第10話「新聞部の新谷先輩」

 春というものはどうしてか人をアホにする


「は、っはは春野深月さん!好きです!ぼっぼぼぼくとお付き合いしてください」


 校舎裏に呼び出された私は、今週に入って三度目の告白にいよいよ苛立ちを隠しきれなくなってきていた。


「……あーと、確か鈴木君、でいいんだよね?」

「あっはい!鈴木です!二組の!いやぁ嬉しいなぁ、春野さんに名前覚えてもらえてたなんて」

「いや名札に書いてあるからね。それでね、二組の鈴木君。私あなたと喋ったことあんまり……っていうか一回もない気がするんだけど、どうして告白しようって思ったの?」

「校内新聞の」「またコレかよ!!」


 うっかりシャウトしてしまったけどもはやこればっかりは叫ばずにはいられない。意味が分からない皆様のために簡単に説明してあげよう。久瀬が!またやらかしおった!!


「あのね鈴木君、本当に申し訳ないんだけど校内新聞に掲載されてる〝うっかりドジっ娘★聖闘士ハルにょん〟は創作だからね?実在する団体・人物には一切関係してないから」

「えっ、でも、ハルにょんの容姿の描写を見る限り春野さんとしか思えな」

「うんうんもしかしたら参考程度にはされてるかもしれないけど、私は無関係だし、JKに扮しながら校内に潜む悪を撃退したり、地球の平和を守ったりは一切してないので」

「え……じゃあ故郷があのプリリン・ロック・マウンテンっていうのも……?」

「いやまずその山知らないよね」

「じゃあリボンを外すと虹色の輝きに包まれて、一回生まれたままの姿になってから布を纏うっていう変身シーンは」

「あるわけねーだろ殺すぞ!あっうそうそ!今一瞬校内にはびこる悪?魔物?的なのがのりうつったかもしんない。一瞬だけ。とにかく鈴木君疲れてるっぽいから今日は早退して帰ったほうがいいよ。ね?」


 鈴木君は絶望したような、夢からさめたような顔をしてフラフラと校舎の方へと戻っていった。私は額に青筋を浮かべながらとある場所へ向かう。校舎西棟3階にある校内新聞部の部室だ。

 中に入ると机に向かう久瀬先輩と新聞部の先輩であろう男子が一人顔を上げてこちらを見た。私は見知らぬ彼には笑顔で会釈して、久瀬先輩の胸ぐらを掴んだ。


「久瀬先輩そろそろ私のアルカイックスマイルも限界です。人を主役に創作オタク小説掲載すんなって何回も言いましたよね?」

「プリティな顔でオラつくなよハルにょん。正義が泣くぞ」

「ハルにょんじゃないからオラついてんですけど」

「まあまあ、春野さん、落ち着いて」


 さわやかな笑顔で止めに入った彼は、真剣な目で私を見つめた。


「はじめまして、僕は新谷文太にいやぶんた。久瀬君の一流の創作センスに目をつけてこの作品を依頼したのは僕なんですよ」

「いやあなた絶対に人選ミスですよ」

「いいや、それがミスなんかじゃない。久瀬君のおかげで校内新聞の人気は過去最高潮!すごい成果だ」


 目を輝かせて嬉しそうに言う新谷さん。一方の久瀬先輩は対極の顔面でほくそ笑んでいる。


「ふ、簡単なことだ……。この学校の七割は過去に中二病をわずらった闇オタキョロ充。この手の話をぶら下げときゃ匂いにつられたウジムシ共が自然と集まってくる」

「ねえ新谷さん。いいんですか?いくら人気が出ても書いてるのがこんな暗黒闇ヒゲ野郎だってバレたら新聞部の沽券こけんにかかわりますよ?」

「おい春野。俺のどこにヒゲがあるんだ言ってみろ」

「いいんだ」

 新谷さんは力強く言う。


「新聞部の部員は僕一人。今年で一人でも増えなければ廃部だって宣告されてる……。もう手段は問えない」

「……新谷さん」


 しんみりとした空気の中、再び部室のドアが蹴り開けられた。入ってきたのは頭に生卵をくっつけた黒峰先輩だ。


「聞いてくれ。突然見ず知らずのオタク共に『ハルにょんの邪魔をするなブリリアント・ゴリラ!!!!』と卵を投げつけられたんで、その足でまず久瀬を殺しに来たんだが、俺の行動に間違いはねェよな」

「はい間違いないです。どうぞ」

「いやどうぞじゃねぇ春野、お前が戦うんだ!宿敵ブリゴリの弱点は右の耳たぶと奴が隠し持つ黄金の」


 久瀬先輩と黒峰先輩の喧嘩に巻き込まれないよう、私は新谷先輩の腕を引いて部室を抜け出した。




「春野さんは、噂とは少し違う印象ですね」


 微笑んだ新谷さんが言うので、私はウッと口ごもってしまった。部室ではいまだに先輩達が暴れているので、私達は外の廊下で待ちぼうけである。


「……あの、さっきは勢い余って胸倉つかんじゃったりしたけど、私本当はもっとおしとやかになる予定で……」

「あはは、別に言いふらしたりしませんよ。記事にしたら面白そうではありますけど」

「かんべんしてください…」


 部室の前の廊下には今週の校内新聞が貼ってある。

 久瀬先輩の創作小説が真ん中にドドンとあり(ペンネームはKUZEROCKだった。)その上下に新谷さんが書いたであろうお知らせの4コマ漫画やコラム、学校にまつわる記事が載っている。


「新谷さんは、久瀬先輩の友達ですか?」

「――どうだろう。彼とは一年の時から同じクラスだけど、あの通り、押しても引いてもかわされてるから」


 困ったように頬をかく仕草に、先輩男子ながら守ってあげたい気持ちにかられる。


「新谷先輩!小説と引き換えに何か奪われそうなものありませんか!?ホワイトボードとか素敵な万年筆とか新谷さんの優しい心とか!!もしそうなら私っ」

「あはは、べつに何もないよ」


 困っているから助けてほしいって頼んだら、分かったって引き受けてくれただけなんだ。


「……ふうん」


 私はひとつ考えて、部室の扉に手をかけた。

 中にはボロボロの久瀬先輩と黒峰先輩が二人でスマホゲームに興じている。戦争はもう終結したらしい。「話は終わったか」だって。私達あなたたちの喧嘩に巻き込まれないよう避難してただけなんですけどね。

 私は彼らの腕をとって、後ろできょとんとしている新谷さんを振り返った。


「新谷先輩。今日から私達三人、新入部員じゃだめですか」

「は?」と揃う声が三つ。


 まず突っかかってきたのは黒峰先輩だ。


「何で俺が部活なんか入らなきゃいけねェんだよ!めんっどくせェ、テメェらで勝手にやってろ」

「そういえばクロ先輩のスマホのホーム画面、自分で撮った海の写真でしたよね?あれすっごく綺麗だったなぁ」

「……」


 ぴしっと彼の動きが止まった。


「ね、新谷先輩。新聞部にはカメラマンが必要ですよね?彼は見た目極悪ヤンキーですけど、すごく繊細で綺麗な写真を撮るんですよ」

「そ、そ、そんなことねェよ別に。フツーだろあんなん」

「そうだったんですか?知らなかったなぁ。黒峰君、よかったらその写真僕にも見せてもらえませんか?」


 暫くして素っ気なく携帯を差し出した黒峰先輩は、新谷さんの誇張ない賛辞に(本人はどうにか隠そうとしていたが)どこから見ても嬉しそうに鼻をこすっていた。


「どういう風の吹き回しだ、春野」

 それを遠目に眺めながら、久瀬先輩が私に尋ねる。


「別にぃ。青春するなら部活は必須だなと思っただけです」

「俺達まで巻き込む必要はねぇはずだ」

「そりゃもちろん。けど先輩だって、最初からそのつもりだったんでしょ」


 びっくりしたような顔で久瀬先輩がこちらを見る。


「私やクロ先輩を引っ張って来るのに創作小説なんて回りくどいことして、オタクなファンが離れなくなったらどうしてくれるんです」

「えっそれじゃあ、久瀬君は最初から」


 いつから聞いていたのか、新谷さんが目を丸めて言った。たくらみがバレた久瀬先輩は苦虫を噛みつぶしたような顔をして、その顔のまま、苦笑する。


「――別に、青春に部活は付きものだと思っただけだ」


 かくして、帰宅部だった私達三人の所属と、新聞部の存続は約束されたわけである。

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