第26話「新しい出会い」

「今日の授業はここまで。さっき言ったとこ明日テストに出すから勉強しとけよ」


 えー。とお決まりのようなやり取りの中、私も例外なく肩を落としていた。

 あの数学教師は出すと言ったら必ず出す。

(今日図書室で勉強しよ...)

 鞄に教科書を押し込んでいると、隣に人の立つ気配がした。


「は.....春野、今ちょっといいか」


 私が目を丸めたのは、そこに居たのがクラスで一番目か、二番目に人気な柳田君だったからだ。


「え、な、なに.....」


 咄嗟に怪訝そうな反応をしてしまったのは良くなかった。

 でもあの大乱闘以来私に話しかけてくる男子なんて、舎弟化した『聖闘士はるにょん☆』のファンクラブか、もしくは先輩達くらいだし、これは多少キョドっても仕方ない。うん。


「間違ってたら悪いんだけど、春野って昨日、商店街の雑貨屋にいた?」


 昨日、商店街、雑貨屋。

 慌てて頭を巡らせると、確かにボールペンを買いに立ち寄った気がする。


「う、うん。居たけど...」

「マジか!じゃあやっぱ春野だ!逃げようとしてた万引き犯捕まえてくれたんだってな」

「え!何でそれ……」


 偶然居合わせた現場に一役買ったことは、クラスメイトなんかには誰にも知られてない出来事のはずだった。

 驚く私に、柳田君はにかっと歯を見せて笑った。



「だってその雑貨屋おれんちだもん」

「.....え!あの可愛い雑貨屋さん柳田君んちなの!?」

「そーだよ。昨日母ちゃんに色々聞いてさ。なーんか春野っぽいなって」


 当たりだ!と嬉しそうにする柳田君。

 普段教室でこんなふうに話すことのない私に、クラスメイト達はチラチラ奇異の視線を向ける。しかし柳田君はさっぱり気にしていないらしい。


「なんかお礼したいんだけど、春野今日の放課後空いてる?」

「ほっ.....放課後は、図書室に行くから」

「勉強?あ、もしかして今の数学のやつ?」

「うん」

「んじゃ俺も一緒にやるわ。四時に図書室な!」


 ポンポン話をまとめて、じゃー後で!と手を上げて去っていく柳田君。

 半ば呆然としていた私は、無意識に握りしてめいたカバンの紐を離した。無言で席に着き、俯いて目を見開く。


 (と.....とんでもない、ことに、なった!!)



**


 さあ、改めて状況確認をしよう!現在放課後、4時50分!

 人気ひとけのない図書室!目の前には数学の教科書と、ノートと、クラスで人気の男の子!差し込む夕日!高鳴る鼓動!え!これなんて少女漫画……!?


「春野」

「ぴぇ!な、なに!」

「(ぴぇ…?)さっきから手止まってっけど大丈夫か?」

「だ、大丈夫!ちょっと分かんなくて」

「どこ?」


 適当に返事をしたら、柳田君はひょいと私のノートを覗き込んだ。


「あー、これな!俺も昨日ちょうど予習したとこ。ここの公式使うんだぜ」

「なるほど……!ていうか柳田君、ちゃんと予習やってるんだ。部活もあるのにすごいね」

「まーな。うち進学校だし、勉強しねーと部活やらせてもらえねーんだよ」


 柳田君はサッカー部に所属していて、早くもスタメン入りしそうなのだとファンの子が話しているのを聞いたことがある。

 その時はスポーツ出来て顔も良いとか少女漫画に出てきそう、くらいにしか思ってなかったが、まさか自分が彼と一緒に勉強する日が来ようとは思ってもいなかった。


(予習か…家に帰ってごろごろしてる私とは大違い……なんか恥ずかしくなってきた)


 なにげなく柳田君のノートをのぞいた私は、ん?と首を傾げた。自分のノートと見比べてもう一度首を傾げる。


「……柳田君。もしかしてそこ、間違ってない?」

「え!!どこ?」

「私この前教えてもらったからちょっと自信あるんだけど……問2のとこ」


 二人で何度かノートを見せ合い、数秒後、柳田君が「うお!マジだ!」と声を上げた。

 これは偶然だが、この問題については先日久瀬先輩が「こいつはよくあるひっかけでな」と教えてくれていたのだった。


「春野すげーな!このひっかけ、俺全然気づかなかった」

「べ、べつにこれは…」

「てか予習してるとか言ってんのに間違えて、俺かなり恥ずいじゃん」


 恥ずかしそうに鼻の頭をかく柳田君に、胸が一瞬きゅんとした。

 その後どんな風に宿題を終わらせたのか、正直ぼんやりして覚えていない。


 けれど、また部活のない日に勉強しよう!と誘われたことと、万引きのお礼をさせてほしいから今度一緒に出掛けようと言われたことは、たぶん、夢じゃなかったと思う。


「うわ―――――――――――!!」


 元ヤンJK春野・人生初の恋に落ちる。

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