第46話「バンドメンバー・一同に会す」

 やっちまっただー!やっちまっただー!

 勢い余ってボーカルにも立候補しちまったー!

 シンデレラだけでもかなりプレッシャーだってのに、青春の香りにつられてついうっかり……!何やってんだこのバカ!愚か者が!


「はるにょん様」

「はるにょん様!?」


 反射的に振り返った私は、並び立つ男子生徒達を見て思わず「うわ!」と声を上げた。

 ちょっと待ってちょっと待って、え、右から左まで皆キラキラのうちわ持ってる。信じたくないけど、うちわに描かれてるイラスト私じゃね?聖闘士★はるにょんじゃなくて、1年C組春野深月じゃね?えー!まってー!勘弁してー!あとここ廊下ー!!

 並び立った十数人の中の1人が一歩前に進み出た。


「はるにょん様。状況はお察しの通り」

「まず察せてない」

「どうか我らの望みをお叶えください!!!」

「あああ話聞くから集団土下座やめてェェ」


 場所を変えて話を聞くと、何やら文化祭で「うっかりドジっ子★聖闘士はるにょん」のコスプレ展示会をやるらしい。で、彼らは私にゲストとしてサプライズ登場してほしいと言うのだ。いやもう何の地獄だ。

 彼らは目を輝かせて言う。


「今や”聖はる”は我が校の公式エンターテイメント作品です!」

「せい、えっ」

「作者KUZEROCKなんてもはや神の1人に含まれるし」

「含まれないね?」

「来年度の高校パンフレットにははるにょんが公式キャラクターとして採用される予定です」

「まって」

「ファンクラブ会員は本校の生徒人数を優に超えて800人に登るし、このまま行けば出版化も夢じゃありません」

「嘘でしょ!?何から何まで初耳だし聞けば聞くほど死にたくなるんだけど!!――わっ」


 1人の生徒に固く手を握られた。


「僕達は高校生になって、夢を忘れていました。

春野さんはそれを思い出させてくれた」

「……ねえ私、はるにょんじゃないよ」


 少し怒った顔で言えば、意に反して彼は笑った。


「でもあの日、不良たちを学校から追い払ったあなたは、まさしく正義の味方でした」


 僕達は初代ファンクラブメンバーとして必ずこのイベントを成功させたい。どうか協力してください。

 そう言った彼らの真剣な眼差しから、私はもう目を逸らすことができなかった。


**


(はあ……どんどん崖っぷちに追い込まれていく。というかこれは私が追い込まれに行っている……?)


 その日の放課後、私は音楽室にいた。


「流行りの曲?」

「そうだ」


 久瀬先輩と新谷さんが神妙な顔で頷いた。

 私達は黒峰先輩が家からギターとベースを持ってくるのを待っていた。


「本番には軽音部なんかも当然出てくる。俺たちみたいな即席バンドがクオリティで勝負するのはまず無理だ」

「このリアリスト.....」

「そこで、今人気のアニメの曲を使うことによって、まずはマイナー曲で白けるという最悪の事態を避ける」

「なるほど...でもここ一応進学校だし、アニメなんてみんな見てるのかな」

「言ったろ。この学校の七割は過去に中二病をわずらった闇オタキョロ充だ。実際ハルにょんの人気すごいだろうが」

「へう」

「あ?」

「なんでもないです」


 突然ハルにょんネタを出すもんだからおかしな声が出てしまった。

 例の件は先輩達には内緒で秘密裏にことを済ますつもりだ。絶対にバレてはならない。

 心にかたい決意を固めていると、新谷さんが拳を握って言った。


「僕達新聞部の売りはいつだって新鮮なネタとそのパフォーマンス力です!そして今こっちには春野さんという今年一旬なネタもある」


 私はお寿司か?とツッコミを入れそうになるが、新谷先輩が嬉しそうなのでやめた。

 文化祭は学校が解放され、来年入学するかもしれない中学生達も訪れる。ここで部のアピールをしておきたいのだろう。


 そんな時、ガチャッと音がして音楽室の扉が空いた。

 教室は引き戸だが、ここと第2音楽室は重い防音扉になっている。


「持ってきたぜ」

「おー、ご苦労」

「久瀬テメー、自分で取りに来いや」

「おっくうだった」

「正直か」


 久瀬先輩が黒峰先輩からギターを受け取る。

 最初、ギターは黒峰先輩がやる予定だったが、バンドの土台となるベースを初心者の久瀬先輩にやらせるのはさすがに酷だろうということになり、結局久瀬先輩がギター。黒峰先輩がベースを請け負うことになったのだ。


「持ち方はこんな感じか?」

 尋ねる久瀬先輩に、クロ先輩は頷いて応じた。

「そうだ。フレットの近くを押さえ指は立てる。ネックは親指で押さえるのが基本だな。Cは2弦の1フレットを人差し指で、Gは1弦の3フレットを小指で。Dは人差し指・薬指・中指で1弦2フレット2弦3フレット3弦2フレット」

「なるほど。ト長調の主要三和音だな」


 ジャン、ジャン、ジャーン。


「クソカスがァッ!」と悪態をついて崩れ落ちた黒峰先輩。どうやら久瀬先輩が慣れない音楽用語にアワアワ慌てふためく無様な姿を期待していたようだ。

(かわいそうに、大丈夫ですよ!私は何言ってるかさっぱりだったから!)


「ふ、頭の作りが違うんだよ。さっさと次を教えろ」

「せめてもっと初心者らしい態度をとれ。気が持たねぇ」


 どうやら久瀬先輩のコーチは黒峰先輩になりそうだ。


「あ、新谷先輩。そういえばドラムの人も今日来るんですよね?私たぶん初めましてだと思、」


 ガチャ


「ハローー!エブリワンッ、最愛と書いてボクと読む・佐藤ステファニー祐介こと王子だよ!」

「スタートダッシュがすごい」


 うん。全然はじめましてじゃなかった。

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