第1話:オープニング03

◆ Opening03/Scene Player――美裂 ◆




 UGNノビンスク支部の施設は、市民の避難によって放棄されたビルを接収して再利用されている。

 寝泊りするのは、同じように放棄されたホテル。仮設のテントで過ごせるほど、ロシアの気候は穏やかでは無かった。


 ここノビンスク市のUGN支部長は、珍しいことに武蔵美裂という名の日本人である。

 黒の髪留めで結ったポニーテールが特徴的な女性で、前任の支部長から仕事を引継ぎおよそ一ヶ月前に就任したばかりの新人だ。

 彼女の仕事場は、ビルの上階の広い一室にあった。

 そこで彼女はパソコンに向かい、RZ問題のUGN最高責任者であるレーラ・リトヴァク評議員と今後の方針を話し合っていた――。


GM:次は武蔵のオープニングシーン。支部長用の執務室で、レーラ評議員とゾーンの現状について報告をしている場面だ。


 レーラ評議員は、ロシア連邦軍中佐の階級を持つ現役の軍人だが、肩書きの勇壮さとは裏腹に、金髪のボブカットがチャームポイントのとても小柄な人物だ。若く見えるが、実は年齢は美裂と左程変わりない。


レーラ(GM):「……なるほど、目立った進展はなし。けど、問題は山積みか。相変わらずあなたには苦労をかけるわね」

美裂:「いやー、困った人たちは見逃せないから大丈夫ですよ」


 美裂は、屈託のない笑顔で応じる。彼女は、人助けをとし喜びを感じるような人間だった。

 多数の配下を抱える大型支部の長にしては、一抹の不安を残すほどに。


レーラ:「さて、これからの指針だけど、目下の問題はRZ表層から外縁付近に出没するジャーム……”オーボロテニ”ね」

美裂:「……そうですね。あれだけはなんとかしないとダメですね。……に」


 ”オーボロテニ”の名が出た瞬間、柔和な微笑を湛えていた美裂の表情が締まる。


レーラ:「レネゲイド隠蔽のため、避難キャンプの市民は退避することさえ出来ないからね。……被害が出る前にやるしかないの」

美裂:「わかってます。あいつだけは私が必ず何とかします。……何とかして見せますとも」


 腰に差した刀の柄に視線を落とし、自分に言い聞かせるように、言葉を反芻する。

 そして再びディスプレイに向かって顔を上げるとほぼ同時、部下の事務員から通信を求める通知が届いた。


美裂:「おっと、すみませんレーラ評議員。部下からの通信です」

通信をオンにしてワイプを表示させる。「どうしたの? また何か起きた?」

GM:「はい支部長。先ほど、警邏中の”硝子魔女ダブレット”から意識不明者を発見したとの連絡がありました。既に車両を手配し、医療班を準備させています。一刻を争うため、事後承諾となったことをお許しください」

美裂:「おっとそれはお手柄。全然OKよ。人命が第一だから」

GM:「恐縮です。それともう一つ、お耳に入れておきたいのですが……」

美裂:「はいはい今度はなにかな?」

GM:「身元を照会するために意識不明者の携帯端末を調べたところ、RZ深部にいた位置情報が記録されていました。当然マインドジャマーの範囲内です。普通ならジャーム化してるでしょうが、侵蝕率を計測したところ、違うようです」

美裂:「うっそでしょ! とんでもないとこにいたのね……。とにかく慎重に検査をしてあげて。容体が急変するかもしれないし気を付けてね」

GM:「わかりました。では、また後ほど」 そう言うとワイプは消える。


 わからないことだらけのRZだが、特に中層から深層にかけての情報が不足している。

 その主因が、中層から先へ進入した人間の精神に悪影響を与えてくる何物かの存在だ。UGNと軍は、これをマインドジャマーと呼んでいる。

 マインドジャマーの影響を受け続けていると、オーヴァードは強力な衝動に襲われ、最終的にジャーム化してしまう。非オーヴァードならば精神が耐え切れずに廃人だ。対抗策はUGNのほうで研究されているが、未だ形にはなっておらず、軍とUGNは中層以降に踏み込んだ調査ができないでいた。


レーラ:「……ジャーム化せず、RZ深部に足を踏み込んだ奴、か。これは、話を聞く必要があるわね」

美裂:「そうですね。このあと様子を見に行ってきます。その子が何を見たのか……どうしてそこにいたのかも聞かなきゃですし」

レーラ:「私も一緒に話を聞かせてもらうわ。じゃ、そのときにまた」

美裂:「はい、それでは」


 レーラとの通信が切れると、美裂は肩から力を抜いて机に突っ伏す。


「はぁ~~……。何でこう次から次へと……。青春捨ててまでかっこいい剣士になろうとしたけど、こんなことになるなんて……」


 顔の前に垂れてきた髪を弄びながら愚痴を漏らす。

 だが、何時までもそうして管を巻いていられないのが支部長という立場だ。


「ぐちぐち言っても仕方ないかぁ。さて、気持ち切り替えてその子のとこ行ってみますかね!」


 独り言で己を奮い立たせて、彼女は執務室を後にした。

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