第5話「ニックネーム」



 黒峰先輩、久瀬先輩と知り合って一週間。つまり入学して一週間が経った。

 彼らはたまに私の教室に顔を出して私を呼び出したり、昼休みを屋上で過ごさせたりしてくるが、とりたててうんざりするような害をもたらすことはない。何が悪いと強いて言うなら、ヤンキーに目をつけられていると噂の私には、依然友達ができないことだ。


「いや、もともこもない!!!!」


 そう叫ぶと、隣でジャンプを読んでいた黒峰先輩が飛び上がって驚いた。放課後の屋上。グラウンドから運動部の掛け声が聞こえてくる。


「テ、テメー突然叫び出すんじゃねェよ!!びっくりすんだろうが!!」

「え?もともこもなくないコレ!?何してんのアタシ馬鹿かよ。こんなんじゃ彼氏どころか友達もできず暗黒時代の再来じゃんムリ!!」

「ムリじゃねェ!聞いてんのかオイゴラァ!」


 屋上の扉が開いて久瀬先輩が現れた。何故かホワイトボードをひきずっている。


「何騒いでんだお前ら」

「あ?…遅ェぞ久瀬。お前が呼び出したくせに」

「ていうか何ですかそれ」

「ホワイトボードだ」


 なんでも科学部のコンテストに助っ人出場して優勝をもぎ取り、彼らの部室からこれを貰ってきたらしい。


「何でこんなもん欲しいんだよ」

「まあ道場破りみてぇなもんだな。あいつら部室に黒板ねぇから、明日から大層困るぞ。フフ」

「ねえ黒峰先輩。久瀬先輩はどうしてこんなに性格が悪いの。頭はいいのに」

「バカ、人間はどっかしら欠落して生まれてくんだ。こいつの場合は優しさとか思いやりとかだな」

「お前ら本人の前で言いたい放題か」


 言いながら久瀬先輩はホワイトボードにマーカーで文字を書き始めた。


「今日からこれをやっていきたいと思う」


【青春大計画part1】

~まずはお互いをニックネームで呼び合おう~


「地獄かよ」

「ごめんなさい、帰っていいですか?」

「まあ聞けお前ら」


 久瀬先輩はメガネをくいっとやった。


「俺たちは何だ――退屈という名の化け物に日常を食い荒らされるだけの日々。居心地の悪いつるみ合いに吐き気をもよおし、青き春を求めて彷徨さまよう獣。それが俺たちだろうが!」

「違いますよね」

「藤宮高校・孤高のケルベロスと呼ばれた過去を忘れたか」

「覚えがねェ」

「……暇してんのは事実なんだからノッてこいよカス共!しまいにゃメソメソ泣き始めるぞ。俺が」

「お前がかよ!」

「斬新な脅し方やめてください!付き合いますから……」

「初めからそうしとけ。まったく」


 妙なところで構ってちゃんな久瀬先輩である。

 私と黒峰先輩は渡された水性ペンをもってホワイトボードに向かった。


 キュッキュッキュ……


「お前ら文句たれてるわりに真剣に書いてるな」


 黙々と書き込む私達の手元を覗いて久瀬先輩が言った。ボードには今それぞれの名前と、それを囲むように大きな丸が描かれている。そこに思いつくままニックネームを書き綴っていく決まりだ。現段階では以下の通りである。


【久瀬】

・久瀬っち

・妖怪オンナたらし

・陽キャクソメガネ

・暗黒闇髭野郎


「ほとんど悪口じゃねぇか。これじゃ久瀬っち一択だな」

「ざけんな誰が呼ぶか。誰だこれ書いたの」

「俺だ」

「テメーで愛称つづってんじゃねェよ!!」

「私妖怪オンナたらしがいいと思います。だってこの一週間で久瀬先輩が女の子にビンタされてるところ三回見たし」


【黒峰】

・クロちゃん

・血だるま小僧

・脳筋ボッチ

・ブリリアントゴリラ


「よし表出ろ久瀬」

「何だよ俺とは限らねぇだろ」

「この絶妙に人をイラつかせる言葉のチョイスはテメー以外にねェ」

「そこまで言うならやってやる。あともう表だぞ(ニヤ)」

「ハイぶっ殺す!」

「ちょっともー!アッチでやってくださいよ、あぶないな」


【春野】

・脳みそフェアリーテイル

・爆裂ヤンキー

・ドロンジョ様(熱望)

・ハリボテぶりっ子


「どうして知り合って一週間なのにこんなに歯に衣着せぬ物言いができるんですか?二人とも。うっかりキレそう」

「お前も俺のとこに血だるま小僧って書いたろ。知ってんだぞ」

「いや待てよ。ミヅキちゃん……とかでもいいな。幼女感がある」

「キモ!!キモい性癖に付き合わせないでください!」

「元ヤン女に幼女感求めてどうすんだよ」

「よし分かりました!もう一回拳で語り合いましょうね。私もそろそろストレスきてるし二人は暇してるしで利害一致はい始めェ(流れるように殴り合いが勃発したため続行不可)

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