第42話「アホの祭り」

「僕のこと呼んでるのって君だよね?何か用かな?」

「あ、イエ、用ないんです……すみません」


 王子(仮)は困った顔をした。いやうん、呼び出された先で用がないと言われたら誰でも困惑するよね。

 でも突然まったく知らない人を呼び出されて告白したらコ●すと言われた私の方が圧倒的に困惑してるからね。

 でもファンクラブ改めテロ組織よりは話が通じそう。助かった。


「あの、私実はあそこの人に用が」

「さあ大丈夫。ゆっくり思い出してごらん、僕の子猫キティちゃん」

「アッ、この人ダメだ!」


信じられない。いっこ学年が上がっただけでこんなにキャラクターって爆発するもんなの?一年われわれが無個性なの?


「女の子はね、僕と話すだけで頭が真っ白になっちゃうんだ」

「私も別の意味で真っ白ですけど……」

「分かるよ。さあ座って。僕たち次は自習だからゆっくりしていくといい」

「あ、私は自習じゃないので帰ります」

「ん?このチケット、君のかい?」

「最悪のタイミングで落ちよった!」

「………ごめんよ、キティ。僕あんまり甘いものは好きじゃないんだ」

「誘ってもないのに断られた!!何なのこの人!」


 佐藤と呼ばれたその人は、私の手を取り軽やかにキスをした。嘘だろ。


「改めて、僕の名前は佐藤ステファニー裕介」

「芸名かよ!?」

「皆からは王子って呼ばれてるよ」

「いやさっき思いっきり佐藤って呼ばれてましたけど……」


 ぐいっと後ろに引っ張られる。ファンクラブの彼女達だ。


「ね。これで分かったでしょ?」

「いえ、まだ頭が弱そうということしか」

「それが全てよ」

「それが全てなの!?」

「私達ファンクラブがあなたみたいな子達を彼に引き合わせてあげるのは、こうして現実を突きつけるためなの」


 つまり彼女達は(頭は悪いが)とにかく顔がいい彼をアイドルとして祀り上げているだけらしい。そして彼が悪い女に引っかかろうもんなら全力で守ってあげる親衛隊のようなことをしているのだそうだ。うん、やっかいすぎるね。


「で。彼の中身も知ったところで、どう?諦めるなら親衛隊に入れてあげるし、もし諦めず恋を貫くというなら死の淵へいざなうわ」

「デッドオアデッドなんですけど……」

「そう。顔がいいというのはそれだけで無限の価値があるのよ」「あなたも女子なら分かるでしょ?」


 昼休憩終了まであと1分しかない。私のイライラはもう喉元まで上がってきていた。

(先輩には後輩らしく行こうと思ったけど――もういい、もう知らん)

 私を囲むファンクラブの円を割り、佐藤先輩を押しのけて、いびきをかいて寝ている黒峰先輩の前に立った。


「黒峰先輩」


 ここで一つ、余談だが、黒峰先輩という男は寝起きがとんでもなく悪い。低血圧で朝が弱い久瀬先輩とは別のタイプだ。なぜ知っているかというと、一学期の半ばごろ放課後屋上で眠っていた彼を起こそうとしたことがあるからだ。

 今回は彼の手を借りてこの状況を脱したいと思う。


「先輩」


 肩をゆすって起こすと、想像通り、人相が通常の割り増しで禍々しい黒峰先輩に睨み上げられた。道ですれ違ったら赤子どころか百戦錬磨のプロレスラーでも逃げ出すレベル。職質すっ飛ばして即拘置所レベルの顔だ。

 それでも私はひるまない。もう慣れたから。すーっと大きく息を吸う。


「………何だ、春野か、お前何で二年のクラ」

「私はァ!!!」

「声のでかさ」


 当然だ。これは黒峰先輩に向けてではなく、彼らに向けて言ってるんだから。


「先輩だけに!!黒峰先輩だけに!!用があって!ここへ来ています!!」

「ちょっマジうるせえんだけど。なんも頭入ってこない」

「決してッッ!!イケメン王子に告白するつもりはありません!!!ミジンコほどもないことを!!まずは念頭においてもらいたい!!」

「何のはな、」

「分かりましたか!!?」

「分かった!分かったからとにかくボリューム落とせ!?な!選挙カーでももう少しわきまえてっから!」


 私はファンクラブのほうへ目をやった。


(やった!効果てきめんだ!)


 目つきがシリアルキラーな黒峰先輩を叩き起こし、街頭演説さながらの熱意ある宣言をしたおかげで、佐藤先輩へ恋をしているという謎の幻影を打ち崩すことができたらしい。

 皆さん顔の前で手を合わせて(真っ青だった)「ごめんなさい」ポーズをしてくれている。


「うん、分かっていただければ結構!」


 ちょうどいいタイミングでチャイムが鳴った。

 私は黒峰先輩に「じゃ!」と挨拶をして機嫌よく教室を出た。


(それにしても)


 私は口角が上がるのを両手で抑えた。


(二年生の個性、とんでもないな)


 ナルシストな佐藤先輩も、ファンクラブの人達もかなりイキイキしてた。そういうのにはやっぱり憧れるし、自分の個性も探してみたくなる。


 それにとんでもない目にはあったけど、言葉はやはり最強のツールであると本日改めて実感した。なんと言っても拳を使わずに人を納得させることができるわけだからね。うん、今日からもっと国語頑張ろう!………国語を…うん…………。



「――――いや、用件全部忘れてきたッ!!」



 その後、先輩のことは結局ラインで誘い出し、寝起きにうるさくしたことをしこたま怒られたあとでスイーツパラダイスに行った。パラダイス、本当に最高だった。

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