第34話「ときめきよりずっと痛い」

 私のイライラは放課後になってもさっぱり拭えていなかった。

 先輩達は意味不明だし、黒峰先輩はムカつくし、柳田君とは喋れないし、おまけに今日最後の授業ではひどい回答ミスをして、クラス中の笑いを――とることもできなかった。皆すごいビミョーな顔してた。相変わらず、なんとなくの腫れモノ扱い。


「はぁ……」


(なんか、今日はもうダメだ。うん。そういう日もある。早く帰ろ)


 とぼとぼ昇降口に向かって歩いていると、下駄箱の所でぼんやり立っている人がいることに気が付いた。

 柳田君だった。

(や、柳田君だ……!もう帰ったかと思ってたのに)

 途端にバックンバックン跳ねだす心臓。


「や、柳田君!」

「ん?おー春野じゃん」

「………?」

「今日部活ねーの?」

「うん」

「そっか、じゃあ一緒に図書室いかね?こっちも試験前だから休みなんだよな」

「い、いいよ!」

「やり。俺やんなら古典かなー、漢文もやばいけど」

「じゃあ図書室行く前に、こっち」

「え?おい春野!」


 柳田君のエナメルの端っこを引っ張って廊下の隅に連れていく。ここなら人の目もない。

「柳田君」

 柳田君とこんなに近い。

 なのに私の心には、そんなものよりもっと――


「どうしてそんなに、泣きそうな顔してるの」


**


「留学……か」


 春野と別れた直後、俺を呼び止めた久瀬から得たのは、柳田が思いを寄せる堀北という女が来年、海外に留学するという情報だった。


「うちの高校に留学制度なんてあったのかよ」

「ああ。おれも前に推薦されたが、日本食以外食う気がしねぇんで断った」


 そんな理由で断る奴はお前くらいだ。というツッコミも、どういうわけか口にする気にならない。

 新聞部の部室。

 壁に備え付けられた扇風機だけが、ブーンと音を立てて回っている。


「堀北が周りに明かしたのは今日が初めてらしい。もう噂は他学年にもいってんだろ――。当然柳田も」

「……春野には関係ねェ話だ」

「柳田が思いあまって告白すんなら別だがな」

「あ゛?じゃあどうしろってんだよ」

「バカ」


 窓枠に腰かけた久瀬が言った。


「はじめっから俺達にはどうしようもなかったろ」


(……そうか。たしかにな)


 春野が柳田を好きなのも、

 柳田が堀北を好きなのも、

 それを知った後春野がどうするのかも、

 結局全部、あいつら次第。


 ふー、と長い息を吐く。


「……他人事にこんなに気ィ揉まれたのは初めてだ。疲れた」

「同感だ」


 疲れた様子で窓の外に顔を向けた久瀬が、突然はっと窓枠から身を乗り出した。ややしてくつくつ声が漏れはじめ、やがて久瀬には珍しく、声を上げて笑い出した。


「見てみろ、黒峰。

――さすがは〝俺達の〟春野だぞ」


 校門の横、木と木の間に渡された真っ赤な横断幕には『獅子奮迅』の文字。

 その下で仁王立ちするのは紛れもなく春野本人だ。


「ブチかませ、柳田――――!!!」


 叫んだ春野の視線の先には、校庭の真ん中で堀北の腕を掴む柳田の姿がある。

 放課後の校庭。

 柳田がしっかりと堀北に思いを伝えきるのを、春野は最後まで凛とした、まっすぐな目で見つめていた。

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