第6話「私が私たる理由」
「雲がひとっつもありませんねぇ」
「おー……ねェな」
「いい春の日だな、寝ちまいそうだ」
ひとしきり喧嘩に興じた私たちは屋上でそれぞれ大の字になっていた。黒峰先輩の蹴りを受けた腕がピリピリ痛むが、本人は私の右ストレートで鼻血を出していたし、久瀬先輩も目がパンダになっていたからどっこいどっこいだ。
「久瀬先輩、喧嘩できなそうに見えて意外と強いんですね。黒峰先輩との攻防かなり見ごたえありました」
「お前が躍り込んできたせいでまた決着をつけ損ねたが、俺の方が強いんだ。本当はな」
「馬鹿言ってんじゃねェよ。それより春野、お前蹴りの時足上げすぎだ。パンツ見えちまうぞ」
「ちょっと黒峰先輩までそういうこと言うの止めてくださいよ……変態は久瀬先輩一人で手一杯なのに」
「久瀬と違って俺は親切で言ってんだよ」
「お前ら俺を変態扱いするな。IQ値が全権を担う社会だったらお前らなんか俺の奴隷だからな」
「そんな社会絶対にやなので私は奴隷じゃなくレジスタンスです」
頭の上でチャイムが鳴る。
あー、遅刻だ。
もう今更なので焦ったりはしないけど。それより、
「ニックネーム、結局決まりませんでしたね」
「こうなんの分かりきってたろ」
「……今だから言うが、黒峰んとこにブリリアント・ゴリラって書いたのは俺だ。ごめんな」
「とっくに知ってるし掘り起こすんじゃねェよ腹立つな」
「どうしてそのような最&高なニックネームが爆誕したかと言うと」
「聞いてねェしお前全然反省してねェな。もっぺんやるか?」
くだらない掛け合いをしている先輩ヤンキー×2の横で体を起こす。
春の陽気が全身を包み、いつでも眠りの浅瀬に引き込まれそうな調子だ。不本意ながら先輩方のおかげで身体ストレスは解消された。お礼を言いたいくらい。
春風が舞う中でくあっと欠伸をする。
その時、目の前を綺麗なモンシロチョウが通り過ぎた。
ぼんやり眺めて呆けていると、いつの間にか口喧嘩をやめていた二人がこちらを見ていることに気が付いた。
「……なんです、二人して」
「いや」
一度言葉を止めた久瀬先輩が、ふっと微笑んで言った。
「――お前は〝春野〟だな。
そのままでいいか」
黒峰先輩もコクリと頷いて同意した。
なんなんだ二人して。私は最初から春野だし、これからもずっと春野なのに。
「変な二人」
つられるように笑う。
このおかしな二人組との出会いから一週間。
脱ヤンキーを心に決めて訪れたこの高校で、私はほんの少しだけ、青春の手ごたえを感じ始めていた。
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