第30話「恋のご指南」

 言葉の意味を理解するのに要した時間は数秒だったか数分だったか。とにかく、意味が分からない。


「ど、どういうことですか久瀬先輩!黒峰先輩をオトせって……私が好きなのは柳田君だって言ってるでしょ!!」

「オイ!ふざけんじゃねェぞ久瀬!何で俺が春野にオトされなきゃいけねェんだ!!」

「ったく落ち着けお前ら。小学生じゃねェんだから惚れる惚れねェでガタガタ騒ぐな。立て付けの悪ィふすまか?」

「お、お口わる……突然オラつき出した」

「いいから聞け。春野。お前は完全な恋愛初心者だ」

「全員そうじゃん」

「その通り。だが俺達は男だ。男がキュンとなるポイントを大なり小なり心得てる」

「(ハッ……!)」

「黒峰を相手役に据えたのは単に身長が近いからだ」

「なるほど」

「それに俺を相手にして春野が本気で惚れちまったらどうすんだ。罪深すぎるだろうが」

「いやいや!!そんなこと言ってクロ先輩が私に惚れちゃったらどうすんですか!」

「いや馬鹿か!?テメェのすっとぼけ恋愛脳と一緒にすんじゃねェ!!」

「何、テクニックを少々刷り込んでやるだけだ。お前はまず黒峰を柳田と思い込むこと」

「柳田君はもっとさわやかいけめんです……」

「強面で悪かったな。よし、俺もお前がもっと可愛くなるように鼻高くしてやるよ」

「痛い痛いいたい!」

「まったく。喧嘩してる場合か、お前ら」


 久瀬先輩がいつも通り、不敵な笑みを浮かべる。


「春野、お前の思う女子の魅力とは何だ」

「え?……ゆるふわしてて優しくて、あと抱きしめたら折れちゃいそうな?そんな淡く儚いかんじ?みたいな」

「その定義で行くとお前全てから外れてんじゃねェか」

「私十分優しいでしょうが!!!!」

「黒峰。お前の思う女子の魅力は」

「………誠実で話の合うやつ」

「(なんか意外だ…)」

「俺はな、顔だ。あと胸。そして脚」

「(全部予想通り……)」


 久瀬先輩は「このように男によってもそれぞれ好みが違う中で、いかにして好みの分からん柳田にアプローチをかけるか。正解はこれだ」


 久瀬先輩がホワイトボードに大きく書き上げたのは、

「王道萌えをぶった切れ!!!」

 という不安を煽るワードだった。


「萌え袖、上目遣い、ボディタッチ、あざといポーズの数々、もうそんなもんは!!縄文時代からやりつくされてる。うんざりなんだよ…!」

「(こいつ今日テンション高ェな)」

「大事なのは真新しいアイディアだ。春野、お前は既に他校のヤンキーをボコボコにした経歴がある。今更かわい子ぶってもダメだ」

「傷口えぐんないでほしい……じゃあどうしろってんですか」

「例えば……そうだな、相手と話をしている時」


 私と黒峰先輩を向かい合わせで座らせた久瀬先輩は言った。


「女子の恥じらう姿は天使のごとくなんて言われてるが、まあ、そんなもんは実際糞くらえだな。カップラーメンの待ち時間の方がいくらか有意義」

「お前が女にモテる理由が分からねェ」

「恥じらう女の子かわいいじゃないですか!」

「永遠にモジモジされてるこっちの身にもなれ。――そういうわけで、今からお前らには5分間見つめ合ってもらう」

「「え。」」

「じっと目を見つめて話す練習だ。これで男は大体オチる」


 黒峰先輩を見る。


「……ガン飛ばされてる気がする」

「もとからこういうツラだ」


 クロ先輩キレそう。いやいやダメだ……。柳田君をイメージしないと。柳田君。柳田君。髪の毛はサラサラ茶髪で、甘い笑顔で、爽やかないい匂いがして……


「……あ。おい春野、お前肩に虫、」

「キャー!!!!」


 バッチ―――ン!!!


 ほっぺたを紅葉に腫らした黒峰先輩を見つめながら、私は自分が真っ赤っかになっているのが分かった。

 触られると思った瞬間にこれとは、こりゃダメだ。色んな意味でダメだ。まずい。フツーに柳田君に見える。


「……い、いきなりボディタッチは……だめだよ………柳田君」

「柳田じゃねェよ!!?お前妄想でよくそこまでフルスイングできたな!!!」

「はぁ……まさか一分ももたねぇとは、先が長そうだな」

「久瀬、テメェまさかこうなると分かってて俺に柳田やらせたんじゃねェだろうな……おい!コッチ向けおい」


 私の恋、この練習会にかかってる気がしてきた。





**


 夕方。恋愛指導を終えた私達は並んで帰路を辿った。


「どうにかある程度の指南はできたが、問題はそれを実践できるかどうかだな」

「ノープロブレム!二人のおかげで、今ならどんな柳田君でもオトせそうな気がします」

「くびりオトすの間違いだろ。一体俺が今日何度酷い目にあったと……」

「クロ先輩に関しては本当にすいません…なんか現実と妄想の境目が曖昧で」

「お前危ねェ奴じゃねーか」

「!……おい、春野。さっそく練習の成果を見せる時が来たみたいだぞ」


 私達の前、信号待ちしている数人の男子の中に柳田君の姿がある。

「んなるぁっ」

「なんて?」

「(や、やっや柳田君だ!!無!理!!遠目に見ても格好いい無理!ラブアタックはまだ早い!帰りましょう先輩達!!)」

「そんな蚊の鳴くような声でお前……」

「さっきの威勢はどうしたんだよ」


 二人を盾にして身を縮めた私は、それでも二人の隙間からじっとその姿を見つめてしまう。夕焼けがまぶしい。サッカー部の帰りだろうか。白いエナメルバックがとても似合っている。

(ああ、いいな……いつか私も、隣に並んで帰りたいな)


 じっとその背中を見つめていると、不意に振り返った柳田君と目が合った。「え」

 傍にいた友人達と二、三言交わしてこちらに走って来る。

「えっ、え、え」

「春野ー!!」


 確実にばれてる!私は慌ててスカートの裾をはらい、手ぐしで髪を整えた。


「や、柳田君!」

「やっぱ春野だ。黒峰先輩、久瀬先輩も。ちわッス!」

「おう」

「今帰りか?」

「はい!今サッカー部の練習終わって。……はい、春野」


 柳田君は私の手のひらの上に、イチゴの飴を乗せた。


「これ……」

「さっきコンビニのくじ引きで貰ったんだ。春野、イチゴ好きだろ」

「な……何で知ってるの…」


 柳田君はいつものようにニッと笑った。


「購買でよく苺ミルク買ってるだろ。だから知ってる」


 じゃあ友達待たせてっから、と手を振って走っていく柳田君の背中を見つめる。

 両サイドからちらりと視線が落とされた気がしたが、私は今、自分がどんな顔をしているのかさっぱり想像がつかなかった。

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