第13話「嫌い嫌い大嫌い」

 黒峰先輩と喧嘩をしてからの私は、宣言通り自分のキャラ設定に努めた。


 優しく穏やかで

 誰にでも愛想がよくて

 親切で、少し弱気な女の子


 ギャル達から疎まれているせいでこれまで一緒にいた女の子達は私から離れて行ってしまったけど、かわりに少し控えめな子達と仲良くなることが出来た。

 彼女らは須藤さんと山口さんと言う。



「春野さん、最近ヤンキーの先輩に呼び出されないね」


 昼休み。山口さんからそう言われた私はドキッとして、思わず卵焼きを丸ごと飲み込んでしまった。


「たしかに!前はよくお昼休みに呼び出されてたもんね」

「大丈夫だった...?ごめんね、私達ああいう人達って苦手で」


「う、ううん。大丈夫だったよ」


 そう言うと二人は揃ってほっとした顔になった。それから始まるのはクラスのギャルグループや、大声で話すうるさい集団の悪口大会。

 彼女達にとって、そういった人達は全く別の生き物であり、快く見守る対象ではないのだと私は最近知った。


(今までの私は、きっと、この子達に相容れてもらえる人種ではないんだろうな)



「けど乱暴な人達ってほんとやだよね」

「うんうん。この学校じゃ、あの黒峰って人がダントツらしいよ!」

「えー!久瀬先輩も相当ヤバいって聞くよ。なんか色んな学校の人に恨まれてるって」

「ほんと怖〜!春野さん、関わられなくなって良かったねぇ。ああいうの嫌いでしょ?」


 私は両頬にえくぼを貼り付けて、笑った。


「.........うん、きらい」


 そう。私は今、私のことがすごく嫌いだ。


****


 放課後、新聞部の部室に行くと新谷さんだけが椅子に座って黙々と作業していた。

私が入ってきたことに気付くと顔を上げ、「こんにちは、春野さん」といつもの笑顔を向けてくれる。


「こんにちは、新谷先輩」


 彼らがいないことにほっと安堵した。新谷先輩は事情を知っているのかいないのか、私は訪ねる気にもならずに彼の向かいに腰掛けた。

 新谷先輩が作業する様子を手伝うでもなくぼうっと眺める。


「先輩はどうして新聞部に入ったんですか」


 それどころかいらぬ質問をして彼の手を止めてしまう始末。新谷先輩は「どうだったかな」と首をかしげた。


「初めはバレーボールに入ろうと思ったんです」

「えっ!バレー!?」

「意外でしょう?小さい頃からずっと好きだったんですけど、中学にはなかったから」

「じゃあ...どうして入らなかったんですか?」

「身長です」

 新谷先輩はケロリとした顔で答えた。そして身長が足りずに部活を門前払いをされたこと、諦めて文化部であるここを選んだことも話した。


「あの頃はずっと悔しくて、運動部のクラスメイトをひたすら恨んでたけど.....でもそのうちにどうでもよくなりました」

「.....諦めたんですか?」

「いえ。もっと他に好きなものを見つけたんです」

 彼は手元の新聞を軽く叩いた。



「自分の好きなものと、身体に馴染むものは違います。私達は皆自分でそれを選んで生きていく。心につくか、身体につくかーー僕は身体につきました」



 そこに後悔はないと笑う新谷先輩の手元に見覚えのある写真を見つけ、私はあっと声を上げた。

 コンクリの床一面に広げられた菓子パンの写真。

 見出しは「完全に偏見!購買菓子パン選手権」。担当は黒峰、久瀬――――



「.......もう、勝手に何これ...」


 「春野」の名前に指を添える。

 私は私の理想に近付けている。はずなのに、胸の中には小さな後悔が生まれた。

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