第12話「ありのままではいられない」
余談だけど、私は体育の授業が好きだ。大人しくしていることにも慣れてきたけど日々の鬱憤晴らしはやっぱり必要なのだ。ということで、その日のバレーボールも例外なく私は己の身体能力をおおいに発揮していた。その結果――
「イッタァ!!」
「え!?あ、ご……ごめん!」
「は?マジ超痛いんだけど。春野さんちょっと本気んなりすぎじゃない?」
「ねー保健室いこ」
「ウッザー」
クラスのギャルグループからの反感を買ってしまった。
「………えー。だって体育じゃん…」
その日例のごとく屋上へ呼び出されていた私は、黒峰先輩の菓子パン選別会に付き合わされながらグチらずにはいられなかった。(久瀬先輩はその横でグラフを作っている。マジ何やってんのこの人達…)私は構わず続けた。
「体育っていうのは、血湧き肉踊り?志し熱き者共が魂をぶつけ合うための催しでしょ?違うんですか?」
「どこの武将だテメーは」
「だってあんなの惰性でやったってなんっもおもしろく……あれ、そういやクロ先輩補導されたって聞いたんですけど。謹慎にならなかったんですね」
「おう」
黒峰先輩は街中で例の久瀬製薬〝ナンデモナオール〟を多量摂取しているところを通行人に通報され、補導されたらしい。そのあと内容物がラムネだと分かり解放されたはいいが久瀬先輩のマインドコントロールが解けて再び花粉症の症状に襲われ、苛立ったところをたまたま通りがかった他校ヤンキーと乱闘になり、結局また補導されたのだ。まじアホの化身。
「医者に行って処方された薬飲んだらふつーに治った。今思えば久瀬の言うことを丸々鵜呑みにした俺はやっぱりどうかしてたな」
「気が付いてよかったですね。あ、豆パンうま」
「春野。ギャル達にハブかれたら俺に相談するといい。その豆パンのように美味しくいただいてやるからな」
「やるからなって……や、大丈夫です。自分でどうにかしますから」
どうにかするとは言ったものの……
「ねえ春野さんって新聞部らしいよぉ」
「えっ、じゃああのオタク小説自分で書いてるってこと?」
「やっばァーい!!」
「……」
いやうんヤバイよ?たしかにアレ自ら描き上げてたら結構ヤバイ!分かる!けど書いてないじゃんわたし!書いてるのKUZEROCKじゃん!
「あとあの黒峰とかって先輩と付き合ってる的な噂あるよね」
何で!?日々360度恐喝されてるようにしか見えない付き合い方しかしてないのにどうしてどこでそんな噂が!?
「コンビニで二人でジャンプ立ち読みしてるの見たって」
校外!!!!
私は頭を抱えて頽れそうになるのをぐっとこらえながら、どこからともなくしてくるコソコソ話に頭を悩ませた。これはまずい。早急にどうにかしなくては。
「ということで、今日から暫くキャラ作りに徹するんで、ここには来ません」
「あ?」
「んだそりゃ」
私の言葉にガラ悪く対応する二人。ヤンキーかよ。ヤンキーか。
「今私は、パンピー度を問われてるんです」
「何だパンピー度って」
「いかにパンピーらしくこの事態と向き合い、対処し、難を逃れるか。喧嘩タイマン闇討ち一切無しのガチンコバトルということですね」
「ですねってお前なぁ……」
久瀬先輩はコーヒーのプルタブをカシっと開けて黙った。
「.....前から思ってたが、春野。お前どうしてそんなに〝ふつう〟になりてェんだ」
黒峰先輩からの問いかけに、私は一瞬返す言葉を失ってしまった。普通になりたいのに大きな理由なんかない。けどヤンキーでいたくない理由ならもう私はいくつか持っているのだ。
しかし、それを気軽に話すほど彼らとは打ち解けたつもりはない。
「...別に、そんなの何となくです」
私の返答に、黒峰先輩がむっとした様子で突っかかってくる。
「なんとなくで自分の主張も全部投げんのか。だっせェな」
「はあ!?」
「おいおい…お前らがケンカしてどうすんだ」
久瀬先輩が仲裁に入ろうとするがそれを押しのけて黒峰先輩を睨み上げる。
「どうして先輩にそんなこと言われなきゃいけないんです。私がどういうふうになりたいかなんて私の勝手でしょ」
「おー勝手だ。だけどそのつまんねェ演技に毎度付き合ってやってんのは誰だと思ってる」
「なっ……それが嫌なら、ハナから私になんか構わなきゃ良かったじゃないですか!こっちは頼んでもいないのに」
「―――チッ、確かに。それもそうだな」
黒峰先輩は眉を寄せて鼻を鳴らした。
「校舎裏で初めてお前を見つけた時、俺は嬉しかった。芯の強そうな女が来たと思ったからだ。――けど見込み違いだったらしい」
先輩は腰を上げ、自分の鞄を取り上げると屋上の入り口に向かって歩き始める。
「お前、もう帰っていいぞ。そんで二度と来んな」そう言い捨てて出て行った。
二度と来んなって、ここに私を呼んだのはアンタ達じゃん。
自分の理想に合わないからってそんな言い方、何でされなきゃいけないの。
「……」
凍り付いたように黙りこくる私の後ろで、久瀬先輩がため息をつく。
「俺も行くが。……なあ春野」
「…………私が悪いんですか」
「いや、悪いこたねぇさ。俺も黒峰もお前を気に入ってる」
「それは〝こっち〟の私でしょ」
彼らが好きなのは私の理想とは程遠い、ありのままの私。
眉をしかめたまま口を引き結ぶ私の頭に、ポンと手が置かれた。冷たくて細い久瀬先輩の手だ。
「お前に〝あっち〟も〝こっち〟もねぇよ。お前自身がどう思ってるかは知らねぇがな」
そう言って久瀬先輩も出て行った。
一人残された屋上で、野球部の掛け声を遠くに聞きながら、私はのしかかる疲労感を苦い顔で飲み込むのだった。
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