第14話「春の終わりの珍事件」
先輩達に呼び出されず絡まれないお昼休みや放課後は至極平和だった。それが覆されたのは桜が散り始めた頃。黒峰先輩に屋上を追い出された3週間後のことだ。
「ねえヤバイよ!校門!!」
「あの制服、北高じゃない?」
その日最後の授業が終わり、帰り支度を始めていたクラスメイト達は騒然となった。
校門の外にいかにもガラの悪そうな学ランの男子が十数人集まっている。慌てた様子の生活指導や強面の教師陣がそれを追い払いに駆け付けたが、――彼らには引き下がるつもりがないらしい。
その足元に縮こまっているうちの生徒がおそらく人質なのだろう。
「ねーこれ警察呼んだほうがいいんじゃない?」
「そんなの先生達がやってるっしょ」
「てかあれ隣のクラスの樋口じゃない?何で捕まってんの」
「カワイソー、早く助けてあげなよ男子」
「いやあんなの無理だろ!全員武器もってんじゃん」
どのクラスの生徒もベランダに身を乗り出して、顔中に好奇心を張り付けて様子を伺っている。
樋口君とやらを心配している生徒はあまり居なそうだ。
私はチラっと窓の外をのぞいて、彼らの顔に覚えがないことを確認すると大人しく席に戻った。
(触らぬヤンキーにたたりなし……放っておけば、誰かどうにかするだろう)
いつまでたっても始まらないホームルームを待っていると、廊下からこちらをのぞく目とぶつかった。
引き戸が小さく開き、伸びてきた腕が私を手招きする。
私はあたりを見回して、誰もが外の光景に夢中になっていることを確認すると静かに席を立った。
「何か用ですか、久瀬先輩」
「久しぶりだってのにつれねぇな。春野」
相変わらず、久瀬先輩からはうっすらと煙草の香りがする。
眼鏡の奥の瞳がきゅっと悪っぽく笑んだ。
「屋上行こうぜ」
「……行きません。二度とくんなって言われたし」
「はは。拗ねてる場合か、来い」
面白いものが見れるぞと、こちらの返事もなくスタスタ歩き始めてしまった久瀬先輩。私はためらったものの、こっそり彼の後を追った。
屋上につくと、久瀬先輩はいそいそと貯水タンクに登り始めた。てっきり校門の騒ぎを傍観するものと思っていた私は首を傾げる。
「ねえ危ないですよ、落っこちたら」
「いいからお前も来い」
しかし余計な問答も面倒臭い。私は彼の後に続き貯水タンクに登った。かなり高い。隣の校舎までよく見える。
丸っこい天井部分に腰掛ける久瀬先輩。
私は梯子に足をかけたまま、彼の視線の先をたどった。
「あ!」
西棟の非常口から数人の男達が中へ入っていくのが見える。
「あれは……」
盗みだろう。久瀬先輩はあっさり言う。
「最近流行ってるやり方だ。一方が盛大に学校側の注意を引いて、その隙に忍び込んだ別チームが鞄ごと財布を頂戴する」
「何それ!?どうして捕まんないんですか!」
「証拠がねぇからな。あいつらも監視カメラがない学校を選んでやってんだろ」
「……久瀬先輩は何で知ってるんですか?うちが狙われてるって」
尋ねると、彼は今度は校門側を顎で指した。
目を移した先には校庭をまっすぐ突っ切って走る黒峰先輩の姿がある。
「え……何してんのあの人」
「どうやらあそこに捕まってる一年坊に頼まれたらしい。〝犯罪に巻き込まれてる。親や教師に話せば彼らにバレて酷い目にあうから、助けてほしい〟ってな」
私は脱力して梯子から落ちそうになった。
「……その、一年坊とやらは友達なんですか」
「いや、昨日初めて会ったらしい」
「それでどうして引き受けちゃったんですか!」
「そんなもん俺が知るか」
ヤンキー集団に一人で突っ込んでいく黒峰先輩。馬鹿だ。馬鹿すぎて震える。同じ不良だからって上手く使われただけに決まってるのに。そんなの黒峰先輩だって分かってるはずなのに。
なのにどうして、あんなに捨て身で走れるの。
「…………教室に戻ります」
口を引き結んで背を向けた。久瀬先輩はもう声をかけてはこなかった。
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