第24話「ソーダ味の飴玉」

 地方紙の企画を蹴って帰った翌日。通学路を歩く私の足取りは重かった。

(はーあ。新谷さん悲しむだろうなぁ。せっかく私達のためを思って企画受けてくれたのに……)

 信号待ちで足を止めると、背後から「おう」と声がかかった。黒峰先輩だった。


「クロ先輩。おはよーございます。遅刻してないなんて珍しいですね」

「別に珍しかねェよ」

「自転車は?」

「今日は歩きの気分」

「ふーん。……あれ、あそこにいるのって」


 道の先にあるコンビニから出てきたのは、寝起きでいつもより頭がぼさぼさの久瀬先輩だ。


「朝からメンドクセー奴見つけちまった。道変えるぞ」

「いやもうバッチリ目合ってるんですけど」


 スタスタとこちらに歩いてきた久瀬先輩。


「おいお前ら今俺を避けようとしたな。傷つくから止めろ」

「あいかわらずのお豆腐メンタル。っていうか、え、目つき2割増しで悪いんですけど、どうしたんですか」

「こいつ低血圧だから。朝はたいていこうだ」

「へー、意外」

「お前ら声がうるせぇ。会話は極力20デシベル以下を心掛け俺の三歩後ろを続いて歩け」

「超めんどくさいこと言い出した」

「何でこっち来たんだよテメェは」


 そうこうしているうちに学校に到着した私達は、「おおーい!!」という新谷先輩の声でそろって顔を上げた。

 昇降口から転がるように駆け出してきた新谷先輩の手には地方紙がしっかりと握られている。


「おい、まだ昨日の報告新谷にしてねェぞ」

「報告も何も、もう知ってるな。あの様子じゃ」


 あんな終わらせ方をしたのだ。相当ひどい記事を書かれたに違いない。不安に思う気持ちとは裏腹に新谷先輩の声は明るかった。


「昨日はお疲れさまでした!君達の記事、すーっごく好評ですよ!」

「……え?」


**


 昼休み。鼻歌を歌いながらいつもの場所で日向ぼっこをしていると、久瀬先輩がやってきた。


「やけにご機嫌だな。なんかいいことあったのか」

 私はにっこりと頷いて答えた。

「今日、隣の席の子から挨拶されたんです」

「ああ。例の記事のおかげか…」


 新谷先輩が手に持って現れた地方紙の記事には、驚くべきことに、私達の悪評や蛮行なんかはさっぱり書かれていなかった。(いや、実際に何もしていないからそれが普通なんだけど)

 それどころかインタビューに答えた通りの、なんてことない穏やかな放課後が、おもしろおかしく、そして親近感のわくように記事にされていたものだから――。


「お礼、言いに行ったほうがいいですかね?」

「いや……。いいだろそんなもん」


 ガチャリと扉が開いて、今度は黒峰先輩が入ってくる。

 いつからか屋上で昼食をとるのが日課になってしまったが、そろって食べ始めることはそんなにない。

 黒峰先輩は自分の菓子パンの包装を開けながら、何かをこちらに投げ渡してきた。


「学校に匿名で届いた手紙だってよ。さっき暮センから受け取った」

「匿名?誰宛ですか」

「さーな」


 小さく笑って答える黒峰先輩。

 封筒を開けると、中からは元気のいい字で「くまれんじゃー、ありがとう!!」と書かれた四つ折りの紙が出てきた。

 クマレンジャーに覚えはないが、紙の端っこに描かれたクマのイラストには見覚えがある。


「これ、ゲーセンでおじさんに取ってあげたぬいぐるみ……!」

「――フフ、思いがけねぇことだらけだな」


 封筒を傾けた久瀬先輩が、中から転がり出てきた三つの飴玉をそれぞれの手に乗せた。ソーダ味がしゅわしゅわと口の中ではじける。

 突き抜けるような高い空。


「うん。いい日になった」

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