩の所へ走る。
「クロ先輩!」
「急ぐぞ!.....ちっとまずいことになってる」
「まずいこと!?」
「.....つーかお前それ走れんのか!?」
「えっ」
それとはドレスのことだろう。
慌てて裾をたくしあげようとすると、ガっと腰を掴んで担ぎ上げられた。
「ぐえっっ!!!く、っくろせ、」
「このほうが早ェ!」
「で、でも、腹に肩が刺さっ、おえ!せめてお姫様抱っこにして!?」
妥協案でおんぶになった。
走るクロ先輩に先程のことを尋ねる。
「俺達の前の前に出場してた軽音の奴らの演奏が.....まあすごかったんだが、どうやらサプライズで本物のギタリストがきてたらしい」
「えっ!!」
「学校側の采配とかで、ほとんどそいつのワンマンライブだった」
「そんな.....!」
「で、それを見た俺達の前のバンドチームが逃げた」
「はぇ!?」
「つまり、今会場に空白の時間ができちまってるわけだ」
「それってもうお客さんいなくなっちゃってるんじゃ...」
「どうだろうな。今お前のファンクラブがソーラン節で時間を繋いでくれてるが」
「そっかソーラン節で.......あっ、ソーラン節?どういうわけ??」
「そういうわけだ」
体育館を出ると黒峰先輩の自転車が止まっていた。
「校内で二人乗りとかやっぱハチャメチャなアイディアですね...不安になってきた」
「どうにかなるだろ。それより春野」
荷台に腰掛けて先輩の腰を掴む。
ペダルを踏み込んだ黒峰先輩が言った。
「舞台袖から見てた。お前のシンデレラ、誰より魂が入ってた。一番良かった」
ストレートな賛辞にうっかり声が詰まった。学ランの背中を握る。
(人褒めるなんてめったにしないくせに、いつもは照れて絶対言わないくせに、褒める時はこんなに手放しかよ!)
血塗れのドレスが風に煽られてヒラヒラ翻る。
「このまま飛ばすぞ。落ちんなよ!」
「――はい!!!」
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