第40話「夏休み成果報告」

 長い長い、気の遠くなるような夏休みを終えて、ようやく新学期。我々は例のごとく屋上にいた。ホワイトボードの横には久瀬先輩が立っている。


「では今から夏休みの報告会を行う。まずは春野、お前の寂しくむなしい夏の思い出を聞かせてくれ」

「しばき回しますよ。言っとくけど私かなり充実した夏休み過ごしましたからね」

「ほう。言ってみろ」

「まずはここらの夏祭りには皆勤賞かなってくらい参加したし、海にも行ったし、お化け屋敷も行ったし、スイカも食べたし宿題もやった。クーラーききすぎた部屋でアイス食べてお腹壊したりもしたけどまあかなり上出来な青春。あと彼氏もできました」


 鼻高々に言うと、黒峰先輩が頷きながら告げた。


「で。今の中で真実だけ挙げるとどうなんだ?」

「アイスたべてお腹壊した現実だけが残りますかね」

「じゃあほとんど嘘じゃねェか!!」

「当たり前でしょうが!!!!!私が貧相な夏休み過ごしてんのアンタ等が一番知ってんでしょうが!!!!」

「びっくりした」

「突然ブチ切れんじゃねェよ」

「ブチ切れもするよ!!!」


 だって私の夏休みはと言えば、近所のクソガキに連れ出されるか、この二人に連れ出されるかの二択だったのだ!

 しかも二人とも人混みが嫌いだなどとぬかしやがってお祭りどころか海にも行ってないし、久瀬先輩が集合体恐怖症だとかでスイカ死ぬほど拒否るし、お化け屋敷は誘っても二人ともなぜか頑なについてきてくれなかったし……。


「よし、じゃあ春野の夏休みは×と」

「×って書くの止めてくれます!?純粋に傷つく!」

「次、黒峰。お前なんか焼けたな?」

「ハ!?まさか知らんうちに彼女など作ってフィーバーフィーバーしてたんじゃないでしょうね!!絶対に許しませんよ!!」

「春野は黙ってろ。まあ、当たらずとも遠からずだな」

「うそだ!!」


 タメにタメた後、黒峰先輩は言った。


「すれ違っただけでケンカを売ってくる奴に何戦何勝できるか、っていう題材の自由研究に45日費やした。全勝した」


 久瀬先輩は黙ってホワイトボードに×を描いた。


「じゃあ久瀬、テメェはどうなんだよ」

「フフ、俺か。言うまでもねぇだろ」


 その時、屋上に一人の女子が駆け込んできて、久瀬先輩に強烈なビンタを食らわして去って行った。嵐のような一瞬の出来事。


「――ひと月で何人同時に付き合えるか、という題材の自由研究に取り組んだ結果、5回川に落とされた」

「ほんとに言うまでもなかった……」

「どうしようもねェアホだなテメーは」


 その時、もう一度屋上の扉が開いて、久しぶりに聞く声が私達に届いた。


「皆さん、お久しぶりです!」

「新谷さん!」


 新聞部の部長、新谷さんである。

 ヤンキーのたまり場として知られてしまった屋上に現れるのは、今や彼くらいのものだ。


「春野さんに少し相談があって来たんですけど――今、お邪魔でしたか?」


 ホワートボードを見て尋ねる新谷先輩。

 お邪魔なはずがあろうか。


「ああ、気にすんな。たった今晒し合いの不幸自慢が終わったところだ」

「だから人の夏休みを不幸とかいうのやめてくださいったら!もう、行きましょ、新谷先輩」

「あ、はい」


 新谷先輩を連れて屋上を後にする。


「それで、どうしたんですか?」

「春野さんにこれを渡したくて」


 新谷さんが私に差し出したのは、カラフルな色合いの紙切れ。よく見ると何かのチケットのようだ。

 それを受け取った私は、数秒後、天にも召される気分になった。


「に、にに、新谷先輩……いや、新谷様、これは……」

「はい。駅前に新しくできたスイーツパラダイスの無料チケットです」

「神は実在するッッ!!!」

「春野さん五体投地はやめてほしい」

「あ、はいすいません」


 やんわり最大級のお礼を拒否された私は、改めて手元のチケットを見つめ直した。


「期限今日までなのに予定が埋まってていけないから、と人から人へ渡り歩いてきたようで」

「私は幸い予定がないので俄然行けます。行きましょう!」

「よかった。僕も今日は委員会会議があるので、このままムダになってしまうかと」

「えっ!新谷先輩いけないんですか!?」


 新谷さんは、ごめんなさいと残念そうに眉を下ろした。


「そっかぁ、せっかくチケット二枚あるのに」

「もしよかったら誰かお友達でも誘ってください」

「オトモダチ」

「あっすいません…」

「いや!?その反応がなにより傷つきましたけど!?」

「そうだ!!黒峰君!彼は確か甘党だったはずです。誘ってみてはどうでしょう」


(どうでしょうってアンタ!)


 私は朗らかな笑顔を残して去っていった新谷先輩をちょこっと恨んだ。

 クロ先輩も誘うならさっき一緒に居る時に言ってくれたらよかったのに!

 いやうん分かる!たぶんチケット二枚しかないから気を遣ってそうしてくれたんだとは思うけど!


 今から私が誘ったんじゃ、これじゃあまるで――


「で、デートに、誘おうとしてるみたいじゃないの!!!」

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