第23話「カメラマンの独白」
「私達の青春、あなたに見せるのはもったいないや」
そう言って、後ろ髪引かれる素振りもなく颯爽とファミレスを後にした最後の一人を、俺はぼんやりと見送った。
花畑さんはキーキー言いながらまだ何やら喚いていたが、俺はその時、まったく別のことを考えていたのだ。
(なんて真っすぐ人を見る子達だろう)
彼らははじめから俺達をよく思っていなかったはずだ。
(あんな企画書を提出したんだから当たり前だよな。)
なのに、ここへ来てからインタビューを受けている間もずっと、彼らから嘘や偽りの気配はしなかった。ありのままの自分達を知ってもらおうと意気込んでいたようにさえ思う。
その目の奥にどんどん失望の色が濃くなっていくのを見て、久しぶりに自分の中に羞恥の念が生まれるのを感じた。
(もったいない……か。その通りだな)
「花畑さん。今日はもう引き上げましょう……この企画は上手くいきそうにありませんし」
「は?何言ってんの。諦めるわけないじゃない」
彼女はどこかに電話をかけると、二、三言かわしすぐに席を立った。
「さ、準備ができたみたいだし、行くわよ」
「行くってどこに」
「尾行よ。び・こ・う。決まってんでしょ」
この人はいつも自分勝手で人を振り回す。他人の心へ配慮しない性格は記者向きとも思われるが、相方の自分は振り回され過ぎてもはや反抗の気概さえも奪われてしまっていた。
気の乗らないままファミレスを出ると、すぐに彼らの姿を見つけ出すことが出来た。
商店街を抜けたあたり。
そこから先には田んぼ道が続いている。
それぞれの手にはアイスの棒切れが握られていた。
そういや俺も高校時代はよく買い食いしたっけな、なんてどうでもいいことを思いながらなんとなくシャッターを切ると、その陰に明らかに敵意のありそうな学生が数名、映りこんできた。
慌てて顔を上げると、あっという間に囲まれる三人の姿が遠目に映る。
「は、花畑さん、もしかして準備って」
「そ。事件がないなら起こせばいいのよ」
おそらく金で釣った学生達にあの三人を襲えとでも命じたのだろう。なんて卑劣な…。苦く思いながらも声を上げることなどできない情けない自分にまた失望する。
その時だ。ファインダー越しにさっきの少女と目が合った。
少女の口がパクパクと動き、それに気づいた横の二人もこちらを見る。俺は慌ててカメラから顔を離した。
「は、花畑さん。バレてますよ俺達」
「バレてたって関係ないわ。彼らはもうやるしかないんだもの」
記者根性の塊のような彼女は、グロスを塗りたくった唇をぺろりと舐めて獲物を見つめた。
「噂じゃ相当喧嘩っ早いって聞いたけど、実際どうなのかしら?相手は三人……勝てない数じゃないわよねぇ?さーあ、恥ずかしがらずに見せてごらんなさい?」
「ちょっと、怪我でもさせたらまた裁判沙汰じゃ」
「もううっさいわねェ、ごちゃごちゃ言ってる暇があるんならしっかりカメラ回しなさい!」
(何で俺はこんなこと……)
高校生たちに喧嘩をけしかけ、それを撮りたくてカメラマンになったわけじゃない。俺がカメラマンになりたかったのは、それは――。
「あ」
少女が突然、空高くにロファーをポーンと蹴り上げた。
それを視線で追いかけた三人の前で、久瀬、黒峰の二人がさっと身をかがませ、彼らの背後に回った。
「まあ!背後からの奇襲攻撃ねっ!ずるがしこくっていいじゃない!」
「――いやちがう!あれは」
背後に回った黒峰、久瀬の手には三つの財布が握られている。
(男子高生がよくズボンの尻ポケットに財布を忍ばせているのは、ほかならぬ男子高生の彼らにはお見通しだったのだろう)
何をするのかと思えば、二人はそれを勢いよく田んぼ道のほうへと投げ捨てた。
仰天して怒鳴り散らす三人の隙間を抜けて、黒峰、久瀬、春野はその反対方向――こちらへ向かって真っすぐ走ってくる。俺は思わず笑い声を上げた。
「あはは!!!うまい!!」
「は!?うまいって何!?ってか、あのガキんちょ達何で追いかけないわけ!?」
「財布が反対方向に投げられてるからでしょ。どっちに行くか天秤にかけてるうちに、もう追いつくのは不可能って寸法だ」
レンズをのぞいてシャッターを切った。
パチンとハイタッチする姿や、
こちらに向かってべえっと舌を出す悪戯な笑顔。
腹を抱えておかしそうに笑う彼らの姿は、あっという間に人混みの中に紛れて消えた。
何だかこちらまですがすがしい気持ちになって、俺はゆっくりカメラを下ろす。
これは見事、
「さ、帰りましょうか。花畑さん」
「………はぁぁーあ。もーこれでまた編集長に睨まれるわ~」
「大丈夫ですって。いい絵撮れましたから」
肩を落とす花畑さんの後に続きながら、俺は夕焼けの滲む空を見上げる。
(青春、か――。いいもんだなぁ)
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