第8話「黒峰先輩とわたし」

 最近クラスにも馴染めて友達なるものも少しだけ出来始めた私、春野深月。


「深月ちゃんってメッチャ髪きれいだよねぇ」

 んやんや、結構傷んでるよ。昔ブリーチいっぱいしたから。


「てかめっちゃ細くない?中学の時スポーツ何かしてた?」

 昼夜問わず喧嘩に明け暮れてたよね。だからかな。


「あ、ライン交換しよーよ!ウチらでグループ作ってさ!」

 私本当はかなりものぐさでラインとか全然不得意だけど


「うん、もちろんいいよ!」

 にっこり笑ってそう答える。


 中学の頃も存在したスクールカーストは、高校になると一層顕著になるらしい。

 誰といれば一番安全か、みんなが見極めようとしている。


「あっ、ヤバ、あれ黒峰先輩じゃない?」

「深月ちゃん隠れて!」


 女の子達の間に隠されて覗き見た黒峰先輩に、私は思わず「は?」と立ち止まってしまった。

 とんでもなく――とんでもなく、喧嘩帰り。

 ぱっくり切れた瞼の血はもう固まっているらしいが、唇も切れて頬も腫れてかなり痛そうだ。


 さすがに先輩の前の人達はおののくように道を開け、まるでいつ飛び掛かって来るかわからない猛犬を見るように恐々と声を潜める。先輩は私に気付かず、そのままなんてことないような顔で廊下を歩き去ってしまった。

 彼女達は緊張の糸が切れたように、わっと途端に話し出す。


「あのケガやばくないー!?」

「怖すぎなんですけど!」

「あたし等クラス遠くて良かったぁ」


 トイレ行ってくる、と誰にともなくこっそり言って、私は足早にその場を去った。

 壊れた屋上のドアノブをガチャガチャ数度回す。(秘密の開け方を知っているのは私と先輩ら二人だけだ)

 貯水タンクの日陰には、やっぱり黒峰先輩が転がっていた。


「黒峰先輩」


 呼びかけると、先輩は切れていない方の片目だけ開いて私を見た。


「なんだお前、せっかく無視してやったのに」


 私は何も言わず彼の隣に座った。

 タンクに背中を預けてぼんやり空を見上げる。

 先輩も何も言わず、転がったまま片方の目で私と同じ空を見ているのが分かった。


「……あったかいですね」


 ぽつりと呟けば、「春だからな」といつも通りの返事が返ってきた。

 可愛くて優しくておとなしい女の子を装うより、ここに居たほうが楽なのは当たり前だ。彼らは私とよく似ているから。


(けど、それじゃあ逃げてるのと一緒だ。変わりたくてここに来たんだから、それじゃあだめだ)


「先輩。……クロ先輩」

「……あ?」

「濡れたタオルや救急セットを持ってなくてすいません」

「ハ……そんなもんお前に求めるほど馬鹿じゃねェよ」

「けど、これと、これと、これ」


 私は先輩の顔についた傷をいくつか指さした。


「これらの傷がどれくらい痛いのかは、たぶん知ってます。体験したことあるから」

「……だから?」

「だから、今から私が言う言葉は、その痛みや苦労を知っている人同士の間にしか響かない言葉だから。その前置き」


 私は腕を伸ばして、先輩の肩をパシっと叩いた。


「先輩、〝おつかれ〟」


 先輩はポカンとした顔をしたあと吹き出すように笑い出して、最後には「どーも」と私の頭を叩いた。

 青春ってのは、酸いも甘いもあるものだな。

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