第18話「夏の始めの地方紙企画」

 私が元ヤンJKだと身バレしてから二カ月。変わったことがいくつかある。


「は、春野さんこれ……プリント、ここにおいとくね」

「あ!ありが……行っちゃった」


 周りにビビられまくっているせいで依然として友達ができないこと。あ、これは変わらないことの部類に入るのか。せつな。


「はっははハルにゃん!にょん!!今日もおつとめご苦労さまです!シャス!!」

「いや学生だしどこにもおつとめしてないから。やめてもらえる?」


 ハルにょん★のファンクラブがそのまま舎弟化したこと。


「春野。こっちこっち」

「ん?何ですか久瀬先輩」

「ここに肘置いて、遠くを見つめるような目で外を向いて。そうだ、いいぞ」

「新聞用の写真でも撮るんですか?」

「いや、半袖から惜しげもなく晒される二の腕が最高だなと思ってな」

「うわーもうマジキモいんですけどー」


 蹴り上げた先にもう久瀬先輩の姿はない。


 あとは、やっぱり制服が夏服になったことくらい。

 あいかわらずの毎日だ。それでも自分を偽って無理をしていたあの時よりは、よっぽど気が楽なのは否めなかった。


**


「あれ?新谷さん。どうしてこんなところに?」


 授業を終えて屋上へ行くと、今日は珍しく新谷先輩が来ていた。彼は我らが所属する新聞部の部長である。

「こんにちは、春野さん」

「遅ェぞ春野」

「いやいやクロ先輩。遅いって今チャイム鳴ったばっかりなんですけど」

 文句を言いながら傍に近寄ると、黒峰先輩、久瀬先輩と私を前に、新谷先輩は改まって話し出した。


「今日は皆さんにある相談があって来ました」

「相談?」

「コレです」

 彼が差し出した企画書の見出しはこうだ。


『藤宮高校の凸凹でこぼこヤンキートリオを密着取材

~闇にほふられた放課後を暴く~』


「………オイ新谷。この題材で一体誰が幸せになるんだ。悪意がダダ洩れじゃねェか」

「おい新谷、一体春野のどこが凸凹だ。見渡す限りひららかだろうが」

「久瀬先輩マジいいかげんにしないとぶっころしますよ」

「……久瀬。たしかに最近のお前はセクハラが過ぎる。何かあったのか」


 黒峰先輩が尋ねると、久瀬先輩はメガネを押し上げて遠い目をした。


「……夏が近づくとお抱えの女子が皆いなくなる。摩訶不思議まかふしぎサマー・マジック」

「自業自得じゃねェか!」

「私でストレス発散するのほんとやめてほしい……」

「もう!ちょっと君たち!僕の話を聞いてください!」


 改めて聞くところによると、この企画書の発案者は新谷先輩ではないらしい。この間の大捕り物の騒動を聞きつけた地元メディアが私達にスポットを当てた企画を組みたいと学校ではなく、新聞部部長である彼に直接相談してきたのだ。


「まあ、学校側に直接持ち掛けたところで通るわけねェしな。こんな不名誉な企画」

「俺はいやだ。闇にほふられた放課後を暴かれたらますます女子が寄り付かなくなっちまう」

「いや私達の放課後ってそんな後ろ暗いところありました?もっぱらダラダラしゃべってマンガ読んでたまに菓子パンの評価つけてるだけなのに?」

「皆さんがやりたくなければもちろん断ろうと思います。けど——」


 新谷先輩はそこで一度言葉を区切った。


「これはチャンスです」

「チャンス?」


「地元の広報誌ならそこそこ影響力もあります。そこで君たちが普段の姿を見せていてくれたら、きっと地元の人達も考えが変わる……。そうすれば、皆さんが学校で居心地の悪い思いをすることもなくなるかもしれない」


 ぽとんと落ちた沈黙は驚きと、一瞬遅れての感動に揺れた。


「新谷さん……じゃあ、私達のために」


 新谷先輩ははにかむようにして俯いた。


「……三人には廃部の危機を救ってもらいました。

僕は君たちが好きです。

だから例えば廊下ですれ違ったりする時、君らが僕に話しかけないようにしてくれたり、誰かがよくない噂を話しているのを聞いた時は……すごく悲しくなるんです」

「新谷……」

「この企画は何か変化のきっかけになるかもしれない。

 皆さんが嫌でなければ、一緒に挑戦してみませんか」


 私達は新谷先輩の真剣なまなざしに、こぞって顔を見合わせた。


(天使じゃん……)

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