第37話「ゲリラ豪雨と廃神社②」

 お前達。俺に状況を説明させてくれ。

 まずは突然のゲリラ豪雨。春野のストレス発散に付き合う形で行くことになったカラオケは中止に。まあここまではいい。問題は次だ。

 神社に逃げ込む。→

 着替えるため拝殿に入る春野。→

 なかなか出てこない春野。→

 やっと出てきた春野。→

 後ろになんか居る。←NEW!!


「それにしてもちっとも止みませんね。雨。もうオハ朝見んのやめよっかなー」


 クソほどにどうでもいい春野の呟きに久瀬が乾いた笑いを返しているが、俺達の視線は当然奴の背中だ。背中というか、肩越しに、ダランと白い腕がぶら下がっているように見える。


「......おい、久瀬、テメェ見えてんだろうな」

「......あんなもん見たくなくても見える」


 こういう事態になると八割増で人相が悪くなることが分かった久瀬だが、今こいつを帰すわけにはいかねェ。何故って、こいつは俺一人でどうこうできる代物じゃねェからだ。


「一刻も早く家に帰って『相対性理論と量子論(W.ハイゼンベルク)』などをたしなみ、この世に科学で証明できないことはねぇと自分を落ち着かせたい。このままじゃ間もなく気ィ狂うぞ」

「落ち着けバカ!今のところ、あの......アレは特に危害を加えてくる様子もねェ。今のうちに俺達でどうにかするぞ」

「どうにかって一体何を」

「ちょっと。二人して何コソコソしてんですか」


 不審そうな春野が階段から腰を上げた、のを、手を前に突き出して制する俺達。特に久瀬。


「止まれ。春野。そこから一歩でも動いてみろ。俺がこの手で滅するからな」

「いや何で?私何かしました?」

「いいから動くんじゃねェよ!今俺達でどうにかしてやるから」

「何を!!何をどうするんですか!」


 まずは状況確認だ。依然として(さっぱり意味のわからなそうな)春野の肩越しには真っ白い腕が揺れている。

 久瀬が警戒態勢を崩さないまま問いかけを始めた。


「お前、一体神社の中で何してた」

「何って、普通に着替えてましたけ「嘘つくんじゃねぇぞ!!!!」ちょっと!?この人全然話聞いてくれないんですけど!」

「何か!こう......!!人形的なものに触ったり、フダ的なものを剥がしたり、盛り塩蹴ったりそういうことしてたんだろ!!」

「フツーに着替えただけですってば!何です盛り塩って.........」


 そこまで言いかけた春野が、ん?と首を傾げる。


「そういえば着替えてる時に奥の祭壇で音がして、見に行ったら白い粉がいっぱい散らばってましたね」

「「............」」

「あれ何だったんだろ。まあ汚くて触ってないんですけどね。あはは」


――いやそれ、盛り塩、爆発してんじゃねェか!!!



「正直に言わせてもらう」


 鞄を漁りながら久瀬が言った。


「俺はオバケが嫌いだ」

「お……おう」

「精神攻撃もきかない。物理攻撃もきかない。常識も通じなければ倫理道徳の概念もない。存在がふわふわして基本的に半透明。以上の理由で無理オブ無理」

「そうか……」


 春野は今ちょっと離れたところでブツクサ言いながら携帯をいじっている。依然として背後に腕を従えて。


「だが春野をこのままにはできねぇのも事実。ので、俺は考えた」

「——ねえー!!ちょっとォ!!クロ先輩!久瀬先輩が私に砕いたハッピーターンを投げつけてくるんですけどォ!?」

「手持ちがねぇんだよ。塩の代わりだ我慢しろバカ。まったく、今作戦会議中だってのに」

「マジこれいじめじゃん??もういい、帰ります」

「絶対帰んな」

「なんなのほんと」


 もう好きにしてくれと言わんばかりの春野に、久瀬は尋ねた。


「春野、ちょっと後ろ向いてみろ」

「はぁ?後ろ??」

「何が見える」

「きったねー神社が見えます」

「他には?」

「特に。あ、しいて言えば、彼氏も作れずろくな青春も生み出せなかった私の後悔ありあまる一学期が見えますー」

「な、黒峰。こいつには見えてねぇ」

「いや見えてんだって。友達も作れず彼氏もできず、私の夏休み一体全体どうなるの。はあぁぁ、幸先不安しかない」

「鬱になってんじゃねェか?あいつ」

「ほっとけ」


 久瀬は俺の目の前に人差し指を突き出して言った。


「お前も知ってるだろ。〝九重神社の飯森花子〟の噂」

「……あんなのはくだらねェ噂話だ」

「心底同意する。だがここは九重神社で、俺達にはアレが見えちまってる」

「………たしか、自殺した女学生の霊が住みついてるって話だったか」

「ああ。なんでも夏休みの前日にこのへんで事故で……それから、失ってしまった青春を惜しんで惜しんで、地縛霊に——」


 俺達は同時にはっとして、春野を見た。

 さっきまでブツクサ文句を言っていた春野は、今どういうわけか膝を抱えてぐったりとこちらを見ている。栗色の髪の隙間から覗く目はほの暗い。

 腕は、両腕になり、春野の首に抱き付いていた。


「どこ行っちゃったの、どこ行っちゃったの、私の青春、ああああ、悲しい、悲しい悲しい、だめだめだめだめ悲しい悲しい、青春青春ああああ」


――憑りつかれてんじゃねェか!!!!

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